29. 魔王様、出産です
「ようやくか」
「ええ、本当に」
お馴染みの会議室に映し出された映像を前にヴィクトルは感慨深く頷いた。その隣ではゼティリアが相槌を打っている。
「えーと、魔王さん達の星≪フェル・キーガ≫がここで、我々が今いるのがここ。そして目的地であるアズガード帝国のゲート、通称≪キャステルム127≫があるのがここです。こうして見ると分かりやすいですが、予定の8割は完了した事になります」
彼らの前で説明するのはリールだ。彼女は機械文明にまだ不慣れな魔族達の為に、本来はもっと複雑に情報が乗せられた航路図を出来る限り簡素化し、魔族達にも分かりやすいように説明している。とはいってもそれでも全ての魔族がちゃんと理解している訳でも無く、
「これってどのくらいの距離なんだろね?」
「そうだな。君の体長の1000倍くらいじゃないカァ?」
「成程、それは凄いね」
サンドワームと三目烏がそんな会話をしているのを聞いてリールは顔を引き攣らせていた。
「と、とりあえずです。大分目的地には近づいているのは確かですね。本来のこの艦の性能ならもっと早かったのかもしれませんが、万全でないために時間がかかった感じです」
「加えて、先日までの帝国の散発的な攻撃も原因だな」
「ですがその攻撃も最近はありません。あの攻撃が時間稼ぎの為だったとすれば、この先を進めば待ち構えた敵の主力とのぶつかり合いとなりますね」
リールの言葉にセラとゼティリアが続く。ヴィクトルも同感だと頷きつつ、ゼクトに目配せする。
「ゼクト爺、アンタはどう思う?」
「ふむ、基本的には同意見じゃ。問題は、これまで徹底的に潰されてきたアズガードの連中が次はどんな手で来るか。そして勇者共がどう動くかじゃな」
ゼクトの懸念は尤もだ。彼らの行動次第でこちらの動きも変わる。
「連中の目的は俺だ。勇者が出てきたら俺が相手をする。他の連中は臨機応変に対応しろ。気を付けろよ、勇者本人じゃなくても聖剣から力を得ている連中だ。油断すると死ぬぞ」
「大丈夫です! そもそも私らじゃ相手にならないんで奴らが来たら魔王様達に丸投げします!」
「魔王様、私達の投げっぷり、しかと見ていて下さい!」
「お前らな……」
上半身が女性、下半身が蜘蛛の魔族であるアラクネが胸を張り、その隣にいるハーピィが腕の代わり生えている羽を器用に曲げてサムズアップ。その光景にヴィクトルは肩を落とした。いやまあコイツラじゃ確かにまともにぶつかったらやられるし仕方ないかぁ、けどじゃあコイツラいつ戦うんだろうなぁ、と若干の空しさを感じる。
「えーと、まあとにかく決戦は近いという事ですね。私も艦のシステムや姉さんの使うヴェルリオの整備をみっちりやるので皆さんも準備を進めた方が良いと思います……よ?」
リールが若干ヴィクトルを気遣いつつも上げた提案に全員が頷く。と、そこで手が上がった。
「ねえねえ、ヴィっ君。真面目な話してるとこ悪いんだけどね」
「……サキュラか。どうした?」
手を上げたのはサキュラだ。彼女は『うーん?』と少し悩んだ素振りを見せた後、朗らかにこう告げた。
「あのね、生まれそう」
「…………は?」
全員の視線がサキュラに集まる。やけに静かになった会議室の一角で、サキュラはえへへ、と笑いながらもう一度。
「お腹の子がね、生まれそうなんだぁ」
「……生まれる?」
「うん」
「今すぐ?」
「だねえ」
「マジで?」
「ばっちり」
『えええええええええええええええええ!?』
一瞬の静寂。そして一斉に全員が叫びを上げた。
「ちょっと待てサキュラ!? いくらなんでもいきなりすぎだ!?」
「ごめんねえヴィっ君」
「なんでそんなに冷静なのかね!? 私は人を驚かすのも驚くのも好きだが流石にこれは……!? というか私はどうすれば良い!? とりあえずまず生まれやすいように服を溶かすかね!?」
「落ち着いて下さい魔王様、ネルソン様。とりあえずここは落ち着いて歌を歌いましょう。歌は人を落ち着かせます。丁度歌声に定評のあるハーピィも居る事ですし、ここは進軍歌を歌い気合をいれましょう」
「お前も落ち着けゼティリア! 動じて無いようで案外お前も焦ってるだろう!? と、とりあえずお湯だ! 後は綺麗なタオルとか色々と! そこのリザードマン、火だ! 火を噴いてこのコップの水を暖めろぉぉ!」
「おおおおお落ち着いてください姉さん! 必要な物は間違ってないかもしれませんが、用意の仕方がワイルド過ぎな上にいくらなんでもコップの水じゃ足りませんよ!? ぜ、ゼクトさん! 長年の経験からくる知見溢れた重みのある言葉で皆さんを落ち着かせて下さい!」
