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幕間ー9

 山本権兵衛首相の心配は杞憂ではなかった。

 斎藤実海相の発言を機に日本国内では、日本海軍本体、艦隊の欧州派遣を切望する意見が続出したのだ。


「やはり、斎藤海相は国士だった。

 斎藤海相は臣民のことを真に思っている。

 臣民としてお国のために尽くすのは、私とてやぶさかではない。

 だが、臣民にきちんと報いるのも為政者の務めではないだろうか」

「我が日本海軍は、世界でも文句なしに実力では5指に入る規模を誇る。

 この海軍が欧州に派遣されれば、英仏両国海軍と協働して独海軍は鎧袖一触、欧州航路の安全が確保されるのは明らか」

 等々、景気の良い意見が新聞紙上に躍るようになった。


「失言がこれ程怖いモノだったとは」

 斎藤海相は執務室で頭を抱え込んだ。

 横で鈴木貫太郎次官が斎藤海相を慰めた。

「海相は、対中14か条の一件で対外強硬派の筆頭とみなされていますからね。

 新聞記者の多くが善意で斎藤海相の後押しをしているつもりなのでしょう」


「私としては迷惑極まりない話だ」

 斎藤海相は半分独り言を言った。

 斎藤海相が、対中14か条で強硬論を吐いたのは現実無視の妄論を抑え込むためだ。

 決して、斎藤海相は対外強硬派ではない。

 むしろ、穏健派といってよい。


 それなのに、今のような事態を招来してしまった。

 斎藤海相としては、対中国政策についての一言を言い残した林忠崇元帥に対し、恨み言を言いたい気分にさえなっていた。

 林元帥の一言が無ければ、今のような事態は無かったかもしれない。


「ともかく後始末をせねばなりません。

 本当に海軍本体、艦隊の欧州派遣を進めますか」

 鈴木次官は斎藤海相に尋ねた。

「海軍本体の意見はどうなのだ」

 斎藤海相は鈴木次官に反問した。


「皮肉なことに海軍本体の意見はバラバラです。

 秋山真之軍務局長等は艦隊の欧州派遣に積極的な意見を述べているくらいです。

 余程、日露戦争で海軍本体が活躍できなかったのが悔しいみたいです。

 今度の欧州大戦は、海軍の面目を一新する絶好の機会だと呼号しているくらいです」

「ほう」


 斎藤海相は目を光らせた。

 鈴木次官は思った。

 さすが、斎藤海相は本多正信の生まれ変わりと謳われた本多幸七郎海兵本部長の愛弟子だけはある。

 元老の山県有朋元帥が唯一怖れる男だとまで海軍内では本多幸七郎海兵本部長は言われた。

 その愛弟子が何か考えついたか。


「そろそろ海軍本体が海軍大臣や海軍次官を出す頃合いだとも思っていた。

 この際、私を高く売り払うか。

 ついでに君も海軍省から出ていくか」

 斎藤海相は鈴木次官に言った。

 鈴木次官自身も、欧州に海兵隊の仲間が赴いていて奮戦しているのを見て血が騒いでいた。


「何か考えつかれましたか」

 鈴木次官はあらためて斎藤海相に尋ねた。

「いや、欧州派遣軍総司令部を作ってもよいか、と思ってな。

 林元帥を名目上でも総司令官にして、海兵隊に海軍航空隊、更に遣欧艦隊全てを欧州派遣軍に統括させる」

 斎藤海相は言った。


「それは」

 さすがに鈴木次官は絶句した。

 確かに海軍のみを統括するとはいえ、陸海空の3つの部隊全てをその総司令部は率いることになる。

 大本営クラスならともかく出先の総司令部で陸海空、3つの部隊全てを統括するのは世界史上初だろう。


 総司令官の格的には全く問題がない。

 何しろ元帥が総司令官を務めるのだから、問題にする方がおかしい。


「海軍大臣も海軍次官も海軍本体に就任させると言えば、海軍本体の総論は大喜びするだろう。

 それくらいの要望を出しても罰は当たるまい。

 遣欧艦隊もその方が現場に合った行動が出来るだろう」

 斎藤海相は言った。

 鈴木次官は身震いした。

 これはえらいことになった。

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