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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
最終部「暁天編」
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第九十二話 リリスの過去 ~賜った祝福~

 元々幻だった愛を信じ続け、そして真実に気づき拠り所を失った私はずっと歩き続けた。

 灼熱の太陽が照る砂漠を越え、じめじめとした密林を抜け、足場が不安定な山を上り、肉食の獣が出る道を通り、そして辿り着いた場所は澄んだ湖面が広がり、木漏れ日が優しく差し込む湖畔だった。


 ここなら、もう彼とも会う事はないだろう。私は一人になったのだ。

 もう彼の為の食事の用意も、彼の夜の相手もする必要は無い。

 私だけで木の実や三菜を食べて、鳥と一緒に歌い、水を飲みに来る獣と戯れる。

 これでいいんだよね。きっとこれで……。

 そう思いながら、適当な横穴を見つけると草を敷きつめ、体を横にして眠りについた。


 それから数日後。

 全ての時間が自分の物となり、私の穏やかなで変わりない一日が始まろうとした時だった。


「ここに居たのですか。リリス」

 私の目の前に、天使が現れたのである。

 今更何の用事があってここへ来たのだろうかと内心疑問に思っていた私だったが、天使はそんな私を無視し、一方的に用件を話し始める。


「今すぐに、アダムの下へ戻りなさい」

「いいえ、私はもう彼のところへは帰りません」

 もう私は戻らない。たとえ天使様であっても考えを変えるつもりは無い。

 どうして好きでもない人と側にいなければならないの?

 この時のリリスの考えは、限りなくエミリアである私に近いものになっていたという事に改めて気づく。


「あなたはアダムを愛し、アダムの側にいる為に創られた存在。自身の使命を忘れたのですか? さあ、帰りましょう」

「嫌です。私はもう彼を愛しておりませんし、愛する事は出来ません」

 彼は私を愛していなかった。

 どうしてそんな相手を、無条件に愛さなければいけないのだろうか。

 理解出来ない、したいとも思わない。


「愛は他者に強制されるものなのですか? 私はそうではないと思い、彼から離れました」

「下賎なる者め、こちらが下手に出ていれば調子づきおって。よかろう。お前のその返答、一字一句主へとそのまま伝えよう。覚悟するのだな」

 天使のそんな暴言を聞き、胸の中はひどく陰ってしまう。

 予め解っていたはずだったが、改めて私には味方は居ない事を思い知らされた。


 それからは毎日、夜が明ける時に天使が湖畔に来て、アダムの所へ帰るよう説得してくる。

 時には口調の強い天使であったり、おっとりとした天使が来たり、相手も私の考えを何とか変えようと努力していたんだと思う。

 でも私はアダムのところへ戻るという選択肢は無かった。

 どうせ戻っても酷い仕打ちが待っているだけ、当然の考えだと思っている。

 私は何も間違っていない。この気持ちを解って貰おうなんて思わない。


 そう心の中で頑なに決めた時、景色は再び静止し、目の前にリリスが再び現れる。

「苦しむ準備は出来たかしら? エミリア……、いいえ”もう一人の私”」

「どういう事なの?」

「これから地獄が始まる……」

 彼女は意味深な言葉を残し、再びその場から影も形も無くなってしまう。

 それと同時に止まっていた風景が再び何事もなかったかのように動き出す。


 リリスの言っていた事はどういう意味があるのか?

 地獄が始まるという事は、何か大きな転機が訪れるの?


 私はこれからおこる出来事を考えながら、寂しい虫の音と共に眠りについた。



 そして運命の日。


「うぐっ……、ああっ」

 な、なんなのいったい……。ううっ。

 お、お腹が痛いいいぃぃ。ぐううう……。

 急に全身の不快感で目が覚めると、間も無く私の体は燃えるように熱く火照り、強烈な腹痛と吐き気に襲われる。


「き、気持ち悪い。このままじゃ……!」

 私は急いで立ち上がり湖へと向かい、到着すると同時にすぐさま胸の中からこみ上げてくるモノを吐き出す。


「げほっ、げほっ……、なんで、どうして?」

 全身の酷い気だるさで完全に立ち上がる事が出来ず、寝床には戻れないまま湖の側で横になるのが精一杯だった。

 この尋常じゃない苦痛は……。

 勿論、私は体験した事が無かった。

 だが解る。この感覚、この状態はまさか……。


「ううう……。くぅぅぅ……」

 私は下腹部に力を入れると、今まで鈍く痛んでいた所の違和感がさらに強くなったような気がする。

 やはりそうだ、私は妊娠している。

 しかもどういう事なのか今まさに子供が生まれようとしているのだ。


「ううっ、んあああああ!」

 何とか我慢しようとも思ったがそんな浅はかな考えが通じるわけも無く次の瞬間、再び力むと強烈な激痛と共に、体内から外へと自身の子が流れ出てしまう。


「はぁはぁ……、これは、どうして……?」

 しかし苦労して産み落とした私の分身は、全く息をしておらず、恐る恐る触ってみたがその体は血が通っていないのかと思わせるほどに冷たい。


 私は困惑し苦しんでいた時、空から一筋の光が湖面に差すと、一体の天使が舞い降り笑顔で私へと話しかけてくる。

「あなたは自身の責務を果たさなかった。主はあなたのその汚れてしまった心と体を清める為、祝福を与えたのです」

「しゅく……ふく?」

「そう、毎日百人の子供を産み、その全てが死んでいく祝福……」

 そ、そんな!

