第2章 山エルフ編 第1話 はなむけ
俺たちは、アウル地方を目指している。馬車はしばらくは予定どおり南に進んだものの、訳あって途中からは東へ。
旅ももう五日目。ここから先は山岳地帯に入る予定だ。正直何かしらのトラブルを警戒していたのだがそれも杞憂に終わりそうだ。
一般的に馬車に揺られながらの旅は、自分の体を動かしていないにもかかわらず、体の奥にどんよりと疲れがたまるのが通例。ところが、俺たちは思いのほか順調な旅のおかげで疲れも少ない。御者をつとめてくれているカールトンの腕のおかげであろう。祖父が、『三顧の礼』で招いた御者だけのことはある。
「レオン様~」
「何だ?」
「今から会いに行く王様って、どんな人なんすか?」
モルトは何だか不安そうである。しかし……さてさて、俺はモルトに、どう説明すればいいのだろうか……。
ちなみに、この王様には、他に似た人が思い浮かばず、俺としても例えようがない。困ったものだ。
「う~ん。そうだな……。どう言えばいいかなあ……。まあ、会ってのお楽しみかな」
「……何か、嫌な予感がするっす」
「いや、とにかく、いい人だから。心配ないって」
「本当っすか?」
「ま、まあ……豪快だけど、知的な面もあるな」
「よく分からないっす!」
「面倒見がよくて、親切にしてくれる人だよ。俺も会うのが五年ぶりかな。セリスはもっとか?」
俺がそう言うと、セリスは、何だかもどかしそうな顔をした。
「私は、あまり思い出せなくて……」
「セリスは十年ぶりくらいかもな」
「はい。それくらいだと思います」
そういや、セリスは、あそこに行くと、何故かいつもメイドたちとばかり遊んでたんだっけ。
……。
「何だか、嫌な予感しかしないっす」
「大丈夫だって」
尻尾を垂らして、自信なさげなモルトはさておき、俺たちを乗せた馬車は、柔らかな日の光を浴びて、のんびりとすすんでいたのだったが。
そんなとき、俺たちの乗る馬車に、小さなトラブルが起こった。
「ガタン! ガタッ……。ゴトッ」
どうやら、大きな石があったらしい。車輪が乗り上げてしまったようだ。馬車は大きく揺れた後、程なくしてゆっくりと停まった。
山道とはいえ、しばらくは緩やかな傾斜が続くので、もう少しは馬車でも行けないこともないが、俺たちをここまで運んでくれたカールトンのことを考え、ここからは徒歩で山道を登ることにした。
これで馬車の旅も終わりである。俺たちは馬車から降りて、荷物を詰め替えていった。
俺たちが、作業をしている間、カールトンは黙って食事の用意を整えてくれていた。
何分、旅路なのだから凝ったものはできないが、それでもカールトンは、俺たちのためにシンプルでも心のこもった料理を用意してくれた。
この旅で、四人で食べる最後の食事である。そして、この食事は、素材から調味料まで、全てカールトンが用意してくれていたものだという。何だか申し訳ない。
「用意が整いました、坊ちゃま」
石焼きバーベキューと、香草入りスープ。何とバーベキューの肉は、最高級のドラゴン肉の塩漬けである。
「ありがとう。こんなごちそう、久しぶりだ」
「おいしそうです」
「うまそおっすね! 早くいただきましょうよ!」
口下手な俺は、うまく言葉に出来なかったが、肉などの素材だけでなく、貴重な塩や香辛料をふんだんに使ってくれているのがわかる。無理をしてくれているに違いない。ちょっと、泣きそうだ。このごちそうは、俺たちへのはなむけの意味なのだろう。
「クチュン!」
慣れない香辛料のせいで涙をにじませているモルトと、俺のとは涙の質が全く違うのだ。
値段だけでいうなら、あの舞踏会のパーティーで出された、砂糖をふんだんに使ったものの方が、何倍も高い。
それでも、俺は、カールトンの心づくしの料理の方が、何倍も良い。ちなみに、気持ちだけじゃなくて、味もだ。←ここ重要。
「お嬢様、そんな、給仕なんて私がします」
「いいのよ。これでも騎士官学校では、何でも自分一人でやってきたのですから」
料理を取り分けるセリスは、様になっている。何でも、家事の中では料理が一番得意らしい。
「はい、お兄様」
俺の皿に、山盛りによそってくれた。いくら何でも、これは多すぎなのでは。
「はい、モルト」
「いくら何でも、ここまであからさまに差を付けられると、悲しいっす」
「じゃあ、カールトンに感謝して、食べようか」
「おあがり下さい」
「頂きます!」
俺たちは、両手を合わせ、クラーチ家に伝わる異世界風の感謝の言葉を唱和して、別れの料理を堪能したのだった。




