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第3章ー20

 大西瀧治郎中尉は、独軍のアルバトロスD1戦闘機の襲撃を回避しようと試みた。

 草鹿龍之介中尉は、何とか撃墜しようとする。


「神風は落ちん。安心しろ」

 大西中尉は自分も落ち着かせるためだろう。大声を上げた。

 護衛のニューポール戦闘機が駆け付けてくるが、同数では分が悪いようだ。

 こちらの得た情報ではまだ量産に移ったばかりの新型戦闘機を独軍が投入してくるとは、余程、6月のことが恨まれたらしい。


 それにあの時のような絶対量の優位下ではない。

 航空観測任務の都合上、ソッピース・ストラッターが12機、ニューポールが12機という組み合わせだ。

 相手は20機近くいる。

 一時、退避を決断すべきだろう。


 実際、強気の大西中尉が逃げる方向に機動している。

 草鹿中尉は大西中尉の判断に無言で同意しつつ、敵機に狙いを定めた。

 後の先を狙って撃ち落としてやる。


 最終的に草鹿中尉は1機撃墜を報告し、地上からの報告もそれを肯定した。

 他に1機を味方の戦闘機が撃ち落としていた。

 だが、こちらも3機撃墜された。

 圧倒的制空権が崩壊しつつあった。


「あの戦闘機の襲撃が無ければなあ」

 中隊長の国府大尉はぼやいた。

 大田中尉も同感だった。

 移動弾幕射撃の効果が無かったとは言わない。

 だが、効果不充分で結果的に敵陣に自分達は攻撃を掛けることになった。

 その結果が、今の状況だった。


「大田中尉、小隊の被害は」

「2名戦死、3名が重傷で後送の必要があります」

 国府大尉の質問に大田中尉は答えた。

 他に軽傷者が3名ほどいるが、この激戦だ。

 後送の必要がない負傷兵は、負傷兵でないという暗黙の了解が中隊全員に浸透している。


「何とか第1線陣地を完全突破できたが、第2線陣地は手付かずか。明日に託すか」

 国府大尉は肩を落としながら言った。

 独軍は2個の死体を遺棄し、2人重傷の捕虜を得た。

 小刻みに戦果は挙がっているが、損害を最終的にどれだけ出すことになるやら。


 兵の損害を減らすために独軍のように毒ガスを使うべきだという士官もいるが、実際の海兵隊の現状からは夢物語だった。

 さすがに英仏軍も貴重な毒ガスを日本の海兵隊に提供はしてくれない

(独より英仏は化学工業分野で当時は立ち遅れており、毒ガスの量産体制では独が優位的状況下にあった。

 もとより、当時の日本の化学工業の技術力では毒ガス弾の製造は実験室なら何とか可能でも、実戦使用可能なレベルで量産することは全く不可能と言ってよかった)


 更に林忠崇元帥や鈴木貫太郎少将といった海兵隊の将官クラスは全員が、道徳的に毒ガスは使うべきではない、という意見だった。

 理屈は分かる、だが、人間としての良心をそこまで捨てたくはない、サムライの名誉に関わると林元帥は訓示までした。


 もっとも、英仏軍の毒ガス使用を海兵隊は黙認している。

 大田中尉の目からすれば、筋をとことんまで通すのなら、英仏軍の毒ガス使用にも反対すべきではと思うのだが、そこまではさすがに林元帥らも言えないのだろう。


 8月末、ドォーモン堡塁を仏軍が奪還したことで、仏日軍の攻勢は一時、終局を迎えた。

 それまでに攻勢に使用された師団は消耗しつくしていた。

 海兵隊2個師団は、またも大量の死傷者をだし、再編制されることになった。


 大田中尉の率いる小隊は、1月にわたる激戦の結果、兵員の半数が戦死、または除隊を余儀なくされる重傷を負うという損害を被ったが、連隊全体の中でも最も損害割合が少なかったと永野修身連隊長が褒める有様だった。

 これで、損害が少ないと言われても、と大田中尉は思った。

 もう、ヴェルダンには来たくない。

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