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第2章ー14

「それで、林元帥としてはガリポリ半島の現状を打破するために名案があるのでしょうか」

 山下源太郎中将は林忠崇元帥に尋ねた。

「ここから後は、この部屋限りの話としてくれ」

 林元帥は顔色をあらためた。

 その顔を見て、山下中将たちも真剣な顔になった。


「最早、ガリポリ半島を起点としてトルコを崩壊させるというのは無理だ。

 ガリポリ半島の確保は何とかなるかもしれないが、補給の観点から考えると急造の人工港を活用して10個師団以上をコンスタンチノープルへ進撃させるというのは絵空事だ。

 かといって、ガリポリ半島を護りぬくにも10個師団近くはいる。

 どう考えても補給の重荷になるだけで、英仏連合軍にとっていいことはない。

 従って、わたしは別の観点で作戦を考えた。

 英仏日連合軍に名誉ある撤退の花道を与えるのだ」

 林元帥は言った。


 その言葉を聞いたこの部屋の面々は更に顔色を急変させた。

 林元帥はそこまで考えていたのか。


「トルコ軍に大打撃を与え、英仏日連合軍は勝利を収めたが、他の戦線に兵力が必要になったために、ガリポリ半島からは撤退の止む無きに至った。

 このように世界には認識させるのだ。

 そうなれば、英仏日連合軍は名誉ある撤退の花道を作ることが出来る。

 そして、ガリポリ作戦は成功に終わったことになる。

 今となってはそれが英仏日連合軍にとって最高の結果だ。

 それ以上を望んでは、ガリポリ作戦は完全な失敗になる」

 林元帥は言葉を切った。


「しかし、完全勝利を収めるよりもその道は難しい道に思えますが」

 山下中将が異議を唱えた。

「そのために皆には奮闘してもらう」

 林元帥は悪い笑顔を浮かべた。


「山下中将、海軍航空隊は速やかに全力を持ってガリポリ半島に対する航空偵察を行え、

 総司令官のハミルトン将軍からは作戦の意図を秘匿するために航空偵察を控えるように命令が出ているが、元帥海軍大将としてその命令は拒否する。

 敵の状況が分からないと作戦が立てられん。

 敵を知り、己を知れば百戦百勝と言うのに、敵を知ろうとしない馬鹿がいるか」

 林元帥は吐き捨てるように言った。


「いいか、本当は海兵隊の上陸地点はスヴラ湾にされたい旨、ハミルトン将軍からは命令が出ており、自分もそれが最善だと考えている。

 だが、敵情がさっぱり分からない。

 敵情が全く分からないのに上陸作戦を展開できない。

 だからといって、トルコ軍にスブラ湾に海兵隊が上陸するとあからさまに分からせるわけにもいかん。

 だから、ガリポリ半島全域に海軍航空隊は航空偵察を行うのだ。

 そうすれば、トルコ軍は本当の上陸地点がどこか迷うことになる。

 そして、実際に上陸作戦を行うのは8月になってからだ。

 急に航空偵察が活発になれば、敵の指揮官が優秀であればだが、緊急に上陸作戦が行われると判断する。

 だが、実際に上陸作戦を行うのには10日以上の間がある。

 敵を待たせ、更にどこに上陸するのか迷わせることで敵を精神的に疲労させるのだ」


「敵の指揮官が優秀なのを期待する指揮官と言うのは稀な存在ですな」

 黒井悌次郎参謀長が口を挟んだ。

「敵の指揮官が優秀でないと歯ごたえが無く、面白くないからな」

 林元帥は凄味のある笑みを浮かべた後で更に言葉をつないだ。


「海軍航空隊の燃料は心配するな。

 鈴木商店に依頼済みだ。

 高畑誠一ロンドン支店長は、航空燃料の手配を頼まれるのは初めてですが、鈴木商店の実力をお見せしましょう、と快諾した。

 今頃はレムノス島に航空燃料が溢れているだろう。

 諸君の奮闘を期待するぞ。

 航空偵察の結果を待って、上陸作戦の詳細が決まる」

 林元帥は発言を終えた。

 部屋にいた面々は得心した表情を浮かべ、林元帥に敬礼した。

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