第3章ー1 ヴェルダン
第3章の開始です。
1916年3月末、ガリポリ半島から南フランスに移動した日本海兵隊2個師団は補充、再編制を完結して、最前線に赴く準備を整えつつあった。
そして、海兵隊員の間では今度はどこに赴くことになるのか、というのが話題になりつつあった。
その話題の際に必ず出る地名があった。
その地名はヴェルダンといった。
「本当にヴェルダンに赴くのですか」
土方勇志大佐は黒井悌次郎欧州派遣軍参謀長に質問した。
土方大佐は、大佐以上が集まった欧州派遣軍司令部の幹部会に出席していた。
「ああ。本当は赴きたくないが。仏軍最高司令部からの依頼とあっては是非もない」
黒井参謀長は言った。
先日の組織改編により、欧州派遣軍総司令部が正式に設置され、欧州にいる日本海軍の全部隊、陸上部隊、航空部隊、水上艦部隊(日本海軍の潜水艦部隊はそもそも欧州に派遣されていない)が欧州派遣軍総司令部の隷下におかれることになった。
黒井参謀長は一応、全部隊の参謀長ということになるのだが(総司令官たる林忠崇元帥も同様ではある)、陸上部隊の海兵隊以外は専門外ということで、ほぼ航空部隊や水上艦部隊についてはそれぞれの司令部に職務を委任しているのが実態だった。
そして、専門である海兵隊が赴く最前線がヴェルダンということになったのだが、黒井参謀長の声に力は無かった。
土方大佐は思った。
自分でも声に力が無くなるだろう。
それくらい、今のヴェルダンは海兵隊でなくとも赴くには覚悟がいる場所になっている。
日本ではようやく第3海兵師団が新編成されることになって、更に欧州派遣も決定された。
合計3個師団が西部戦線で戦うことになって、いよいよ戦果を挙げられると勇んでいたのに、赴く先がヴェルダンでは実際に赴く前から非情な覚悟を強いられることになるのが必然だった。
林元帥が、二人のやり取りを横で聞いた後で口を挟んだ。
「黒井参謀長の気持ちは分かるが、仏軍最高司令部の依頼を無視するわけにはいかん。
実際に今もヴェルダンでは大量の仏兵が死傷しているのだ。
独兵も大量に死傷しているはずだがな。
独仏、いや、独墺同盟軍と英仏日連合軍、どちらが先に音を上げるかという戦いになりつつある。
西部戦線の雌雄を決す戦いに今やヴェルダンはなりつつあると言っても過言ではない。
我々はヴェルダンに赴く。
そして、勝利を収めるしかない状況に追い込まれつつあるのだ」
林元帥の言葉があっても、周囲の空気は重いままだった。
それくらいヴェルダンは今の西部戦線では重い場所になりつつあった。
柴五郎第1海兵師団長が空気を変えるために口を開いた。
「まずは、ヴェルダンが今の状況になるまでの要塞攻防戦の開始からの経緯を検討しませんか。
そして、独軍の真の意図を推測しませんか。
そして、現状からどうすれば脱却できるかを考えていきましょう。
そうしないと話が前に進まないと思いませんか」
その言葉を聞いた皆が、身じろぎをして、重い口を開こうとし始めた。
中には、遣欧艦隊司令長官たる八代六郎中将もいる。
水上艦隊である遣欧艦隊にとってヴェルダン要塞は無関係と言っても過言ではない場所だったが、現状は無関係だからと言って沈黙を守ることが許されない雰囲気が醸し出されていた。
それにしても、増援部隊が駆け付けても3個師団しかいない日本海兵隊に何ができるというのだろう。
土方大佐は悲観的な想いを抱かざるを得なかった。
ヴェルダン要塞を死守せよ、言うのは容易なことだが、実際に実現できるかというと困難極まりない話に土方大佐は思われてならなかった。
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