第五十九話 作戦開始
砦の攻略作戦の日となった。
まだ、日が昇っていない暗い前線基地の広場には、今日の作戦で使われる破城槌が並べられていた。先端を尖らせた大きな丸太に、縄を結びつけて取っ手を作った簡単な物だ。
その破城槌の前に武装した各種族の戦士達が勢ぞろいしていた。
まず獣人達。
殆どまともな武器を持っていなかった獣人達は、あやかしの里の蔵に死蔵されていた大量の武具を貸し与えられ武装していた。
獣人達は、兜は被れないので、全員鉢がねを締め、その顔には闘争心にあふれている。その姿は、犬神が最初に会ったころの薄汚れた姿からは、想像も出来ない程力強い。
武者甲冑を着た獣人達にマロ爺が大興奮して写真を撮りまくるという場面もあった。
次にダークエルフ。
ダークエルフの服装はさながらレンジャーの様であった。前進を緑と茶色のまだら模様で染め上げた服と革鎧を身に纏い、顔には鼻まで隠すマスクをし、頭にも布を被って、髪を隠し森の中で目立たないようにしていた。目の周りにも化粧を施し、正に森の暗殺者と言った出で立ちだ。
その次にはエルフ
エルフはダークエルフほど森に身を隠す事を重視した出で立ちではなかったが、背中には大きな矢筒を背負い、皮製の胸当てを身につけている。
最後は妖怪達だ。
妖怪達は、この場に集まったどの種族より統一感は無い、独創性にあふれた鎧を身に纏っていた。エルフ達が森のその姿を隠す事を目的とした装備を身につけているのに対し、妖怪達の身につけている鎧は、ド派手だった。目立つ赤い鎧はもちろん金縁、銀縁、兜には大きな立物をつけたりしている。しかも一つとして同じモノが無い為、まるで妖怪達のところは甲冑コスプレ会場の様ですらあった。
フィフォリアの森同盟軍300余名が勢ぞろいしていた。
戦士達は、種族ごとに部隊を分けられ、それぞれが固まって並んでいる。
種族ごとに部隊を分けたのは、下手に別種族と混ぜて部隊を作っても連携訓練もしていない者同士を組ませてもろくなことは無いという判断からだった。
破城槌の上、何者かが飛び乗った。それは武者鎧に身を包んだ犬神だ。
犬神が着ているのは、負けず劣らず派手な鎧を着ていた。完全オーダーメイドで作られているので、犬神の頭部に合うように兜も作られており、犬神のぴんと立った耳も開けられた穴から外に出ている。金色に輝く立派な"牙"と言う漢字の立物が兜に飾られ、例え戦場に居たとしても一目でそこに犬神が居るという事が分かるようになっていた。
「聞け!野郎共!」
犬神が大声で呼びかけるとざわついていた広場が一気に静まり視線が彼に集まった。
「この戦いも今日で終わる!終わらせる!俺達の妨害工作により、もはや敵は虫の息だ!エルフ達よ!その弓で同胞を殺された恨みを晴らせ!ダークエルフよ!その腕にて森を守れ!獣人達よ!その力にて苦渋の歴史を断ち切り、新たな居場所を勝ち取れ!そして我が同胞よ!我らは突如として、この異世界へと飛ばされた。だが、この地に来て新たな友を得た!ここはもはや我らの第二の故郷だ!コレより攻め入る場所に居るのは、第二の故郷を侵略し、友となった者を奴隷へと落とさんとする者達だ!その様な者達を許すわけには行かない!そうだな!」
「応!」
広場に、居たそれぞれの戦士が大声で答える。
「勝つぞ!目標人族の砦!邪魔する物は、たとえ何であろうとも撃ち砕け!全軍出撃!」
その号令を合図に、事前に取り決めていた通りに全軍が人族の砦目掛けて進軍を開始した。
鬼達が、三つの破城槌に取り付く。
作戦が開始された。
「なぁなんかエルフの連中、静かじゃないか?」
行軍していたダークエルフの一人が広場に黙って行軍の順番も待って居るエルフ達を見て言った。
「そういえばそうだな。あいつらなら、自分達が指揮する立場だぁとか言いそうなのにな」
こういう場合、エルフ達は自分達を有意に見せようとして文句の一つでも言いそうなものだったが、エルフは全員不気味なほど沈黙ししていた。
「いいじゃねぇか。そういえばあいつらマロ爺様にこっぴどく説教されたそうじゃねぇか。それでじゃねぇの?」
すでにマロ爺の存在はエルフを含むどの集落でも有名な物になっていた。
「そうかなぁ」
「下手に突っついて騒がれるのも面倒だからこのままでいいんだよ。戦場に着けば、あいつらだっていい高々に何か言ってくるだろうさ」
「それもそうだな」
他にも静かなエルフ達を疑問に思う戦士達は少なくなかったが、無言で並ぶエルフ達を、下手な事を言って騒がれるのも迷惑だったのでほっておいた。
戦士達が次々と移動していく中、獣人とダークエルフの戦士達は、訝しげにエルフの戦士達を横目に見つつ行軍を開始した。
「どういう事だ?」
