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その数週間後、橘先輩を含め全員が仕事に復帰し通常どおりの仕事が始まっていた。
ただ、僕にはあの日からずっと気に掛かっていることが一つ...
あの日から優君の元気がない...
仕事をしていて優君を見ていても考えごとに耽って手が止まっていることがしばしばだった。
界君も気にしながら様子を見ているようだった。
お昼が過ぎ、僕らの仕事部屋の扉が開いて第一級人員の青井先輩が入ってきた。
唯 「計算の間違いが頻発してるぞ。大丈夫か?」
界 「す、すみません。」
唯 「一ノ瀬。お前が最終確認してるんだからお前の責任だぞ?」
界 「...」
優君を見ると優君は俯いていた。
唯 「おーい。一ノ瀬、聞いてるか?」
青井先輩が優君の顔を覗き込むと優君はポロポロと涙をこぼし始めた。
唯 「ど、どうした?」
優 「...すみません...」
唯 「そ、そんなに責めてるわけじゃないんだけど...ええっと...」
するとその空気を裂くように勢いよく扉が開いた。
凛 「唯。人にちょっかい出す前に自分の仕事をしろ。間違いがあったぞ。」
唯 「えっ、嘘。」
凛 「っ...一ノ瀬、どうかしたのか?」
湊 「あ、あの...」
僕は何となく優君の気持ちが分かったけど上手く言葉にできなかった。
凛 「...一ノ瀬。鳴瀬。ついてきなさい。雨宮、ここを頼む。」
界 「はい。」
僕らが部屋を出て橘先輩について行くと橘先輩は食堂に入った。
橘先輩は厨房に入り、少ししてから出てきて僕らの前に座った。
凛 「久しぶりに仕事をすると疲れるな。ほら。」
橘先輩は僕らの前に和菓子とお茶を置いて自分も食べ始めた。
凛 「食べなさい。橘命令。」
湊 「...い、いただきます。」
優 「...」
凛 「...一ノ瀬、最近眠れているか?」
優 「えっ...?」
凛 「顔色が悪いぞ。最近、見てやれてなかったな...」
優 「...」
凛 「...何かあったのか?」
湊 「...ゆ、優君はその...」
優 「...橘先輩。申し訳ありませんでした。」
凛 「...何の話だ?」
優 「...僕のせいであなたに大怪我をさせてしまって...」
凛 「...あぁ、あのときのことか。別に一ノ瀬のせいで怪我をしたわけじゃない。一ノ瀬が気にすることは一つもないぞ。」
優 「...でも、僕...」
凛 「...伏せろなんて急に言われてすぐに反応して動ける方がおかしい。一ノ瀬の反応は正常な反応だ。何も気にしなくていい。」
優 「...」
凛 「...あの場で動けばいい人間は第一級人員だけ。私自身もそう想定していた。」
優 「...僕も...僕だって...本当はあなたを守りたくて...守りたいのに...あなたを逆に怪我させてしまって...守ってもらってしまって...」
凛 「...守る?」
優 「...」
凛 「...ふ、ふふ。」
湊 「橘先輩?」
凛 「...昔、私が茜坂に来て一人で育てられて徐々に莉央たちが連れて来られた。最初は警戒心が強くて誰も話さなかったけど、ある日、木登り事件が起きた。」
湊 「木登り事件ですか?」
凛 「そう。私がどうしても一人になりたくなって、本当無性に。誰にも会いたくなくて何もかも嫌になっちゃったときがあった。それで、中庭に大きな木があるだろ?あの木の上に一人で登った。」
優 「えっ、怒られたでしょう?」
凛 「物凄くな。教官や浅沼さんに酷く叱られた。でも、莉央たちは一切怒らなかった。」
優 「えっ...そうなんですか?何だか、意外です...」
凛 「...莉央たちは抱き締めてくれたんだ。何も言わずにずっと。莉央たちは私を想ってくれていたんだって今なら分かる。それに、教官たちが叱ってくれたのも。抱き締めるのも怒るのもきっと彼らなりの守るなんだろうなって今は分かるよ。自分はこの人たちに守られてる。だから、これから来る子どもは皆、自分が守らないといけない。そう思ってた。」
優 「...」
凛 「...本当、意味が分からない。こんなところに連れて来られてどうしてそんな想いが湧くのか。でも...その気持ちに何度助けられか。一ノ瀬も守ろうと思ってくれていたんだな。」
優 「...はい。」
凛 「...ありがとう。」
優 「...橘先輩だからです。橘先輩だからこそ、皆、守りたいと思うんです。」
凛 「...」
優 「...だって...何の関係もない僕らを命を懸けて守ろうとしてくれるじゃないですか。」
凛 「...あぁ...私は関係ないと思ってない。」
優 「えっ?」
凛 「...私のせいでここにみんなが集まっている。そう思ってる。それだけが理由じゃないけど、守るのが当然で自分は皆を守るべき...違うな。守るべきじゃなくて守りたいんだよね。守りたくて守ろうとしているだけ。」
優 「...じゃあ、僕も守ります。次はあなたを守ります。」
凛 「...ふふ。じゃあ...そんな一ノ瀬に言っておく。守るにはいろんな守るがある。いろいろな形が相手を守る。抱き締めるのも怒るのも話を聞くのも見守るのも守るだ。一ノ瀬なりに守ってくれることを期待している。」
優 「...はい。お任せください。」
凛 「よし、じゃあ、仕事に戻ろう。まずは、計算間違いの頻発を一ノ瀬たちの力で何とかしてくれ。」
優 「はい。切り替えます。」
茜坂の修復も終わり、落ち着いてきた頃、夕食を食べていると食堂に橘先輩が入ってくると橘先輩は急にふらついて壁を支えにしながら座り込んだ。




