第1章 王都追放編 第17話 悪役令嬢
よくは分からないのだがこのパーティーとやらはつつがなく進行しているようで、音楽と共にダンスタイムがはじまった。
モルトは、しばらく姿が見えないと思ったら、またもやお皿に料理を山盛りにして帰って来た。 俺は気分が悪くなるので、料理を頬張るモルトが自分の視界に入らないよう顔を背けながら話している。
「お前、そんな物よく食えるな」
「何言ってんすか。おいしいっすよ」
ホールではいつの間にやら照明が落とされ、少し薄暗い室内にやけにゆっくりとした曲調の音楽が流れだした。それを耳にした途端、急に慌てるモルト。
「れ、レオン様、やばいっす!」
これ! ほっぺたを膨らませて、モキュモキュいわせながら話しかけるんじゃない!
お前、ひょっとして狐じゃなくリスの獣人だったのか?
「どうしたんだ。食いだめでもしてるのか」
「そんな冗談言ってる場合じゃないっすよ」
「お前なあ、いくらなんでも行儀が悪いぞ」
「何、悠長なこと言ってんすか! それどころじゃないっす! れ、レオン様! チークっすよ、チーク!」
「は? 何だそれ」
「と、とにかく、主催者のお嬢様を誘わないといくら何でもやばいっす!」
何でも男が女を誘ってチークなどいうものを踊らないといけないという。俺はそんな風習、初めて聞いたぞ!
しかも、このダンスは、男女が互いに体を寄せ合いながら音楽に合わせて体を揺らすのが決まりだという。
そして、主賓は主催者側の姫を誘って踊らないと相手の顔に泥を塗ることになる。今回は俺が公爵家の御令嬢を誘わないといけないのだそうだ。
そんなの恥ずかしすぎるって。勘弁して欲しい。
「ち、ちょっと、レオン様! あ、あ、あれ……」
怯えたかのように、体をプルプルさせているモルトの視線の先には、何だかうっとおしそうな女の姿。
そいつは、真っ直ぐに俺を見据えて、ゆっくりと近づいてきたのだった……。
金髪の巻き髪に豪奢なドレス。きらきらのアクセサリー。全身でセレブ感を醸し出すこの令嬢は、心もち顎を上に上げて周囲を見下すような姿勢をとっている。よりによって俺が一番嫌いなタイプである。
おそらく物心ついたときから自分の取り巻きを引きつれ、気に入らない女の子を今まで散々いじめてきたに違いない。
祖父の書庫にある本の中で描かれていたのが、まさに今目の前にいるような女だった。そいつがあまりにもひどすぎてたので、よく覚えている。
確か、こんな二つ名を持っていたはず。
『悪・役・令・嬢!』
そいつは、俺の元にゆっくりと近づくや、少しばかりおとがいを上げて立ち止まった。そして、そのまま俺のことを見下すような姿勢を保ちつつこう言い放ってきたのだ。
「もしよろしければ、一緒に踊ってさしあげてもよろしくてよ」
そんなことを言われても、あいにくお前など俺の趣味ではない。興味・関心も無い。と、思う。多分……。
大体、髪形やドレスに宝石、しぐさや言葉遣い、態度にいたるまで異世界の本に出てくる悪役令嬢そのまんま。まさか本当に実在していたのだから驚きだ。
た、ただこの女。いや、この女性。いやいや、この令嬢ときたら……。
綺麗な両の瞳を潤ませ、白磁の様な頬をわずかに赤らめつつ、少し恥ずかしそうにもじもじしている。
悪役令嬢って、こんな一面もあったのか?
「レオン様。イザベルと呼んでくださいまし」
「い、イザベル」
「はい……」
恥じらいながら、俯くイザベル。カールした金髪が輝いている。恥ずかしがっているのだろうか。俺も恥ずかしいのでお互いさまか。
そんなことより、ただひとつはっきり言えることは……
う、美しい……。い、いや……。か、可愛い……。
こんなに可愛くていいのか悪役令嬢って……。
いやいや、待て待て、惚れてしまうのはいけません。人間、見た目じゃないだろうが!
俺が、この子のことを可愛いなんて思ったのは、恥ずかしそうにしている仕草のことなんだからね!
心の中でうろたえながらも必死で言い訳している俺。
“ドン”
そんな俺は、誰かに後ろからふいに押され、前につんのめった。
不覚というほかない。
もし、この場を祖父に見られていれば、休憩なしの立木打ち一万回を命じられていたに違いない。
こうして、自分の意思とは全く異なる形で事態は勝手に動き出してしまったのだった。




