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第2章ー30

 文中にはでてきませんが、海軍航空隊もほぼ同時に南仏へ移動しています。

 ガリポリ半島から日本海兵隊が最終的に撤退できたのは、12月下旬になってからだった。

 海兵隊には、部隊の補充、再編制が必要不可欠になっている。

 そのために海兵隊のサロニカ戦線への転進案は退けられ、南仏に移動して日本海兵隊は補充、再編制に努めることになった。


 本来は日本本土に予備として温存するはずの4個海兵連隊も1個海兵師団に編制して欧州に派兵するという動きも公然化しつつある。

 海軍航空隊も大拡充することになった。

 そういった動きも考えあわせると日本海兵隊が再び最前線に赴くのは来年の夏近く、具体的には1916年5月以降になるだろう。

 海軍省からは、そのような計画で準備行動するように指示が内々に海兵隊に下り、海兵隊全体は準備行動に取り掛かった。


 最後の撤退船団の中に土方勇志大佐の姿があった。

 その横には林忠崇元帥もいる。

 指揮官たる者、撤退は殿を務めるべきとの考えで林元帥は最後の撤退船団の中にいるのだった。

 ちなみに、この船団はエジプトに向かい、そこで療養している傷い兵を拾い上げた後で南仏に向かうことになっている。

 だが、それが表向きで別の目的があるのを、その船団に乗っている者全員が承知していた。


「そろそろです」

 土方大佐は、林元帥に声を掛けた。

 船が汽笛を鳴らす。

 それに合わせて、林元帥は無言で黙とうした。

 乗っている者全員が思い思いに死者を悼んだ。

 暫く経って、林元帥が目を開けて、ぽつんと呟くのが土方大佐の耳に入った。

「皆、日本に帰りたかったろうな。こんな海の底に眠るとは」


 その言葉は土方大佐の胸をえぐった。

 土方大佐は涙が溢れるのを覚えた。

 この場所に、ガリポリ半島で散った800名余りの遺骨と遺品が沈んでいる。

 遺骨と遺品を運んでいた輸送船がここで独墺土軍の潜水艦の襲撃を受け、撃沈されたのだった。

 戦争の宿命とはいえ、ここは余りにも祖国、日本から遠い。魂は無事に日本に帰れたろうか。


 その船団には大田実少尉も乗っていた。

 汽笛に合わせて、大田少尉は無言のまま、敬礼した。

 涙が溢れてくるのがどうにも止められない。

 自分の周りの多くも同様だった。

 中にはすすり泣く者までいる。

 だが、それを誰も咎めようとしない。


「市丸、青木、日本に帰りたかったろうな。他の同期生の遺骨は日本に帰れたが、お前たち2人は遺骨を帰してやれなかったな」

 大田は内心で呟いた。


 最終的に海軍兵学校の同期生118人の内、6人がガリポリの地で戦死または戦病死した。

 しかも、これだけ同期生が亡くなったのに、未だに戦争が終わる気配がない。

 戦争が終わった時、自分達の同期生は何人に減っているのだろうか。

 大田少尉は思いを巡らせた。


 そういえば、草鹿龍之介少尉からは青木の仇は無事に討ったという連絡があった。

 フォッカー戦闘機は、1機か、2機しかトルコに供給されなかったらしく、大西、草鹿が1機を撃ち落とした後は姿を見せなくなった。

 仮にまだいても、トルコにとってこれ以上は失いたくないのだろう。

 そう草鹿は推測していたし、大田も同感だった。


 そして、日本本国からは、これまでの経緯から艦隊を欧州に派遣しようとする動きがあるらしい。

 そうなると海軍ほぼ全体が欧州に赴くことになる。

 いよいよ同期生が亡くなることが増えそうだった。


 大田は天を仰いだ。

 涙のために空が滲んで見える。

 こうして滲んだ空を何度見ることになるのだろう。

 最終的には戦果を挙げられずにガリポリ半島から転進の止む無きに至った無念さも合わさり、船に揺られながら、大田少尉は感傷的になってしばらくの間、物思いにふけった。

 第2章の終わりです。次話からまた、幕間になります。

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