第3章ー12
第3海兵師団長の鈴木貫太郎少将は、ヴォー堡塁を何としても死守しようと決意していた。
第1、第2両海兵師団が大損害を受けてまで死守してきたのだ。
第3海兵師団に交代したために失われたということにされるわけにはいかない。
ペタン将軍に直接掛け合い、ヴォー堡塁にフランス国旗と旭日旗、Z旗を日の出時と日没時に掲揚することにした。
砲撃等の的になるのですぐに降ろさせるが、この旗が翻るということは日仏連合軍がヴォー堡塁を保持しているということだ。
戦場での通信傍聴によると独軍は一時、ヴォー堡塁を占領したと判断していたらしい。
相手に対する面当てとしては効果的だろう。
「おい、本当に旗が3つ翻っているぞ」
大西瀧治郎中尉が驚いて声を上げた。
草鹿龍之介中尉も驚きを隠せなかった。
鈴木少将は本当に旗を掲げている。
2人は朝の偵察任務に赴く途中だった。
「皇国の興廃、この一戦にあり、総員一層奮励努力せよ、との意味でしたよね。Z旗は」
草鹿中尉は大西中尉に確認するように言った。
「そのとおりだ。
海軍兵学校で山下源太郎校長が言っておられた。
あのバルチック艦隊との戦いのときに掲げるはずだったのに、掲げずじまいになった。
いつか掲げる時に備えて、訓練に励めと言われていたな」
「ちょっとこの場に掲げるのは、少し違うような気がしますが」
「鈴木少将の思いやりだろう。
山下中将にとって、やむを得ない事情とはいえ、海軍航空隊の来援が遅れたのは悔やまれることだったらしい。
今から、この一戦が始まると言いたいのだ」
「なるほど。それに海軍が守る堡塁を独陸軍が落とせないというのは恥ですな。
Z旗が掲げられているというのは海軍が守っているという証になりますから」
「全くだな」
大西中尉は笑った。
戦場で面子など気にするな、と言われることは多々あるが、実際にはお互いの面子がある。
独陸軍はヴォー堡塁を落とそうと意地になるだろう。
そして、それこそがペタン将軍や鈴木少将の狙いだ。
ヴォー堡塁を囮として、その間にそれ以外で攻勢に転じるのだ。
「さて、その第一前提が、ヴェルダン要塞上空は敵機のみと独陸軍に認識させることだ。
我々は忙しくなるぞ。びしばし独機を落としてくれ」
「無茶言わないでください。
確かに我々が乗っているのは複座の戦闘偵察機ですが、単座機の方が敵機を落とすのには向いているのですよ。
それに単機偵察中にどうしろと、敵機に襲われたら逃げるのを最優先にしないといけません。
偵察任務があるのですよ」
「それぐらい気合で独機を呼んで、ついでにできると言わないのか」
「どれだけ気合を発して、無茶をしろというのですか」
草鹿中尉は呆れたくなった。
「全く冗談と言うのが分からん奴だ」
大西中尉は言った。
嘘だ、絶対に大西中尉は本気だった、と草鹿中尉は思ったが、口には出さない。
それが心得と言うものだ。
「この神風号をわしが操縦する限り、何としてもお前を生きて帰らせてやる。
それは冗談ではないぞ」
大西中尉は勝手に愛機に神風号と名付けてしまった。
少佐に昇進した山本五十六総隊長へその件を大西中尉は伝えたが、事後承諾だったらしい。
山本少佐は、大西中尉なら仕方ないと黙認してしまった。
どれだけ横紙破りと大西中尉は思われているのだろう、実際にその被害に遭っている自分としては大西中尉の横紙破りは否定できないが、と草鹿中尉は思った。
その内に独軍の最前線を自分達は通過した。
草鹿中尉は急いで写真を撮影した。
何としても独軍の攻勢準備の内容を把握せねば。
「充分撮れたか」
「撮れました」
「よし、帰るぞ。囮任務開始だ」
大西中尉は言った。
そうだ、我々は囮なのだ。
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