第4章ー8
同じ頃、独陸軍参謀本部は、伊戦線の動向に注目していた。
一方の主役の墺は開戦以来の軍の消耗が酷く、総人口5000万人余りの内150万人が戦死傷捕虜になっていた。動員兵力も全部で780万人に達している。これ以上の損害を墺が被れば、最早、国家としての破断界に達してしまい、露同様の革命、又は民族宗教対立による国家分裂の危険が本格的に生じると独陸軍参謀本部は分析していた。
では、それに対する伊の状況はどうか。伊政府はいわゆる「未回収のイタリア」の回復を呼号していたが、これは国民の間にそう人気がある政策とは言えなかった。教皇庁と無神論の左翼主義者は、反戦平和のための一点共闘運動を提議して協調し、それに呼応して平和を求める大規模なストライキ活動等が起こるようになっていた。更に悪いことがあった。伊の産業規模は総力戦に全く向いていない状態だった。そのために、第一次世界大戦が本格化して総力戦が始まると、戦争規模が拡大する、兵器や物資が不足するが国内の戦意高揚のために攻勢を行わざるを得ない、物資不足等で攻勢が行き詰り失敗する、その失敗を補うためにますます兵器や物資が必要になるという悪循環が発生してしまい、そのためにますます伊国内の反戦平和運動が激しくなるという状況が発生していたのである。
これは好機ではないか、伊戦線で大攻勢を行い、伊に和平を乞わせる状況になれば、墺は持ち直し、しばらく抗戦できるだろう。そうすれば、独墺土ブルガリアの勝利があるのではないか、そういった状況分析から独陸軍参謀本部は伊戦線に注目を払うようになっていたのである。
独陸軍参謀本部の一室にて
「これが最新の伊戦線の分析です」参謀本部勤務の大尉が持ち込んだ情報資料をそこに集まった他の士官たちが分析していた。
「ほう、チロル方面を日本海兵隊に任せ、伊陸軍は集められる限りの兵力をイストリア方面に向けたか」
「日本海兵隊には、ガリポリでヴェルダンで痛い目に遭わされた。(独)皇太子殿下からは、我が陸軍近衛師団より日本海兵師団が欲しい、とまで言われてしまった。我が陸軍の面子を日本海兵隊は潰してくれた」
「この際、チロルとイストリア両面から大反攻を行い、伊陸軍主力と日本海兵隊を包囲殲滅するというのはどうだろうか」
「確かに地形も向いているな。まさか、海兵隊が山岳戦を得意とするわけがない。アルプスは我ら独墺の山岳部隊が優勢に戦える地形だ」
「どれくらいの兵力が新たに伊戦線に向けられる」そこに集まっていた士官の1人が他の士官に質問した。
「6個師団を伊戦線に向けるつもりでしたが、各方面から引き抜けるだけ引き抜けば11個師団までなら何とか可能かと」別の士官が答えた。
「5個師団をチロル方面に回して海兵隊にぶつけよう。一応、海兵隊に敬意を表して、優勢な兵力で充分なおもてなしをしようではないか。残りの6個師団はイストリア方面に向けよう」
「うむ、それによって海兵隊を崩壊させて、チロル方面からピアヴェ河の右岸を制圧、前面と後面から攻撃を加えることで伊陸軍主力を一挙に崩壊させて、伊に和を乞わせよう」
独陸軍参謀本部はこの一室で行われた伊戦線での大反攻案を基本的に採用することにした。
林忠崇元帥の危惧は当たっていた。独軍は伊戦線での反攻を決断したのだ。それも林元帥の予測以上の規模であった。林元帥はイストリア方面のみからの独墺軍の反攻を想定していたが、チロル、イストリア両方面からの独墺軍の同時反攻はそれを上回る規模になっていた。
このために独墺軍の反攻開始の準備を見て、海兵隊は慌てふためくことになる。
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