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その日から食堂でも風呂場でもそれぞれが自分と向き合い、静かな時間が流れていた。
そして数日後、仕事中に部屋には報告書に紛れて一枚の紙が順に回っていた。
優君から愁君たちに回り、界君が紙を見ると黙って僕にその紙を回した。
裏返しになっていた紙を見ると、橘先輩の字で文字が書かれていた。
“明後日、計画を実行する”
それだけ書かれていた紙は、優君によってすぐに次の部屋に回った。
仕事を終えて、各部署ごとに部室で先輩方が計画の詳細を話してくれた。
話が終わり、皆が部屋を出ていくと僕と界君、そして水瀬先輩だけが残った。
界 「...先輩。」
蘭 「何だ?」
界 「...これでは計画の辻褄が合いません。」
蘭 「辻褄?」
界 「だって...こんな計画じゃ...」
蘭 「...俺は戦争で誰かを失ったことはない。けれど、その辛さは俺には計り知れないものだと思う。俺が一生かけても分からないものだと思う。俺たちはこの場所でそんなことを何度も何度もしてきた。俺も苦しむべきなんだ。誰かを苦しめた分、もっともっと苦しむべきなんだ。」
界 「...それがあなたがたの選択ですか?」
蘭 「...そうだよ。逃げかもしれない。けれど、これが俺らなりの罪滅ぼしなんだ。」
界 「...」
蘭 「...雨宮たちは坂井たちについて行けば良い。それで良いから。」
湊 「...」
蘭 「...こんなんじゃ足りないと思うんだけど...清算したいんだ。過去の過ちを。」
界 「...全員が納得してるんですか...?」
蘭 「してる。全員、覚悟してる。」
界 「...」
その夜、僕は優君と二人で統括部の部室に書類を取りに行った。
すぐに部屋に戻る予定で灯りをつけずに書類を探していると急に扉が開き、橘先輩と坂井先輩が入ってきて僕らは思わず机の陰に隠れて二人を見た。
凛 「...で、何が納得行かない?」
壮馬 「...あの計画で納得いくわけがないでしょう?何なんですか、あれじゃあ先輩方は...」
凛 「あぁ、そのことか。」
壮馬 「...無理です。あんな計画に納得できません。」
凛 「...どうして?」
壮馬 「どうしてって...橘先輩が一番、外の世界で生きたいんじゃないんですか?あなたはずっと我慢してきて...そのために外に出るんじゃないんですか...?」
凛 「っ...どうして、坂井が泣く?」
壮馬 「...分からないです...どうして...」
凛 「...この前見ただろ。あぁやって私が苦しめている人間が確かに居るんだよ。坂井たちを守って少しでも時間を稼ぐ。それで足りないことは分かってるけど...そうでもしないと...」
坂井先輩も橘先輩も泣いてしまって僕らは二人で顔を見合わせた。
壮馬 「...」
凛 「...そうでもしないと...苦しくて生きていけない...」
壮馬 「...」
すると、坂井先輩は橘先輩を優しく抱きしめて頭を撫でた。
凛 「っ...」
壮馬 「...先輩方の傍に一番長く居た身としては納得したくないのが本音です。でも...」
凛 「...頼む...」
壮馬 「...あの計画じゃなければ橘先輩自身が納得できないんですね...先輩が選んだ道なら...私が口を挟むことではないです...」
坂井先輩が優しく背中を摩ると橘先輩はだんだんと落ち着いてきた。
壮馬 「...私も一緒に戦わせてください。これまでずっと先輩方の後ろで努力してきました。」
凛 「...坂井。皆を頼むよ。坂井だから頼めるんだ。」
壮馬 「...しかし...」
凛 「...坂井がここに来た日、酷く泣いていた。あの日は私がこうやって抱きしめてくれるとは思ってもみなかった。」
壮馬 「...あの日は先輩が抱きしめてくれましたね。」
凛 「私はあの日、坂井を守りたいと思った。坂井のことも守りきらせてくれ。頼む。」
壮馬 「...私は生きていて良いのでしょうか。」
凛 「...当たり前だ。私が保証する。坂井は皆を守る力も知識も勇気もある。頼んだ。」
壮馬 「...分かりました。でも、皆を安全な場所に連れて行ったらすぐに戻ります。私にとって先輩方も大切なんです。特にあなたは...特別なんです...」
凛 「...ふっ。」
橘先輩は嬉しそうに微笑んだ。
凛 「...じゃあ、一つだけ坂井に甘えても良いか?」
壮馬 「っ、は、はい!」
凛 「...皆と一緒に寝かせてくれ。外の世界で陽の光を浴びれる場所で。」
壮馬 「っ...分かりました。お任せください。」
凛 「...ありがとう。」
壮馬 「...もう少し、このまま抱きしめていても良いですか?」
凛 「...あぁ。」
坂井先輩は橘先輩を抱きしめたまま泣いていた。
壮馬 「...橘先輩の笑顔が好きです。私は橘先輩の笑顔に何度も救われてきたんです。やっと笑ってくれて嬉しかったです。」
凛 「...」
壮馬 「...きっと、何の遠慮もなしに笑い合える時代が来ますよ。きっと。」
凛 「...そうだと良いな。」
壮馬 「私は橘先輩たちに会えて良かった。私は先輩方を誇りに思っています。」
凛 「坂井...ありがとう。」
そして、その二日後の夜明け前、橘先輩の号令で僕らは抜け道から外へ出た。
橘先輩が先頭で僕らは必死にその後ろをついて走った。
しばらくして、僕らよりも小さい子たちが辛くなり僕らを始め、動ける人がおんぶをしたり手を引いたりして走った。




