幕間ー3
陸軍内の策謀は、陸軍内の統制問題を引き起こします。
長谷川好道参謀総長と岡市之助陸相は、元老でもある山県有朋元帥に小田原の「古稀庵」に呼びつけられていた。
子どものように呼びつけられることに2人共内心では不満が横溢していたが、相手が相手である。
ぐっと我慢して顔に出さないようにするしかなかった。
「斎藤実海相から、参謀本部第2部長の福田雅太郎少将を中心にこの際、満蒙問題を中心に対中関係について一気に解決を図るという策謀が陸軍内部で巡らされているという情報提供があった。2人ともこの情報を把握していたか」
2人が山県元帥の前に出頭してすぐに、山県元帥は怒気を孕んだ声を2人に向けた。
2人は顔を見合わせた。
2人共、そのような動きがあることは察していたが、ここまで山県元帥の怒りを買う事態を引き起こすとは思っていなかった。
2人が気が付くと山県元帥の傍には、現在では軍事参議官を務めているが、かつては陸相として桂太郎内閣を支えた寺内正毅陸軍大将もいる。
寺内大将は、山県元帥の秘蔵っ子として知られ、陸軍内でも次期首相候補として期待の星だった。
長谷川参謀総長が意を決して話すことにした。
「察してはいましたが、詳細は把握していません」
その答えは山県元帥の怒りをさらに高めた。
「この資料に急いで目を通せ」
山県元帥は手元で持っていた紙の束を2人に半分投げつけた。
2人が急いで目を通すと陸軍内部で誰がその策謀についてどのように関与しているのかが詳細に暴露されている。
2人は真っ青になった。
「海軍軍令部第4部が把握した情報の一部です、と断り書きを付けて、斎藤海相からわしに情報提供があった。平沼騏一郎検事総長に裏取りをさせたが、今のところ全て事実です、と回答があった。お前たちはどう責任を取るつもりだ」
山県元帥は2人を怒鳴り上げた。
山県元帥は、斎藤海相の副官の山本五十六大尉がこの資料を持参し、山本権兵衛首相と斎藤海相のそれぞれの親書を受け取った上で、内容に目を通した直後の驚愕を改めて思い出した。
山本首相は親書の中で、後は陸軍内の処分にお任せしますとご丁寧に断り書きを付けていた。
山県元帥にしてみれば、敵に情けを掛けられたようなもので二重に屈辱的だった。
ちなみに策謀参加者の中には、山県元帥が長州閥の後継者の一員とみなして期待していた田中義一少将までいる。
身内に手をかまれたことも山県元帥の怒りを増幅させていた。
山県元帥の激怒を見た2人は即座に内心で現在の職務についての辞表を認め、退役願まで書きあげた。
口に出すのも気が重いが、口に出すしかない。
岡陸相が発言した。
「陸軍省内の統制を取れなかった責任を痛感し、陸相を辞任し、退役いたします」
長谷川参謀総長も続けて発言した。
「私も同様に参謀総長を辞任し、退役いたします」
2人共肩を落とし、100歳近い老人に見えるほど意気消沈しきった。
山県元帥は多少、機嫌を直した上で、寺内大将に対して言った。
「後任の陸相を引き受けてくれないか。参謀総長は上原勇作にさせる。2人で陸軍内の統制を図り、陸軍内部を引き締めてくれ。なお、山本首相は君を副総理にも任命するつもりだ」
「謹んでお受けします」
寺内大将は答えた。
寺内大将は内心で思った。
山県元帥が激怒するのも最もだ。
陸軍内の統制がここまで緩んでいるとは思わなかった。
かといって、外聞があるので余り大事にもできない。
福田少将らは外地へ飛ばしてしまおう。
田中少将はしばらくどこかの旅団長として謹慎させよう。
そのあたりが妥当な線だろう。
寺内大将は内心で素早く計算した。
山県元帥がそれで納得してくれればいいが。
寺内大将は表情に出さずに思案した。
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