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第2章ー11

 1915年7月下旬、日本の海兵隊はガリポリへの上陸準備のためにギリシャ領のレムノス島に移動を完了していた。

 そして、その上陸作戦を支援しようと、日本海軍航空隊30機も駆け付けていた。


「草鹿、お前も来たのか」

 大田実の喜びに満ちた声が挙がった。

 大田の傍には市丸利之助らもいる。


 一方、草鹿龍之介の傍には、松永貞市や青木泰二郎らがいた。

 海軍航空隊には交替で休暇が与えられ、その休暇を利用して、ガリポリ半島への増援作戦を控えた海兵隊に所属している海軍兵学校の同期生を訪ねる者が多数出ていた。

 海兵隊の方も心得たもので、海軍航空隊の所属の者から海兵隊訪問の連絡が来た際には、同期生に連絡を取ってやっていた。

 そうしたことから、有志のみとはいえ、海軍兵学校の同期会が急きょ開かれれることが多発していた。


「急に欧州派遣を命ぜられたので、英語と仏語の習得には、本当に往生した。

 苦労したおかげで、英国に到着した後で、英軍の教官と話すのには支障が無くなったのが救いだがな」

 草鹿は、大田にぼやいた。


 大田も苦笑いしながら答えた。

「航空隊の方がマシかもしれませんよ。

 こちらの装備は仏製が多くて、説明書は仏語ばかり。

 欧州派遣が決まって慌てて仏語を一から勉強する羽目になりましたからね。

 英語は海軍兵学校で学んでいたから、そちらの方が多少は楽だったでしょう」


「程度問題だが、航空関係は専門用語が多くてな。

 日常会話やこれまでの軍事用語では使わない単語が多々あった。

 英語だから楽だったとは言いかねるな」

 草鹿は言った。

 その言葉には松永や青木らがしきりに肯いた。

 大田や市丸らは、そんなものなのか、と言う顔をした。


「ところで、ガリポリ半島への増援作戦はどうなると思う。

 訓練に励んでいたので、航空隊の面々には状況がよく分かっていないのだ」

 草鹿は大田らに尋ねた。

「大船に乗った気でいて下さい。

 林元帥がいるのです。

 素晴らしい作戦で勝ちを収めてくれますよ」

 大田は誇らしげに言った。

 市丸もその横で肯いた。


 その頃、山下源太郎中将も山路一善参謀長と共に海兵隊の司令部を訪ねていた。

 無論、ガリポリ半島への増援作戦についての打ち合わせをするためである。

「よく来てくれた」

 海兵隊の長の林忠崇元帥は山下中将を歓迎した。

「それにしても、急に30機を連れてくることになって大変だったろう」


「はは」

 山下中将は苦笑いをした。

「何しろ12機しか手に入らない予定でしたからね。

 整備兵も12機という前提で日本から連れてきましたから、慌てふためく羽目になりましたよ」

 山下中将の返答を聞いて、林元帥も笑って問い返した。

「まさか、12機を整備する予定の整備員で30機を整備しているのか」


「そんなことはしていません。

 整備員を率いている中島知久平大尉は優秀ですがね。

 さすがに、そんなことをするように言ったら、中島大尉の辞表が翌日には私の机の上にあります。

 英海軍に助けてもらい、30機を整備しています。

 中島大尉は内心不満のようですが、仕方ないと割り切ったようです」


「整備員は日英の混成部隊か。整備員の部隊は英語で日常会話をしているのか」

 山下中将が無言で肯くのを見て、林元帥は呆れ返るような表情を浮かべた。

「泥縄と言うか、凄まじいと言うか」


「それだけ、海軍航空隊の欧州での初陣に無理な力を注いだということです」

 林元帥の言葉に、山下中将は力強く答えた後で尋ねた。

「ガリポリ半島の戦況について教えていただけませんか」

「よかろう。

 ガリポリ作戦発動以来の戦況の推移を説明し、今後の我々の任務について話し合おう」

 林元帥が答えた。

 その答えに周囲の者も肯いた。

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