25. 魔王様、スライム無双です
大変遅くなりました。
25話です
「さて……」
炎と火花が散り煙が立ち込める新生魔王城艦内の通路。そこで自らの肉体を復元したネルソンは小さくため息を付く。
「敵の事前情報すらまともに知らないか覚えてないのかは知らないが随分と間抜けな相手…………と思っていたがやはりこの程度では終わらない様だね?」
「当然だよ」
ぶわっ、と風が吹き炎と煙が晴れる。その先には無傷のジェイルと、少し焦げた様子のニーナの姿があった。
「それと魔霊将軍ネルソン、君の事を知らなかったわけじゃないよ。ただね、君の姿は他の四天王に比べて普通の魔族とあまり変わらないから見た目だけじゃ判断できないさ」
「ふむ? 今までの勇者一行は魔力だの気配だの何だの言って私を見抜いていたが?」
「勇者と言えど得意な事はそれぞれ違うんだよ。魔力の流れを読むのが得意な勇者も居れば、野性的な勘を持つ勇者もね」
「ほうほう? ならば君はどんな勇者なのかな? 参考までに聞かせてくれるかね?」
「簡単さ。――――お前らを殺すことが得意な勇者だ」
ずだん、と音をまき散らしジェイルが踏み込み、一瞬で距離を詰めると聖剣を振る。振るわれた刃は正面からネルソンを両断する軌道。だがその前にネルソンは自ら体を二つに割ると左右の壁に張り付いた。
「それは他の勇者と変わらない気がするがね!」
「今までの生ぬるい人たちと一緒にしないでくれるかな。僕たちこそ本物だよ」
壁に張り付いたネルソンが体の一部を硬質し槍の様に伸ばす。
「男相手にたたせるのは趣味じゃないんだがね!」
狙うは当然ジェイル、その頭部だ。だが左右から伸びた必殺の槍はジェイルがその場で回転しつつ聖剣で切り払った。更には聖剣を持つ右手と逆の左手を壁に向ける。
「≪罰せよ、崩炎≫」
「おっと!」
聖剣と左手から超高熱の光球が放たれる。咄嗟にネルソンは床に飛ぶとそのままジェイルの足を取るべくその体を広げた。
「男の足に食らいつくというのは悲しくなるね! 服の下のすね毛を溶かす感触と言ったら何とも悍ましい!」
「ならば離れて貰おうか!」
ネルソンがジェイルの脚に取りつくより早く、その脚が白い光に包まれそして振るわれた。常人ならざる速度で振るわれたそれは足元のネルソンを吹き飛ばす。
「ぉぉぉっと!」
再度散り散りになって吹き飛ばされたネルソンだが直ぐに空中で自らの肉体を集めるとその形を取り戻した。しかしそこに今度はニーナが襲い掛かる。
「このっ、よくもやってくれたわね!」
「はははは! それが私の役目であるし趣味だからね! ウェルカム婦女子!」
「燃えちゃえええええええ!」
「萌えの方を所望したいね!」
ニーナの杖から放たれた炎がネルソンへと放たれた。通路を埋め尽くして迫る炎は回避不能。それを判断するとネルソンは咄嗟に障壁を展開。
「スライムバリア―!」
馬鹿げた声とは裏腹に高密度の魔力で編まれた障壁がニーナの放った炎を防ぐ。
「ふははははは! 熱い、熱いね! ここはこういう所かな? 体がフット―しそうだよぉぉ!」
「このっ、ふざけてぇぇぇ!」
「いたって真面目だとも!」
「――――そうか。ならこっちも本気で行くよ」
ジェイルが静かに宣言すると聖剣を自らの眼前翳した。聖剣から光が溢れ、その光はジェイルだけでなくニーナも包み込む。するとニーナの放っていた炎の威力が突然増し、障壁がジリジリと削れていく。
「むぅぅっ!?」
「消し飛べ」
ごうっ、と一瞬でそれまで数倍の威力に膨れ上がった炎が衝撃を突き破りネルソンは炎に飲み込まれた。
