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第3章ー15

「本当に良かったのかね。Z旗を掲げて」

 林忠崇元帥の声は疑念を含んでいた。

 6月1日の朝、ヴォー堡塁にフランス国旗、日本の旭日旗、そしてZ旗が翻ったのを林元帥は知り、第3海兵師団長の鈴木貫太郎少将へ意向を確認するために有線電話で連絡してきたのだった。

 鈴木少将は笑いながら答えた。


「ヴォー堡塁を守るのが日本の海兵隊であることが独陸軍にも分かるでしょう。

 たかが、黄色い猿の日本のしかも海軍の軍人が護る堡塁を独陸軍が落とせないのは恥ではありませんか」

「確かにな」

 林元帥は鈴木少将の内心を覚ったのか、笑って答えた。


「大いにやりたまえ、ついでに宣伝もしてやろう。その代り」

 林元帥は言葉を切った後、重い口調で鈴木少将に言った。

「第3海兵師団はヴォー堡塁を死守せねばならなくなったと、部下に覚悟させるように」

「よくわかっております。鬼貫の異名が健在であると私の部下は全員が承知しております」

 鈴木少将は答えた。


 鬼貫、それは日露戦争の旅順要塞攻防戦時に、鈴木少将に対して陸軍の将兵が付けた渾名である。

 それくらい海兵隊出身の鈴木少将は要塞攻防戦の方法をびしびし陸軍の将兵に指導したのだ。

 だが、そのお蔭で旅順要塞が事前の予想より被害が少なく、更に早い期日で陥落したのも事実だった。

 鈴木少将は、今度は防御側でその才能を発揮することになったのだ。


 鈴木少将は重い気持ちで、林元帥からの電話を置いた。

 そのやり取りを聞いていた第3海兵師団司令部の幕僚の1人が言った。

「いっそのこと、真田丸にヴォー堡塁を改名しましょうか」

「止めてくれ。わしは譜代大名、久世家の元家臣だ。

 大坂の陣で徳川家の策略の前に、真田丸は裸城にされてしまい、最後は大坂城は陥落したではないか。

 縁起が悪い。ヴォー堡塁が陥落するぞ」

 鈴木少将は思わず言った。


 その言葉を聞いた幕僚たちは思わず笑みを浮かべた。

「ではどうしましょうか」

 別の幕僚が合いの手を入れた。


「長篠城と改名しようか。

 あくまでも海兵隊の間でだが」

 鈴木少将は言った。

 周囲の幕僚は肯いた。


 長篠城なら、最後は織田軍の来援により、徳川軍が攻撃側の武田軍を壊滅させている。

 そして、長篠の戦は武田家衰亡のきっかけになった。

 確かに徳川家の軍勢の末裔たる海兵隊にとって長篠の名は縁起が良い。

「いいですな。長篠城とヴォー堡塁を内輪では呼びましょう」

 幕僚たちは口々に同意した。


 だが、かつての長篠城攻防戦とは3世紀以上も時代が流れている。

 時代の流れを感じながら、第3海兵師団の将兵はヴォー堡塁を護ることになった。

「独軍の航空機はしつこいですな。

 あれだけ落とされても少数機を常に飛ばそうとする」

 幕僚の1人が感嘆するように言った。


 砲撃の際に弾着観測をしたり、地上部隊支援のために敵陣地を爆撃したりするために戦場上空に常に航空機を飛ばすことは必要不可欠と独仏日両方が考えている。

 だが、日本軍は割り切った考えをした。

 こちらは地下に籠っているのだ。


「だからこそ、日本軍航空隊の射的の的に独軍の航空機はなるのだが。独軍の将軍は損耗は仕方ないと割り切っているのだろうな」

 鈴木少将は感嘆しながら言った。


 少数機を常時哨戒させる独軍の戦術は日本軍の大機数を投入した制空権確保を優先させる戦術の前に10倍以上の損害を出していた。

 それでも出撃させる、独軍は損害を怖れないのか。実際はただ単に独陸軍参謀総長のファルケンハイン将軍が航空隊を軽視する余り、損害に無頓着だったためなのだが、鈴木少将たちは驚愕しながら戦い続けることになった。

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