第3章ー21
8月中の仏日連合軍の反攻によりヴェルダン要塞の大半が奪還されたが、完全奪還にはまだ遠かった。日本軍の林忠崇元帥と仏軍のニヴェル将軍が協議した結果、10月初めからの再度の反攻作戦の実施が決定した。日本軍は第3海兵師団と第4海兵師団が参加することになった。だが、反攻作戦を再度実施すれば、大損害は決定的である。少しでも損害が減らせないか、と日本軍の提督は鳩首協議することになった。
「今回のヴェルダン要塞攻防戦で日本海軍が被っている損害は累計でどれくらいだ」林元帥の声が響いた。
「正直に申し上げますと6万人を超えます。その内戦死者、戦場復帰不可能な重傷者が3万人近く」欧州派遣軍参謀長の黒井悌次郎中将の暗い声が答えた。提督達の顔が一様に暗くなった。それは開戦時の海兵隊を含む日本海軍の総兵員数を超えている。海軍兵学校の教育年限の短縮、予備役士官の総動員等々を行って日本海軍はこの苦境に対処している。ヴェルダンの挽肉製造機、吸血ポンプは冷酷に日本海軍に損害を与えている。
「これで10月の反攻に2個師団を投入した場合」そこで、山下源太郎中将は絶句した。
「それで、ヴェルダン要塞攻防戦が終わっても、おそらく日本海軍は平時の定員数の1.5倍以上2倍近くが死傷することになります」黒井中将は暗い声で答えた。提督会議の場はお通夜のような空気に包まれることになった。現在史上最大の海戦となっているユトランド沖海戦での英海軍の死者及び捕虜が6000名余りである。その軽く5倍近い損害を日本海軍は既に被っているのに、更にヴェルダンは日本海軍に生贄を要求しているのだ。
「何か新戦術とかが無いものか?」柴五郎中将は言った。柴中将率いる第1海兵師団は2回にわたり、文字通り全滅に等しい打撃を被った。累計の死傷率は140パーセントを超えている。それでも吉松茂太郎中将率いる第2海兵師団よりはマシだ。鈴木貫太郎少将率いる第3海兵師団や岸三郎少将率いる第4海兵師団はこのまま行くと同等以上の損害を被るだろう。何しろ第3海兵師団や第4海兵師団の兵員の練度は前述の2個師団より低いのだ(先の2個師団は現役兵から当初はなっていた師団なのに対し、第3海兵師団は予備役兵を動員した師団である。また、第4海兵師団は他の3個師団から損害の大きかった海兵連隊3個を引き抜き、それを基幹にして新編制された師団であるため、予備役兵率が高かった。)。
「一つ考えがあります」吉松中将が提案した。
「露軍の新戦術を研究してみませんか」
「ブルシーロフ将軍のあの戦術か。」鈴木少将も思い当ったらしい。
「墺軍を崩壊させて、大損害を与えていたな」
「仏と露は露仏同盟を締結していた関係から、仏陸軍を通せば詳しい状況が分かるのではないでしょうか」黒井中将が言った。
「よし、情報収集に努めて、その上で研究してみよう」林元帥は決断した。
「広正面で攻撃を行い、短時間に嵐のような砲撃を事前に浴びせて、最初の攻撃部隊は弱点を衝いてどんどん前進する。そして、敵軍を混乱に陥らせて、敵軍の抵抗が弱まった所を後続部隊が更に攻撃していく。あたかも膨大な水が堤防に押し寄せ、堤防の弱点を衝くことで堤防を最終的に決壊させるような攻撃方法ですな」吉松中将はそう露軍の新戦術を要約した。
「ふむ。合理的な戦術ではあるな」八代六郎中将が言った。
「本来ならそれ用の強化された部隊が前衛を務めるべきだろうが、10月では部隊編成が間に合わないな」鈴木少将が嘆いた。
「しかし、やるしかなさそうだ」鈴木少将は腹をくくったように言った。横で岸少将も肯いた。
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