第1章 王都追放編 第11話 身辺調査
あの、運命のコロシアムの大会の日。
試合の興奮からまだ収まり切れていないイザベルは、屋敷に着くなり“憧れの君”であるレオンの周辺を探らせることにした。
「マリー! マリーはいますか……。マリー!」
「は、はい、こちらに」
すっと控えるマリーを一瞥して、安心したかのように、満足げな笑みをたたえるイザベル。
マリーは最初からイザベルの傍に控えていたのだが、そこはツッコんではいけないようだ。
「レオン様の事を調べて欲しいのです。どんな小さなことでも構いません。と、とにかく詳しく、詳細にお願いしますわね」
「はっ、お任せを」
若干声を上ずらせるイザベルに、従順に頭を下げるマリー。
「マリー。わかっているとは思いますが、レオン様のことは、どんな小さなことでも教えてくださいまし」
マリーが恭しく返事をして退出してからも、しばらくその場でポーっと佇むイザベルなのであった。
◆
狭い王都の貴族社会。あの人のことはすぐに分かった。そしてイザベルの専属秘書を務めているマリーの報告は、イザベルを喜ばせるものだったのだ。
彼……レオン=クラーチ様は、伯爵家を継いだばかり。
政治基盤も弱く、中央政界とのつながりも無い。要するに我が公爵家が押せばたやすく倒れそうな、はかない貴族のようだ。
「まあ、それは本当ですの」
「はい、お嬢様。レオン伯爵様には妹君が一人おられるだけで、他に親族はいらっしゃいません」
「誰か、後ろ盾がいるのではないかしら」
「いいえ。全く。それどころか……」
そこまでいうと、マリーは細い眼鏡をくいっと上げ、少し眉をひそめた。
「お気を悪くなされるかも知れませんが、私が調べ上げたことを一からご報告いたします」
◆
かつて、あの大森林への遠征が行われた際、獅子奮迅の活躍をした騎士がいた。王国は彼の武功があまりにも大きかったため、どのような形で報いようかと頭を悩ませたらしい。
彼の功績に応えるため内々に何が欲しいか打診してみることになったのだが、彼が望んだことはひたすらに剣の修行と学問の研究に没頭したいというものだった。
富や権力に全く興味がないのも困りものだ。大量の金貨や領地を予定していた王国からしても、都合が悪いことこの上ない。
誰が見ても武功第一等の者への報奨が少なければ、他の者にも十分に報いることが出来ないではないか。
王国宮廷は悩んだ結果、彼に特別に爵位を与えることで落ち着いた。しかも下位のものではなく伯爵だというから驚きだ。
一度の活躍でこれ程の出世など前代未聞のことだが、この新たに創られた伯爵家は王国の中枢で政治を担うことができない特別職とされた。
伯爵の肩書が与えられるのに伴い、それに見合う給金は毎年王国から支給されるが、領地を持たないいわゆる「法衣貴族」のため、収入は領地を治める下級貴族と変わらない。仕事も国の要職から外されているため権力を持つこともない。
そしてこの新興の伯爵家は宮廷での発言力や権勢もないことから、すぐに有力貴族たちの間から忘れ去られた存在になっていったという。
ちなみに今回調べるまで、イザベルの両親をはじめマリーですら、クラーチ伯爵家の存在を忘れていたそうだ。
「私としたことが、ついうっかり……」
冷や汗を拭きつつ眼鏡をくいっとあげるマリー。そんな彼女にイザベルはあくまでも平静を装いながら一番気になっていたことを聞いてみた。
「あの方には、いろいろと亜人の子がまとわりついていたようだけど……」
「ご安心ください。妹のセリス様がレオン様の周りをがっちりとガードされておられ、近づく女たちからお守りされているとのことです。特定のお相手はいらっしゃらないと思われます」
ふう……。少し安心した。イザベルはさりげなく冷や汗をぬぐった。自然と口元がほころぶ。
ただし将来小姑は邪魔になりそうだ。マリーの報告ではかなり厄介な“イタイ”女なのかも知れない。
でもまあ、その程度なら公爵家の力で何とでもなるだろう。
「マリー、あの方の情報とは別にその妹君の情報も引き続き探ってください。分かっているわね……裏も表もですよ」
「はっ。必ずや!」
頼もしく答えるマリーを目にして、イザベルは自然と笑みがこぼれた。
「ふふふ……よろしくってよ。貴方は私が必ず手に入れますわ。はあ~それにしてもレオン様に悪い虫が付いて無くて本当に良かったわ」
「はい、イザベル様」
マリーは夢見心地で心の声をダダ漏れさせてるイザベルに頭を下げると、素早く任務に向かっていったのだった。