「こんなものかな」
その結果を見届けるとジェイルは聖剣を下した。それに呼応する様に光も消え炎も徐々に消えていく。
「流石ジェイル! 聖剣の力を使いこなしてるわね!」
「まあね。と言っても単純にこの剣の力をニーナに分けただけだけど。それより先に進もうか。四天王とやらは一人片付けたけどまだ敵は居るしね。こっちにこれなかったギムさんの分も魔族を殺さなきゃ」
「ギムさんは仕方なかったじゃない。あのセントーキ? とやらは小さくて二人が限界だったし。それに全員でこっちに来て魔王倒したとしてもその後今度はこの船ごと私達がアズガード帝国に狙われたら困るし。その為に見張りとして残って貰ったんだもん」
「まあね。まあ帝国側は逆に人質を取ったつもりでいたかもしれないけど、彼らの力を見る限り対した問題じゃないよ。それよりも……お客さんだね」
ジェイルが会話を打ち切って再度行く手を見やる。
そこには黒い軍服を着た赤髪の女性――セラが立ちはだかっていた。
新生魔王城の通路で道を塞ぐようにして立つセラは、正面の敵を見据えつつ耳元の通信機に小声で問う。
「リール、避難状況は?」
『そのブロックは完了しました。今そちらに魔王さんが向かっているみたいです』
『オペ子1号より連絡。先ほどこの新生魔王城にデカいの一発ぶち込んでくださいました敵艦を補足。しかし遠すぎて艦の武装では射程外です。但し、』
「ただし?」
『何らかの魔術的な補佐を受ければ可能でしょう。そして侵入してきた連中も魔術を行っている事からも可能性は高いかと』
「成程。こちらからも魔術とやらで補佐して敵艦を攻撃することは?」
『可能ですが少々面倒ですね。というかあまり意味がありません。来るのが分かっているのなら相手もそれ相応の対策を取っているでしょう。当然本艦もすぐさまゼクト様をバリア役として艦首に磔……いえ、待機して頂いております』
「敵もそれを予測して続けて撃ってこないという事か。その代わりに混乱に乗じてあの二人を投入か」
目の前の2人、剣を持つ青年と杖を持つ少女――勇者とその従者が並はずれた力を持っている事はもう理解した。今しがたこの場で起きていた戦いの情報は通信越しではあるが自分にも入っていたからだ。
(だが何故わざわざ乗り込んできた? 艦を落とすだけなら戦闘機に爆弾でも積んでいた方が早い筈)
少なくとも今までのアズガード帝国はこちらを撃沈する目的で動いていた様に思えた。だがこんな回りくどい手を今回は打った。加えて、今までとは明らかに毛色の違う戦力まで投入して。それは何故か? 目的が変わったか、事情が変わったか。細かい事は分からない。分からないが、今はやるべきことをすべきだろう。
油断なく敵を見据えながら思考するセラに、剣を持った男の方が微笑み話しかけてきた。
「君はアズガード帝国の軍人かな? 僕達の目的が果たされれば君達も解放されるから安心していいよ………………と、言いたいところだけど」
かちゃり、と剣の切っ先がこちらに向けられた。隣の少女の杖も向けられる。その二人の眼には嫌悪の色がはっきりと見て取れた。
「何故君から魔王の気配がするのかな?」
「……気配察知は苦手と聞いていたが」
「おや? さっきの会話をどこかで聞いてたのかな? ならその答えは簡単だよ。そこらの雑魚魔族共の違いは分からなくてもさ、魔王の気配位は分かるんだ。だって僕は勇者だから。それより僕の質問に答えてくれないかな? 何故君から魔王の気配がする?」
勇者たる青年の顔は笑っている。笑っているが圧倒的な嫌悪と殺意がその声には渦巻いていた。気を抜けば飲み込まれてしまいそうなその気配、だがセラは臆することなく敵を見据える。
