幕間ー6 海軍の更なる派兵
1916年1月、新年の気分もまだ抜けない頃だが、海軍省は喧騒に満ちていた。
なぜなら、欧州派兵の対策に海軍省全体が追われていたからだ。
鈴木貫太郎次官は、昨年末の海軍飛行予科練習生の現在の状況報告書をまとめるのに追われ、年末年始に実質的に休めたのは、元旦のみという惨状にため息を吐きながら執務をする羽目になっていた。
斎藤実海相付の副官が、鈴木次官を呼びに来た。
鈴木次官はとりあえず顔を洗い、しゃんとした上で海相の執務室に赴いた。
「お互いに大変だな」
斎藤海相は開口一番に鈴木次官を労わった。
斎藤海相は海兵隊の補充、再編成計画を行う事務に主に携わっている。
その代り、海軍航空隊は鈴木次官にほぼ一任という体制でとりあえずの事務を行っていた。
「海軍飛行予科練習生は順調に仕上がりつつあるか」
「はい。来月には欧州に赴く予定です。酷い泥縄ですが止むを得ません」
「日本に航空機を作るところがあればなあ。日本で飛行訓練ができるのだが」
「無い物ねだりですな。今のところは」
斎藤海相と鈴木次官は会話した。
それが今の日本の航空部隊にとって最大の問題になっていた。
現在の日本に航空機を量産できる会社は今のところ存在しない。
英仏に対して新鋭機を売るように交渉しているが、反応は捗々しくない。
そして、三井、鈴木、三菱といった財閥に対して、陸軍とも協力した上で海軍を挙げて航空機を量産できる会社が出来ないかを打診しているが、反応は芳しくない。
仮に新会社が設立できても、量産体制に移るのには最低でも1年はかかるだろうから、どうにもならない。
そのために、とりあえず見切り発車と言う形で、海軍飛行予科練習生制度を作り、霞ケ浦に練習生を集めて、まずは軍人としての基礎教練を昨年から施して1年になる。
補充も考慮して200人をかき集め、今年も同様に集めることになっていたが、航空機が無いと飛行訓練がそもそもできるわけがない。
そうした時に、思わぬ解決策が欧州にいる部隊から提案された。
飛行訓練をこちらで、欧州でやるのはどうかという解決策である。
「確かに英仏も、飛行訓練を終え次第、前線に補充兵を投入できるということなら、日本に航空機を売ることに文句はつけませんな」
鈴木次官は半分独り言を言った。
斎藤海相が更に続けた。
「そして、欧州には山本五十六大尉以下、歴戦の操縦員が揃っているという現実があるか。
優秀な教官を日本に呼び戻す手間暇を考えると、飛行訓練は欧州で行った方がよいという現実が」
「南フランスやスコットランド当たりの基地を間借りして、そこで飛行訓練を行う。
妥当と言えば妥当な解決策ですが」
「我々はますます欧州の泥沼に足を踏み込むことになるか」
「ええ」
鈴木次官はため息を吐きながら、言葉を編んだ。
「ガリポリ半島で奇勝を収めて名誉ある撤退という形を作れました。
セルビアが崩壊したので、止む無くガリポリ半島からサロニカへ転進したのだと英仏は公式発表しています。
そして、日本の全部隊は補充と再編制のために南フランスへ移動すると発表しています」
「間違ってはいないし、日本の勇戦敢闘が英仏両国に評価されて、更なる航空機等の供与がなされたのは喜ぶべきだが、我々はますます血を流すことになったな」
「このまま行くと、日本艦隊の派遣要請まで英仏からくるのでは」
「まさか」
さすがに斎藤海相は笑った。
だが、日本艦隊の派遣は日本国内の世論に押されるという思いがけないことから現実化し、日本海軍はほぼ総力を挙げて欧州に赴くことになる。
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