「女体は神秘じゃのお……」
「うわ駄目だこの人も現実逃避してる上になんか微妙にセクハラチックで嫌な感じ!? っていうかどうするんですかこの状況ぉぉぉ!?」
慌てたヴィクトル達が混乱する中、同じ女性型であるアラクネとハーピィが冷静にサキュラを医務室に連れて行きつつ、お産の準備を整えるのであった。
結論から言うと、サキュラのお産は無事に終わった。それもこれもアラクネにハーピィ。ラミアにスキュラにアルラウネといった女性型魔族達と、元アズガード帝国兵の医務官達の賜物である。尤も、その医務官達は人外魔境な出産風景に顔を引き攣らせてはいたが。
因みにリールやヴィクトル達は何をすればいいのか分からず、待っていただけであった。
「なんだか非常に疲れた……」
「同感です」
「私もだ」
ヴィクトル、ゼティリア、セラの順にため息を付く。特にゼティリアとセラはなんだか複雑そうな顔だ。
「これが経験の差という物でしょうか……。私は何もできませんでした」
「同じく……。我ながら情けない」
ずーん、と落ち込む二人に思わずヴィクトルが呆れる。
「何凹んでんだお前らは」
「何故と、言われますと……」
「同じ女性として、な……」
どうやら彼女達は彼女達なりに色々と考える事があるらしい。これ以上その話題には触れるのはやめておくことにして話を少し変える。
「ま、無事に終わったならいいじゃねえか。サキュラも喜んでたしな」
「それはそうだが……。というか先ほど見に行った時子供の姿は見えなかったがサキュラ本人はケロリとしていたな。やはりその辺は魔族の特徴なのか?」
「どうでしょうか? どちらかと言うとサキュラ様の種族的特徴な気もしますが。ところで魔王様、ずっと聞きそびれていたのですが、結局サキュラ様のお相手はどなたなのでしょうか?」
そういえば、といった様子でゼティリアが口にした問いに、
「ん? そういえばまだ言ってなかったか。ガルバザルだぞ」
とんでもない爆弾をヴィクトルが放り込んだ。
『は?』
ゼティリアとセラ。異口同音にぽかん、とした声が漏れる。
「俺も知ったのは最近だったがな。さっきサキュラの所に子供が居ないって言ってただろ? 今頃ガルバザルが上機嫌で尻尾を振りながら咥えているぞ」
「いいのかそれは!? ってそれも気になるがちょっとまてヴィクトル! ガルバザル!? あのガルバザルが相手ってどういう事だ!?」
「何を慌ててんだセラ。何か問題があるのか?」
「問題というかサキュラ様とガルバザル様の間には高すぎる障害があると思うのですが。こう、物理的にっ」
二人が納得いかない様子で迫ってくるが、ヴィクトルとしては『さあ? 愛の力だろ』としか言いようが無い。だって事実だし。
「愛……愛の力って……。それさえあればアレのサイズの問題も……? いやだけどどう考えたって」
「いえ待ってください。逆にガルバザル様のアッチの方がゴブリン級という可能性も」
「そ、そうか! ……というかアイツにそもそもそう言う器官あるのか? 良く考えたら何も着ていないがそういう物を見た事も無い」
「まあ一部の魔族は基本的にマッ裸でヒャーハーがデフォルトなので。そういう意味ではネルソン様もマッ裸な上に謎の液体の中に相手を取り込むという超上級者仕様です」
「成程……。しかしサキュラとガルバザル。二人の子供って一体何になるんだ? 色情狂の邪竜なんて生まれた日には中々世界が混乱しそうだぞ」
「口から火を噴く鱗肌のサキュバスと言うのもニッチな層には受けそうですが。その辺りはどちらの遺伝子が濃いがによって決まるのでしょうが……」
「おいお前ら。混乱してるのは分かるが結構トンデもない会話してる自覚あるのか?」
『はっ!?』と慌てて二人が振り返ると、呆れた顔でヴィクトルが半眼で見つめており、二人は慌てて口を噤むのだった。
『目標を確認。≪ブラキオン≫は予測通りの進路を侵攻中』
ヴィクトル達の乗る戦艦新生魔王城。三つ又の槍の様な形状をした巨大な戦艦が宇宙を進む。その付近にあるデブリに張り付いていたヴェルリオの搭乗者は静かに交信を続ける。
『まだ気づかれてはいない。ステルスシステムは正常』
『了解。DATE出力に注意しろ。上げ過ぎると気づかれる』
『あの原始的な連中がそれほどまであの艦を使いこなせているとは思えんがね』
『かもな。だが用心はしろ。その原始人共に我らはやられているのだ』