「簡単だ。私はもうアズガード帝国の軍人では無い。魔王軍の一人にして魔王の従者、セラ・トレイター。それが今の私だ」
「なんですって?」
この回答に対して二人の反応は極端だった。杖を持った少女は驚きを露わにし、そして剣を持った勇者とやらは、
「汚れた化物の仲間入りか。ならば遠慮はいらないね」
顔から表情が消え、そしてその姿もまた消えた。
「っ!?」
咄嗟にセラは腰に差していたDATEブレード抜き放ちを起動。正面に構えた途端、凄まじい衝撃が刀身へ撃ちこまれ、思わず吹き飛ばされた。
「このっ!」
背後の壁に叩きつけられ衝撃で咽る。だが直ぐに面を上げると再度振り下ろされてきた剣を受け止めた。ずんっ、と異常なまでの力に押し込まれその苦痛に顔を歪める。そんなセラの正面、眼と鼻の先ではこちらに剣を押し付けてくる勇者の顔があった。
「僕はね、魔族が嫌いだ」
ぎりぎりと、徐々に押し込まれていく刀身にセラの背筋に冷や汗が流れていく。
「だけどね、そんな魔族に恭順したりましてや交わる様な人間はもっと嫌いなんだよこの売女!」
「ッ、勝手を言うな!」
ぶわっ、とセラの紅髪から燐光が漏れる。その光がセラを包むと押し込まれていた刀身が押し返されていく。エクライル人特有の力≪エクライルの雷光≫だ。
「借りるぞヴィクトル!」
更にセラはもう一つの力を発動させる。それこそ魔王であるヴィクトルの従者となったからこそ与えられた力。即ち、ヴィクトルの魔力。
赤い燐光に混じり黒き紫電がセラを包み込む。その力の根本の存在を感じながらセラは刃を押し切った。
「何っ」
驚いた顔をする相手へ今度はセラが踏み込む。右手のDATEブレードを再度振るい男の剣を弾いた。
「この力っ、魔王の力か! それ以外にも!」
「そうだとも!」
赤と黒の光を纏ったセラは、刃を振りぬいた勢いをそのままに体を半回転しつつの回し蹴りを放つ。だがその一撃を勇者は両腕を交差させ受け止めた。
「例え魔王の力を借りているとはいえ、僕には届かないよ」
「……ちっ」
舌打ちしつつ脚を引く。だがその脚を勇者が掴みあげた。
「汚らわしいな。切り刻んであげ――」
「女性の脚を掴みあげるのは感心しませんね」
「っ!?」
セラの背後から幾重の蒼い光の糸が放れた。勇者は咄嗟に掴んでいたセラの脚を離すと剣で防御する。
「この魔力で出来た糸……知ってるよ。この術を使う奴を。魔王の側近……ゼティリアだね」
「そうですか。別にどうでもいい事ですが」
剣に巻きついた蒼い光の糸を一瞥して忌々しげに勇者がセラの背後を睨みつける。そこから悠然と現れたのは侍女服の蒼銀の髪の少女、ゼティリアだ。
「ゼティリアか。魔王は?」
「もうじき来ます。それまでは私達が足止めを」
「足止めか……。私達で倒せる可能性は?」
「できればそれが好ましいですが、難しいでしょう」
二人が見つめる先、勇者の持つ剣が一瞬光を発すると巻き付いていた糸があっさりと切れていく。その光景にセラは眉を顰めた。
「話には聞いていたがアレが勇者か。厄介だな」
「ええ。代も変わりまた力が増している様ですね。それに従者もついています」
「聖剣の力を分けられた存在、か」
つまりはヴィクトルの力を借りている自分達の様な物かと納得する。視線の先ではその従者の少女が慌てた様子で勇者に駆け寄っていた。
「大丈夫ジェイル?」
「問題ないよニーナ。何ともないさ」
