第4章ー13
11月5日、林忠崇元帥は逆襲に転ずる時が来たと判断した。独墺軍はイストリア方面では大攻勢に成功し、ピアヴェ河へ迫ろうとしている。普通に考えれば、ヴェネチアに置かれた日本欧州派遣軍総司令部にも危機が迫っている。だが、林元帥にしてみれば今こそ逆襲に転ずる好機だった。
「おい、山下、福田両中将に総力を挙げた地上攻撃を行うように伝えろ。今なら、チロル方面の独墺軍は油断しているはずだ」林元帥は呼号した。
「まさか、総司令部が囮とは思わんですからな。逆襲に転ずるなど思いもよらんでしょう」秋山好古大将も林元帥に同意する。
「ではやるか」
「大いにやりましょう」
海軍航空隊総司令官の山下源太郎中将は、林元帥の命令書に目を通すと肯いて隷下にある海軍航空隊に総力を挙げた地上攻撃を下令した。陸軍航空隊総司令官の福田雅太郎中将も同様の命令を下した。総数200機以上に上る陸海軍航空隊の総攻撃が始まった。
「畜生。どうにもならん。撤退だ」ロンメル中尉は呻き声をあげて、部下に撤退を命じた。ここ3日間、補給は途絶え、自分も含めて中隊全員が空腹にあえぎ、士気も低下している。辛うじてつながっている上級司令部からの連絡は、イストリア方面からの救援が間もなく来るのでそれまで耐えるように、日本軍も部隊の多くが包囲され、補給が途絶して困窮しているはずということだったが、自分の目の前にいる日本軍の士気は高く、包囲下にある部隊とは思えない行動をしてくる。そして、空からは。
「夜間移動に徹するぞ。昼間に移動したら、日本軍航空隊の射的の的だ」日本軍航空隊が鵜の目、鷹の目で移動しているモノを攻撃してくる。怒って、こちらも小銃等で反撃するが、どう見ても10倍、いや20倍以上の損害をこちらに与えている。アルプスの麓で攻撃に出ること自体が無謀だった。ロンメル中尉は悔恨の想いに悔やみながら、部下とともに撤退を開始した。
「お待たせしました」牟田口廉也中尉は、山下奉文大尉に敬礼した。
「おう、待ちかねておった」山下大尉は鷹揚に答えた。包囲していた独軍は撤退を開始し、自分達を救援しようと駆け付けてきた第4海兵師団の部隊と自分達は邂逅することに成功したのだ。ここアルプスの麓で陸軍から出向してきた士官同士が海兵隊の一員として敬礼を交わすとは。それを横で見た大田実中尉は何とも言えない感慨に思わずふけった。
「食糧等を持参しております。どうかゆっくりと」
「できるか。お前らに手柄を分け与えるつもりはない」
「では独墺軍を攻撃しますか」
「決まっておる。ここはサムライの練兵場だ」山下大尉と牟田口中尉は軽口を叩き合った。
「伊陸軍総司令部は怒っているでしょうな。救援要請を無視されて」
「独墺軍の補給体制からすればピアヴェ河を本気で渡ったら独墺軍は補給困難で自壊する。むしろ独墺軍を渡河させてやった方が我々が勝てるのだがな」
「放胆極まりないことを」
「そのために我々は餌としてヴェネチアに居座ったままなのだが、独墺軍はさすがに掛かってくれんな」林元帥と秋山大将は会話した。実際、補給問題からピアヴェ河前面でイストリア方面の独墺軍は停止してしまった。一方のチロル方面では。
「補給途絶や航空支援の有無から撤退を独墺軍は開始しました。我が海兵隊は総力を挙げて追撃を開始しています。前線では独墺軍を叩きのめしています」
「伊軍も餌に使って悪いことをしたかな」
「心にもないことを。馬鹿にされた意趣返しもあるでしょうに」
「ばれていたか」林元帥と秋山大将は笑いあった。
ご意見、ご感想をお待ちしています。




