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第2章ー25

「市丸が戦死した」

 8月10日、大田実少尉は、その第一報を聞いた時に絶句した。

 戦場に赴く以上、誰かが死ぬのは分かっている。

 だが、こんなにも早く同期を失うとは。


「市丸の戦死の状況を詳しく教えてくれ」

 その知らせをもたらした兵に、大田少尉は問いただした。

 兵は市丸利之助少尉の戦死の状況をぽつりぽつりと話しだした。


 テッケテベ高地を占領した後、ナローズへと海兵隊は進撃した。

 ナローズを抑えることでガリポリ半島の突端部に展開しているトルコ軍8個師団は袋の鼠になる。

 後は、三木城や鳥取城のように飢餓地獄をトルコ軍8個師団に味あわせ、それを救援しようとするトルコ軍を叩くというのが、林元帥の作戦の最終目的だった。


 ケマル将軍はそれを阻止しようと指揮下の部隊を奮闘させ、ガリポリ半島突端部から脱出しようとする将兵の一部も自発的にケマル将軍の指揮下に入って奮闘していた。

 だが、トルコ軍が脱出しようとすれば、ガリポリ半島の突端部にいた英国軍も当然、追撃に掛かってくる。

 ナローズはトルコ軍、英国軍、海兵隊により混戦状態になった。


「市丸少尉は最前線で戦われていて、白人なので英国兵かと疑って射撃をためらったら、その相手が撃ってきました。

 実はトルコ兵だったのです。

 市丸少尉は胸を撃たれ、ほぼ即死でした。

 その後、本当の英国兵がそのトルコ兵を射殺しました」

 兵は語り終えた。


「そうか」

 大田少尉自身も似たような混戦状態を経験したから、状況が目に浮かぶようだった。

 咄嗟に英語で指示を下さなかったら、英国兵から自分も撃たれていたろう。


 相手のヘンリー・モーズリー中尉は、済まなかった、味方を撃つところだったと謝罪してくれた。

 最も、本職は科学者なので多分、自分が撃っても当たらなかったろう、と笑ってはいたが。

 将来は、ノーベル賞を受賞したいと言っていた。

 そんなに優秀な科学者には見えなかったが、本気なのだろうか。


「市丸少尉は大尉に特進されました。

 遺体は荼毘に付し、本国へ遺骨を送るそうです」

 兵は更に語った。

 2階級特進は戦死者に与えられる栄誉である。


「わざわざ知らせてくれたことを感謝する」

 兵は大田少尉が市丸少尉の同期であることを知り、わざわざ知らせに来てくれたのだった。

 大田少尉は慰労して、タバコを兵に渡した。

 兵は謝礼を言って、本来の所属部隊に戻って行った。

 大田少尉は兵を見送った。


「自分達の同期は皆、大尉以上でこの欧州を去ることになるのかな」

 大田少尉は思わず独り言を言った。

 せめて中尉でいる内にこの欧州を去りたいが、どうも無理な気がしてきた。

 

 大勝利を収めたとはいえ、2個師団の海兵隊員の内2割以上が僅か3日間の戦闘で死傷している。

 戦死者は2000人余りに上った。

 戦意の低いトルコ兵を相手取って、これだけの死傷者が出ている。

 だが、これでもトルコの首都へと進撃することは無理なのだ。

 この後、戦争が終わるまでにどれだけの犠牲者が出ることになるのだろう。

 これが戦場と言うものなのか、と大田少尉は思った。


 市丸少尉の遺骨や遺品は結局、日本に帰れなかった。

 ガリポリ半島への補給物資を輸送してきた船に乗せて、日本に送り出したのだが、ドイツ軍の潜水艦の襲撃を受け、その輸送船は撃沈されてしまったのだ。

 今回の作戦で戦死した海兵隊員の遺骨や遺品の半数近くが日本に帰ることなく海に沈んだ。


 そのことを聞いた大田少尉らは落涙し、全員、日本に帰りたかったろうな、せめて遺骨や遺品を送り返したかった、と憂愁に沈んだ。

 そして、そのことは日本の国会でも大問題になり、後の日本艦隊の欧州派遣問題へとつながるのである。

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