二人の様子は自然体だが隙は無い。お蔭でセラもゼティリアも安易に手出しが出来ずにいる。だがいつまでも硬直状態でも居られない。セラは再度DATEブレードを構え、ゼティリアもその両手両指に魔力を通し構えた。
「さて、汚らわしい魔族の力を持つそこの2人」
勇者――ジェイルがこちらに剣を向ける。セラとゼティリアは直ぐに動けるように身を低くし、
「君たち程度じゃ時間稼ぎにもならないよ。まさか今までのがこちらの本気だとは思わないよね?」
刹那、セラとゼティリアの間を風が抜けた。
「かはっ!?」
「くっ!?」
風の正体は一瞬で二人の間を駆け抜けたジェイルとその聖剣。その刃がセラの腕とゼティリアの脇腹を斬りつけたのだ。二人が態勢を崩すが、ジェイルは意外そうに首を捻る。
「あれ? 二人とも両断するくらいの気持ちだったんだけどな。ギリギリで避けるとはちょっと見なおしたよ」
「何を!」
セラが斬られた腕とは別の手で銃を抜くとジェイル目掛けて撃つ。だが放たれた銃弾は容易く聖剣で振り払われた。そしてその間にニーナが二人に杖を向けている。
「馬鹿ね~。魔族なんていらないのよ、この世界には」
杖の先に光りが収束していく。ニーナは馬鹿にするように二人を見据えつつ、その光を放とうとした、その時だった。
「いやあ、それはいただけないねえ」
「え」
ひたり、とニーナの肩に緑色の粘液の様な物が滴り落ちた。その光景と悍ましい感触にニーナの顔が引きつっていく。
「な、なんで、さっき殺して……」
「うんうん。殺されたねえ、私の分体が。本体は別の所に居た訳だよ? そして――」
するり、とその物体――ネルソンの一部がニーナの服の中に滑り込んだ。
「ひぃっ!?」
「この時を待ちわびたーーーーーー!」
「いやあああああああああ!?」
「ニーナ!」
ジェイルが床を蹴りニーナの下へと駆ける。ニーナの服が下から膨れ上がり、そして眩い光と共に爆発した。その爆風に思わずセラとゼティリアも傷ついた体をふら付かせる。そんな二人の足元にべちゃり、弾けとんだネルソンの一部が落ちた。
「うーむエクスタシー! ……おや、二人とも無事だったかね?」
「あ、ああ。助かった」
「ありがとうございます。ネルソン様」
「いやいや、気にすることは無いよ? 当然の事だからね?」
爆発と硝煙が晴れていくと服がボロボロになり素肌を晒したニーナと、それを介抱するジェイルのが姿が現れた。
「無事かい、ニーナ」
「じぇ、ジェイル……」
ニーナは虚ろな眼をしている生きている様だった。その姿にセラ達は危機感を募らせる。
「至近距離でのあの爆発でも生きているのか……」
「何らかの障壁を張ったのでしょう。おそらくはあの勇者が」
「おお! おおおおお!? 見たまえ二人とも! ボロボロに敗れた衣服! そこから見える柔肌! まだ幼いながらも魅力的な胸部! これぞ私の待ち望んだ光景! タイミングを計った甲斐もあるものだね! 生きててよかった―――――――――! はっ!?」
全身をくねくねと蠢かせ狂乱していたネルソンだがぴたり、と動きを止める。そしておそるおそる振り向くと、そこにはどこまでも冷たい眼をしたセラとゼティリアの姿があった。
「同じ女とはいえ敵だからな。別にあの姿にどうこう言うつもりは無かったが」
「タイミングを計っていた、とはどういう事でしょうか? 私達があの勇者に斬りつけられている間も出てこなかったのは隙を狙っていただけで邪な目的ではありませんよね?」
「ははははは、何を言うんだい二人とも」
ネルソンはふっ、と笑い、
「無論、邪だと―――」
何かを言い切るより早く、セラとゼティリアの脚が床のネルソンへと叩き付けられた。