『わかっている。……それで、荷物の方は?』
『ちょっと待て………………ちっ、やはりか』
『なんだ?』
『荷物からの忠告だ。やはり今のあの艦には通常のシールドに加えて、魔術とか言う力でのバリアが張られているんだと。以前の狙撃以降、奴らも警戒しているって事だ』
『ふうん、けどだからこその荷物だろ?』
『まあな…………時間だ』
デブリに隠れていたヴェルリオの一機がその背中に背負っていたバックパックを切り離す。切り離されたそれを掴みあげるとまるで天に捧げるかの様に新生魔王城へ向ける。するとそのバックパックの側面が静かに開き始めた。そしてそこから数人の人影が現れた。
『この宇宙ってのは妙な感覚だな。体がフワフワしてやりずれえ』
そう言いながら現れたのは巨大な斧を肩に担いだ髭面の大男だ。
『そうですねー。しかし水中専用の術が応用が利いて良かったですよ。それが無ければどう戦えば良かったか』
気楽そうにぼやきながら現れたのは緑色の髪の少女。その手には弓を手にしている。
『私も苦手……。けどあの光ってる奴は綺麗だと思うな。ね、ジュイルはどう思う?』
次に現れたのは杖を持った金髪の少女。彼女は背後を振り返り、手を伸ばす。そしてその手を取って最後の一人が現れた。
『そうだね。僕も綺麗だと思うな』
その手に白く輝く聖剣を持った少年。ジュイルが微笑みながら現れた。
4人は宇宙服も何も着ていない。だが平然と宇宙空間で動き、会話をしている。少し変わっているのは、その体の周囲に光りを纏っているという事だ。
『さて、本当はもっと星を眺めていたいけど今はやるべきことをやろうか』
不敵に笑うとジュイルは前方、新生魔王城へと目を向ける。他の3人も表情を引き締めると頷く。
『さあ、リベンジマッチだ。今度こそ殺してやるよ――化け物共』
ジュイルが剣を抜いたのを合図に他の3人も武器を構えた。だがそれに慌てたのは彼らを運んできたヴェルリオのパイロット達だ。
『おい何やってる! 攻撃するのはもっと近づいてからだぞ! 出ないと気付かれてしまう!』
『知ってるよ。だけどさ、やっぱりこそこそ行くのは勇者らしくないと思うんだ』
『は……!? 何を言っている!? 前回の奇襲の時は賛成していただろう!?』
『うん。あの時は君たちのカガクリョクっていうのにも興味があったから。だけどさ、実際やってみてやっぱり何か違うかなと思ったんだ。やっぱり勇者と魔王の戦いは正面からいかないと』
『ふ……ふざけるな! 何の為にここまで姿を隠していたと思っている!これでは作戦が――』
『安心しなよ。僕たちが魔王を倒す。これで作戦終了だよ。じゃあね』
パイロットの言葉には耳を貸さず、言い放つとジュイルは仲間と共に魔王城に向け跳んでいった。
『…………くそっ! 何が勇者だクソガキがっ! 調子に乗った新兵と同じじゃないか!』
今回の彼らの本当の作戦は、敵の探知から逃れつつ秘密裏に敵艦に取り付き、内部へ侵攻。勇者たちが魔王とその四天王を相手にしている間に、帝国兵達は敵艦の主要区間を一気に破壊し航行不能にさせる事だった。
いかに強大な力を持つ魔王といえど、この広い宇宙で移動するための足である戦艦を失えばこれ以上は侵攻はできない。あとは長い時間をかけて対策を練りつつ少しずつ消耗させる。勇者たちの役割は魔王達の陽動。そしてもう一つが敵の感知から逃れる為に結界を張ることだった。ヴェルリオのステルスシステムと勇者たちの結界。その二つを組み合わせる事で機械的にも魔力的にも完全に姿を隠すのが目的だった。
だがその作戦の要であった結界は勇者達が離れたことで失われた。ヴェルリオのステルスシステムのみでは、これ以上近づいたら敵に感知されてしまうだろう。いや、もしかしたら既に気付かれていてもおかしくない。
『おいどうする!? 奴ら行っちまったぞ! これじゃあの結界とかいうのもなくなるんじゃねえのか!?』
『わかっている! だがここで俺たちが動いても奴らを止められない! 各機、そのまま待機! それと本隊に連絡を入れろ!」
『待機って……このままじゃ見つかるんじゃないのか!?』
『わかっていると言った! だが下手に動いて標的にされるのもごめんだ! こうなった以上、敵艦に取り付くのは諦める。奴らが戦闘を開始すると同時に全速力で離脱する!」
部下に命令を下したパイロットは、魔王城へ近づくジュイル達の背中を忌わしげに睨みつけた。
『クソガキめ……っ』
タイトルだけ見るとまるで魔王様が出産したようだ




