第3章ー23
吉良俊一中尉は制空権を確保するために愛機を駆って、ヴェルダン要塞上空にあった。この仏日連合軍の総攻撃成功のカギを握るのが、制空権の確保だ。この総攻撃成功のために仏は日本海兵隊の要請にできる限りこたえてくれた。その象徴の一つが、自らの愛機スパッドS7だ。この9月に本格的量産が開始されたばかりの最新鋭戦闘機にも関わらず、日本海軍航空隊の戦闘機は全てスパッドS7に更新されていた。この戦闘機ならば同数の戦闘でも独軍の最新鋭戦闘機アルバトロスD2に勝てるはずだ。吉良中尉は、現在のところ、草鹿龍之介中尉と日本のトップエースを争っているが、1機負けている。何としても、この後の奮闘で日本のトップエースに自分はなるつもりだった。
「それにしても、いい日和ですな」草鹿中尉はのんびりとしていた。
「偵察員が寛いでいていいのか」大西瀧治郎中尉はその言葉をとがめたが、口調が軽い。大西中尉も同感なのだろう。
「この攻撃は何としても成功させねばならないのは分かっています。地上観測任務はきちんと遂行していますよ。それにしても、今回は吉良中尉達が自分達の頭上を警戒しています。敵機に不意を打たれる心配はないでしょう」
「全くだな」草鹿中尉の軽口に大西中尉も笑って答えた。
「そう言っていたら、早速、来ました。よろしくお願いします」
「心得た」草鹿中尉の敵機襲来の警告に大西中尉は返答と同時に回避運動に入ることで答えた。吉良中尉達も迎撃戦闘に参加した。日独間の激しい空中戦が始まった。
「何とか制空権は維持しています。ですが、航空隊の損耗は軽視できないレベルに達しつつあります」日本海軍航空隊を率いる山下源太郎中将は、総司令官の林忠崇元帥に報告していた。
「分かっている。だが、日本海軍航空隊には全滅してでも制空権を死守せよ、と欧州派遣軍総司令官としてわしは命じる」林元帥は山下中将に答えた。山下中将が息を呑むのが林元帥には分かった。
「制空権を確保しないと、海兵隊のこの攻撃は成功しない。そして、今回の攻撃がおそらく海兵隊にとって最後の攻撃になるだろう。どんなに悲惨な勝利になろうと、栄光に満ちた敗北になるよりマシだと、戊辰戦争以来の戦争経験からわしは考えるし、軍人なら多くの者が同意するはずだ。海兵隊の攻撃が成功して、更に仏軍にも勝利をもたらして、我々はこの地を去るべきだとわしは考える」林元帥は言葉を切った。
「だから、つらいのは重々承知の上で、わしは命じる。制空権を確保しろ」
「分かりました」山下中将が断腸の思いで答えるのが、林元帥には分かった。
「後少しで、ヴェルダン要塞の完全奪還が成功する。何としても攻撃を続けろ」第3海兵師団長の鈴木貫太郎少将の命令が隷下の部隊に下された。岸三郎少将も第4海兵師団に同様の命令を出している。10月中に続けられた攻撃により、海兵隊2個師団は半数以上の兵員が失われてしまっている。だが、こちらが攻撃側にあるにも関わらず、独軍の方が多くの損害を被っている。これは、WW1の戦場では稀有な例だった。攻撃側が損害を多く被るのが当たり前なのだ。制空権の確保、新戦術の採用等々が、この稀有な例を生み出している。だが、今、攻撃を止めては、この稀有な例は雲散霧消するだろう。海兵隊は死に物狂いの奮闘を続けることで、何とか1916年11月初め、仏軍と共同してヴェルダン要塞完全奪還成功の声明を出すことが出来た。だが、その代償として、海兵隊と海軍航空隊を併せて8万名近くの損害を日本海軍は被った。日本海軍は高い代償を支払った。
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