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第4章ー11

 チロル方面の独墺軍の先鋒は独アルプス軍団と独第12猟兵師団が務めていた。お互いに自他ともに認める山岳戦の精鋭である。独墺軍にしてみれば黄色い猿のしかも海兵隊に後れを取るなどある筈が無かった。

「どういうこっちゃ」ロンメルという名の中尉が思わず罵声を挙げた。海兵隊は秩序だった後退をしており、全く混乱していない。下手に攻撃を仕掛けると巧みに逆襲を受けて、こちらの損害が増えている。

「ここはアルプスの麓や。俺たちの庭なんや。何でこうなるんや」ロンメル中尉の罵声は空に響いた。


「馬鹿か。予め警戒されていた攻撃を受けて混乱すると思っていたのか。サムライを舐めるな」山下奉文大尉は独墺軍の攻撃に対する逆撃を成功させた後に独り言を言った。大田実中尉はそれを横で聞きながら思った。確かにそうだ、奇襲は不意打ちでこそ成功するものだ、不意打ちに失敗しては逆撃により大損害を被ってしまう。海兵隊は後退しているとはいえ、厳重に警戒しながら、秩序だった行動をしているのだ。攻撃を下手に仕掛ける方が間違いだ。しかし、サムライは海兵隊の異名の筈で陸軍出身の山下大尉が言うのはおかしいのでは、と自分としては突っ込みたいが我慢する。山下大尉も今は海兵隊所属なのだから。

「少しずつ下がるぞ。天候が回復するまでは後退あるのみだ。天候が回復すれば、袋叩きにしてくれる」山下大尉は凄絶な笑みを浮かべた。


 攻撃開始から3日後の10月27日、独陸軍参謀本部は伊戦線からの最新の情報が届くたびに憂色を深めていた。

「日本海兵隊は秩序だった後退をしており、戦線崩壊の気配がない」

「天候が回復したら、日本陸海軍航空隊が総力を挙げて駆け付けてくる見込みか」

「その場合、独墺軍の航空隊は制空権を確保できるのか」

「無理だ。悪天候が続くことが攻撃成功の大前提とされている。天候が回復して、日本陸海軍航空隊が駆け付けた場合には、独墺軍の航空隊は防空に徹するのが精一杯だ」

 そもそも独墺軍の航空隊は少数だ。西部戦線で予定されている1918年春の大攻勢のために兵力温存に徹することになっている。本来は支戦線である伊戦線で航空隊を消耗するわけには行かない。悪天候がこの攻勢の大前提で、好天になったら航空隊は防空に徹し、地上部隊支援は行わないことになっている。そうなった場合、攻撃を行っている独墺軍の地上部隊は日本陸海軍航空隊の猛攻撃に晒される。

「主攻と助攻を入れ替えよう。イストリア方面に物資等は送れ。イストリア方面を急進させて、チロル方面の海兵隊の後方を脅かし、包囲殲滅に持ち込もう」

「無理をいうな。チロル方面を崩壊させるのが大前提でこの大攻勢は立案された。イストリア方面を主攻にした場合、タグリアメント河を渡るのが精一杯だ」

「だが、伊軍の崩壊が早い。ピアヴェ河までへの急進に成功する可能性が高い。そうなったら、海兵隊も側面、後面を気にせざるを得なくなり、崩壊してくれるのでは」

 伊軍に航空隊がいないわけではない。だが、伊軍の戦線崩壊が急なために、前線の航空隊が悪天候下で無理に出撃した場合、帰還前に出撃した基地が占領される例まで発生していた。こうなっては航空隊も安心して出撃できない。せめて、航空隊の隊員だけでも生き延びさせねば、と基地を捨てて伊軍の航空隊が早期退却を図る例が多発している。こうなっては、伊軍の航空隊は有って無きがごとき代物だ。一方の日本軍の陸海軍航空隊の基地に独墺軍は一指も触れられていない。

「攻撃成功のためには止むを得ん。主攻と助攻を入れ替え、イストリア方面を主攻撃とする」独陸軍参謀本部は決断した。

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