第2章ー10
早速、日本海軍航空隊の猛訓練が始まった。
操縦訓練生の中尉、少尉の面々は座学は航海中にやったし、夜にもできると英海軍の教官に強硬に主張して、昼間は専ら飛行訓練に費やした。
これには教官がまず音を上げた。
「日本海軍の訓練には休みがありません。
どこでもいいから私を転属させてください。
午後のお茶を楽しむことすら生徒が許してくれないのです」
英海軍省に届いた英海軍の教官からの転属願いの一節である。
午後のお茶は英国人の最大の楽しみの一つである。
しかし、日本海軍の生徒からすれば単なる時間の無駄で、その時間を飛行訓練に使わせろ、というのである。
この件では、司令官の山下源太郎中将自ら仲裁に入る騒動にまで至った。
「諸子、訓練に制限なし、と東郷平八郎元帥は言われた。
訓練に励み、一刻も早く、実戦に参加できるように奮励努力するぞ」
山本五十六大尉自ら先頭に立って、飛行訓練に励んだ。
1人当たり毎月100時間以上の飛行訓練が行われ、6月の終わりには訓練生は、偵察、爆撃、雷撃等までの実戦さながらの訓練を訓練生同士が組んで行えるまでの練度になり、日本海軍航空隊の実戦投入は可能と教官達は、日本海軍の訓練生を評価するに至った。
「よくやってくれた。
早速だが、大作戦に我々は赴くぞ」
7月1日に山下源太郎中将は、訓練生を集めて訓示を行った。
「我々はガリポリ作戦の支援に赴く。
ガリポリ作戦のために日本の海兵師団2個が増援として投入されるので、我々も支援することになった」
山下中将の訓示の内容に、訓練生全員が複雑な表情を浮かべた。
まさかいきなりそんな大作戦に参加する羽目になるとは。
ガリポリ半島では、英仏軍とトルコ軍との間で激戦が交わされており、英仏軍の苦戦が伝えられている。
英海軍の旧式とはいえ戦艦までが、トルコ軍の反撃の前に沈められたという。
そんなところに我々は行くのか、だが、そこには味方の英仏軍のみならず、我が海兵隊も赴くというのだ。
支援しないという選択肢は自分達には無い。
ガリポリで日本海軍航空隊の武名を挙げてみせる。
訓練生の多くがそう考えた。
そして、草鹿少尉は思った。
海兵隊には同期の大田実たちがいる。
「ガリポリ半島に行くのは、我々全員ですか。全員が実戦に参加するのでしょうか」
山本大尉が山下中将に尋ねた。
「もちろん、全員だ。
本当は予備人員を少しは残したい。
しかし、お前たちが承知しないだろう」
山下中将は山本大尉に半分皮肉で返した。
訓練生たちは皆が笑みを浮かべた。
冗談ではない、英国まで赴いて訓練を受けながら、実戦投入を自分だけ見送られたら恥もいいところだ。
「確かに一部を残すと、山下中将に言われたら、全員参加したい旨の血判状を書くつもりでした」
山本大尉も言葉を返した。
他の訓練生もその言葉に肯いた。
「戦友愛に溢れるお前たちが部下で幸せだ」
山下中将は言った後、更に続けた。
「英海軍から借りていた18機は、日本海軍が買い取ることになった。
中古だから格安で売るとのことだ。
お前たちが使い潰したのでな」
英海軍なりのユーモアなのだろうか、草鹿中尉は内心で思った。
確かにボロボロになっている。
一部はエンジンを換装する程に飛ばしまくったのだ。
それにしても、30機全機が無事に訓練を終えることが出来たのは幸運だった。
英海軍の教官で訓練中の損失機0機に賭けた教官はいなかった。
山本大尉はそれを聞いて、訓練生の勝ちだと主張、賭け金全部を教官から巻き上げ、訓練生に配った。
賭けの勝利に訓練生全員が喜んだのを草鹿少尉は思い返した。
「では、明日、我々は30機全機と共にガリポリに赴く」
山下中将は訓示を終えた。
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