 こんな酷い事をするなんて!

 祝福?

 どうみても呪いじゃない……。


「あなたから産まれる者は罪の証であり、汚らわしき存在の象徴。あなたの命が尽きるまでその罪を体外から出し続ける事により、あなたは浄化されるのです」

 まるで天使は私を救うかのように誇らしげと私へと言い放った後、甘い香りを残して飛び去ってしまった。


「う、うわあああああああ!」

 これがアダムから離れた私への罰……。

 何故、私は罰を受けなければいけないのか?

 どうして、私はこんなに苦しい思いをしなければいけないのか?

 強制される愛を受け入れなかった結果が、こんな結末だなんて!


 私は絶え間無く襲い掛かる苦痛と、余りにも理不尽な呪いで気が狂いそうになり、喉が潰れるほど大きく叫び声をあげて泣き続けたが、生まれてくる子供が一部の例外も無く泣き声を上げる事は無かった。



 それから長い年月が経ち……。


「も、もう……、うわああああ!」

 私はアダムが命果てるまで側にいる為に創られた存在だった。

 故にその生命力は並みの人間の比ではない。

 多少の怪我や病気ならば瞬時に回復する事が出来、尋常でない程の出産を体験してもその命が潰える事は無い。

 誰からも説明をされる事は無かったけれど、リリスの過去を体感し見ていく最中で、その事に気づいていた。

 しかし、私が産んだ子供の数を数えられなくなり、美しかった湖畔や周囲の森が彼女により劇的に変わり果ててしまった時、私はその無尽蔵にあるはずの命が尽き果てようとしている事を実感していた。


「はぁ……、はぁ……」

 周りがぼんやりとしか見えない程視界が霞んでいる。

 恐らく、私自身の姿はアダムと決別した時とは想像もつかないほどに、醜く変わっているのだろう。

 もはや立つことすら出来ない。


 私はこの時悟った。


 希望を捨て、絶望し、生きる事を捨ててただ苦痛に身をまかせ続けなければいけない事に。


「どう? これで気が変わったでしょう?」

「ううっ……、こんなのって……」

 再び景色が静止すると、私の姿は元の人間であったエミリアに戻り、目の前にリリスがふっと現れ、優しい声で話しかける。


「アダムは私が去った後、新たなパートナーを見つけ沢山の子宝に恵まれた。でも私は目の前で自分の分身が死に行く様を、私自身の苦痛と共に見続けた」

 今までの自分がどんなに甘くて浅はかだったかようやく思い知った。


「私は怨み、憎み、こんな状況へと追いやったアダムとその子ら、そして天使達に同じ報いを受けさせてやると誓ったの」

 その言葉や考え、私も認めて賛同するしかない。

 こんな酷い事を散々し続けてきて、のうのうと暮らしている人間達を放っておけない。

 許せない。

 人間が憎い、天使が恨めしい。

 奴らにも同じ報いを受けさせてやる!


「もう解ったでしょう? エミリア……」

 私がそう決意した瞬間、リリスは精神的にぼろぼろになった私へと優しく口づけをしてきた。

 すると今まで感じていた苦痛がまるで虚構だったと思わせる程の甘い快楽に心も体も支配されていく。

 ああ、なんて心地よいのだろう。

 ずっと苦しい思いばかりしてきたから、何だか余計に感じちゃって。

 とっても気持ちいい。凄く気持ちいい。

 こんなの我慢なんて出来ない……。


 そんな私の気持ちを察したのか、リリスの行為はエスカレートしていき、今までシュウとしかした事の無い事を私とし始めていく。

 それは本当は許されなくて、どうしようもなく最低な事だと頭では解っていたけれども。


「さあ、私と一つになりなさい。そして無念を晴らす為、共にこの世界を壊しましょう」

「はい……。私、リリスになります……」

 私はリリスに同調し、全てを委ね彼女を欲し続けた。

 リリスはまるで私と一つになるかのように、私の何もかもを絡め取っていく。

 それは言葉で現せないほど気持ちよくて、理性は蕩けて、もう最高で。

 ずっと、このままでいいや。

 もう何にもいらない。私はなんにも……。

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