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凛 「...それだけのことを私はしたんです。こんな痛みよりも想像できないような痛みを与え、痛みを感じることさえできずに亡くなった人も居るかもしれない。この人は悪くない。私がそうさせてしまったんです...」
浅沼 「っ...」
林 「...はぁ...浅沼。こいつを捕らえておけ。処遇は後で決める。」
浅沼 「...分かりました。」
林 「瀬良、至急手当てを。」
瀬良 「...はい。橘さん。」
瀬良さんが橘先輩を医務室に連れて行き、手当てに向かった。
僕らが立ちすくんでいると教官は悔しそうに木を殴り、その手から血が出ていた。
浅沼 「っ、林さん...」
浅沼さんが手当てをしようとすると教官は浅沼さんを止めた。
林 「...後を頼む。」
そう言って教官は部屋に戻り、そこからは浅沼さんが指揮をしていた。
午後になり、報告書を持って第一級人員の仕事部屋に行くと橘先輩はいつもどおり仕事をしていた。
凛 「...」
湊 「...失礼します。」
橘先輩の元に行って報告書を渡すと橘先輩は何も言わずに報告書に目を通して少し修正を加えてから判子を押して渡してくれた。
湊 「あ、ありがとうございます。」
早坂先輩たちは仕事をしながらも橘先輩を気にしているようだった。
あの日から橘先輩は笑わなくなり極力誰とも話さなくなった。
僕らは部屋でそのことについて話していた。
界 「...最近は夜も眠れてないみたいだ。」
優 「...そうだよね、あんなことされて怖くて眠れないよ...」
界 「...橘先輩の場合、怖いというより自分がしていることを改めて実感して自分を責めてるんだろうな...」
優 「...あの男の話が本当であれ嘘であれ、橘先輩としては関係なく辛い思いをしてるだろうね...」
界 「...処分としてはここを飛ばされるだけらしい。ただ、橘先輩の手前、そう言ってるだけで本当はどうなのか分からないって噂もある。」
湊 「...橘先輩、最近笑ったところ見た?」
優 「...ううん。統括部でも笑わないし最低限の会話しかしてないよ。」
界 「...あれから外部でも内部でも監視が強化されたし、前より逃げ出すのは難しくなったな。」
優 「そうだね...でも、橘先輩だけじゃなくて先輩方も皆、限界に見えるよ...」
界 「...まぁ、あんな話を聞かされたらな...」
湊 「...」
その次の日、早朝に目が覚めて顔を洗いに井戸に行くと橘先輩が一人で鍛錬していた。
湊 「た、橘先輩。」
凛 「...鳴瀬か。おはよう。」
湊 「お、おはようございます。どうされたんですか?」
凛 「...眠れなくてな。」
橘先輩はそれだけ言って刀の素振りを行なっていた。
湊 「...利き手じゃない手でも刀を扱えるんですか?」
凛 「あ、あぁ。昔から鍛えている。」
湊 「...」
僕が井戸で顔を洗っていると浅沼さんと教官が橘先輩を見ながら話しているのが見えた。
あれから数週間が経ち、橘先輩の怪我も治り、瀬良さんが町に薬を探しに遠征に出掛けた。
管理部で仕事をしていると水瀬先輩が僕らを見た。
蘭 「...皆、少し話をしても良いか?」
界 「どうしましたか?」
蘭 「...聞きたいことがあるんだ。皆は、もし、この茜坂を出られる環境になったとして出たいと思うか?」
界 「っ...」
皆が顔を見合わせて誰も何も言い出せなかった。
界 「...水瀬先輩はどう思いますか?」
蘭 「...俺は...俺は出たい。誰かを傷つけるようなものを作るのにもう関わりたくない。」
界 「...俺はついていきます。先輩方に。」
蘭 「っ、怖くないのか?」
界 「...自分たちがしていることに怯えて生きていく方が怖い。先輩方はそう思っているのでしょう?俺は、無理してほしくないんです。逃げれる場所があるのなら、逃げれる方法があるのなら逃げて良いと思います。」
蘭 「雨宮...」
界 「...湊は?」
湊 「ぼ、僕は...ここから出るのも全員が無事に出られるとは限らないし...心配なことはあります...ここは外の世界に比べて比べ物にならないくらい贅沢な生活もできる。だけど、それは先輩方が必死に僕らに隠してる苦しさの上にある生活で...言葉にするのが難しいけど...このままじゃいけないとは思うから...僕も賛成です。」
蘭 「...ありがとう。確かに外の世界よりもここは良い暮らしができるのかもしれない。でも、この場所は誰かを苦しめ、誰かの大切な人の命を奪ってる。たとえ、敵国であれその事実は変わらない。俺らがここにいる限りこれからも何人もの子どもが家族から離され自分の意思も関係なく同じように働かされると思う。俺らがここに閉じこもっているような、簡単に支配できるような人間じゃないことを示したいんだ。」
湊 「...そうですね。外の世界で毎日幸せだったかって言われたら、家族が亡くなって泣いたり喧嘩したりそんな生活でしたけど、でも自分のため、自分の信念のもとに生きれていました。満足のできる生活があっても、それが誰かの苦しみの上にある生活なら嬉しくないし、今の生活は自分のために生きれているとは思えないです。」
蘭 「...うん。皆がどう考えるかは自由だ。この考え方には正解も不正解もないとは思うし、無理やり考えを変えたり納得させたりするつもりもない。後少し時間を取るから自分の考えが決まったら俺に話してほしい。」




