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第2章ー26

 ガリポリ半島における英仏日連合軍とトルコ軍の再度の対峙状況が始まって、1月近くが経った。

 英仏日連合軍の総司令官たるハミルトン将軍は、8月のスヴラ湾上陸作戦実行による大勝から更なる進撃を呼号していた。

 だが、林忠崇元帥率いる日本の海兵隊はガリポリ半島からの撤退を主張していた。

 勝利にも関わらず、公然と撤退を主張できる論拠はもちろんあった。

 ガリポリ半島の連合軍内部で伝染病の蔓延が悪化していることとバルカン半島のセルビアの戦況の悪化である。


「何れは来るとは思っていたが」

 土方勇志大佐は、医療衛生部隊からの報告書に目を通し終えた後に渋い顔をしながら呟いた。

 報告書には、9月に入って赤痢、腸チフスに加え、塹壕熱までもがとうとう海兵隊に発生したことが書かれている。

 大方、英軍からもらったのだろう。


 海兵隊が赴く前から、ガリポリ半島の英仏軍内では赤痢、腸チフス、塹壕熱の蔓延が問題になっていた。

 海軍航空隊でも、赤痢、腸チフスが発生したらしい。

 こちらは塹壕は無いので、塹壕熱については大丈夫です、と海軍航空隊参謀長の山路一善大佐は言ったらしいが、悪い冗談にも程があった。


 取りあえず、患者の隔離と消毒の励行を医療衛生部隊は行うことにしたらしいが、そもそも限度があった。

 戦場の軍隊では、清潔な軍服に頻繁に着替える等、土方大佐クラスの士官ですらぜい沢である。

 林元帥でさえ、数日同じ軍服で過ごすことがあるくらいだ。

 そうなると当然のことながら軍服にシラミが湧いてくる。


 シラミは伝染病の巣になるものだった。

 塹壕熱はこれに起因している。

 そして、ガリポリ半島では清潔な水を継続的に確保して飲むのはぜい沢な状況になっていた。

 何しろ英仏日連合軍だけでも十万人以上の人間がガリポリ半島には押し寄せているのだ。


 これだけ大量の人間がいるとどうしても飲料水が不足気味になり、生水を飲むのが当たり前になる。

 だが、生水の中には往々にして赤痢菌や腸チフス菌が待ち構えているのだ。

 発疹チフス程の死亡率はないが、赤痢や腸チフスの死亡率は軽く1割を超えている。

 塹壕熱でも死者が出ることがあった。

 土方大佐は頭を抱え込んだ。


 大田実少尉は悪夢を見る想いがしていた。

 トルコ軍に対抗して塹壕を掘る作業を始めてから1月近くになる。

 再度、華々しい攻撃をトルコ軍に行うことを夢見ていたが、他の部隊で赤痢や腸チフスに罹る兵が出るようになっていた。

 そして、とうとう自分の小隊でも複数の兵が赤痢に罹った。


 とりあえず野戦病院に連れて行くことにし、自分も共に赴いたが、野戦病院は赤痢や腸チフス患者で溢れかえっている。

 これでは赤痢で野戦病院に入院したら、腸チフスにもり患するのではないか。

 軍医は海兵隊軍医の誇りにかけてそのようなことは起こさないように努めると言った。

 確かに、海兵隊軍医は台湾出兵等で実績があり、脚気の撲滅等の功績を挙げている。

 日本国内でも最高峰の一つと目される存在だった。


 その医学をもってしても赤痢や腸チフスの蔓延が食い止められないのか。

 大田少尉は却って暗くなる思いがした。

 あれ、足元がぐらつきだしたような気がする。


「おい、大田少尉の熱を測れ」

 軍医が衛生兵に指示を出した。

「どうも熱っぽい気がする」

 衛生兵が慌てて大田少尉の熱を測ると39℃を超えていた。

「こりゃ、いかん。塹壕熱の可能性がある。大田少尉も入院しろ」


 止めてくれ、原隊に帰らせてくれ、赤痢や腸チフスに野戦病院に罹ってはかなわん、大田少尉は内心で悲鳴を上げたが、軍医には逆らえない。

 大田少尉は緊急入院することになった。

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