森の中を進み、焼け跡まで進軍してきたゴットスは、砦の異変にはすぐに気がついた。朝焼けに浮かぶ砦からは、人の気配という殆ど感じなかったからだ。
砦に近づくと異変は更にはっきりした。本来人が居るはずの物見櫓の上に人がおらず、更には、砦の門が半ばまで開いていたのだ。
明らかに異常な様子の砦を前に、同盟軍は、停止せざるを終えなかった。
犬神の元にそれぞれの部隊のまとめ役のゴットス、ドトル戦士長、それにエルフの戦士が集まって話し合いをしていた。
「どうする?犬神の旦那。どう考えてもこれは罠じゃないか?」
ゴットスが言った。
「どうもこうも無いだろ。俺達の仕事は、砦の制圧だ。中に入らなければ何しに、ここに着たのか分からんからな。とりあえずは偵察部隊を編成して、内部を確かめる。その後進軍する。大丈夫だ罠なら俺達が見つけるのが得意だ」
ドトル戦士長は事も無げに言った。
エルフの戦士はただ黙ってそれを聞いていた。それ見ていたゴットスが苛立たしげに言った。
「おい!エルフの!お前らもなんか言ったらどう…」
『ウガァアアアアアアアアア!』
ゴットスがエルフへと突っかかった時、同盟軍の背後からモンスターの咆哮が上がった。それは一つだけではない。それは複数の咆哮だった。
「おい!肩を借りるぞ!」
「おう!」
犬神はそう言うと近くに立っていた背の高い鬼の肩へと飛び乗った。
飛び乗られた鬼は、子揺るぎもせず立っている。同じように犬神も鬼の両肩に足を乗せていると言うのに一切バランスを崩す事無く立っている。
そして見た。森から目を真っ赤に光らせた大量にモンスターがこちらに向かっているのを。
ゴブリン、オーガ、トロール、フォレストウルフ、そのほかにもこの森に住むありとあらゆる種類のモンスターが、同盟軍のほうへと津波の様に向かって来ていた。その数は数え切れず、明らかに同盟軍より数の上では、圧倒的に優っていた。
「ちっ仕方が無ねぇ。妖怪隊は、モンスターを足止め!獣人隊は、内部の制圧をしろ!」
「馬鹿な!内部にはどんな罠があるか分かったものじゃないぞ!」
ゴットスが反論するも犬神は取り合わなかった。
「分かっている!だが、この場であの数のモンスターと戦っても奴らの数に押し潰されるだけだ!」
「内部の調査は俺達に任せてもらおう。俺達ダークエルフは、罠は仕掛けるのも見つけるのも得意だからな!ダークエルフ隊は、獣人隊と一緒に行って罠が無いか調べろ!最速且つ慎重にだ!無理とは言わせねぇぞ!一秒遅れたら、味方が一人死ぬと思え!行け!」
ドトル戦士長が、自分の率いる部隊に命令を出すと、ダークエルフ達はコクリと頷くと砦へと駆け出した。
「ありがたい。エルフ隊は、妖怪隊の援護!撃って撃って撃ちまくれ!砦が安全が確認され次第、全軍砦内部へと避難しろ!」
その間にも、
「くっ。仕方が無いか。分かった」
次々と下される命令に戦士達は、迷う事無く動き陣形が変わる。
「よっしゃ来いやぁ!」
「やんのかコラァ!」
妖怪部隊が、同盟軍の後方にすばやく展開し、モンスターの集団に向かって槍衾を作る。誰一人(?)として怖気づくものはおらず、それどころか戦意を漲らせていた。
鬼などの巨大な人型の妖怪達が殺す気満々の槍衾で待ち構えていれば、普通は怯える者が一体位居そうなものだが、我を失っている様に暴走しているモンスターは、畏れる事無く突っ込む。
「それ!槍突け~い!」
妖怪部隊がモンスターと戦闘を開始した。
それを援護すべくエルフの部隊が、矢の雨をバラバラと降らせる。矢は、モンスターの体に次々と刺さる。中には足などに突き刺さり転ぶモンスターが居たが、哀れそのモンスターは後続から来るモンスターにより踏み潰された。
ついさっきまで不気味なほど静かだった砦の周りは、あっとう言う間にモンスターの断末魔と、妖怪達の鬨の声が響き渡る戦場へと姿を変えた。
妖怪部隊がモンスターを押し止めている間に、砦を制圧すべく、獣人とダークエルフの部隊が門から中へと飛び込んだ。
「何だコレ!?兵士が一人も居ねぇぞ。どうなってんだ」
真っ先に砦の中に飛び込んだのは、獣人の戦士だった。彼らは自身の持つ鼻により、砦の中で待ち伏せているであろう敵を見つけてやろうと思っていた。しかし、砦の内部に飛び込んでも待ち伏せている敵の臭いは存在せず、罠すらなかった。その事に不気味に思ったものの、事実は事実。獣人の戦士は、それでも門の周辺を確保し安全を確認するとその事を報告した。
「門周辺の確保と安全の確認を終了しました!」
報告を受けた犬神は、砦の中に入るとすぐに物見櫓へと登った。そして外で戦っている者達へと大声で言った。
「全員に砦に避難しろ!門に近いものから順番だ!安心しろ!全員が入るまで門は絶対に閉めない!あと妖怪隊!全員は居るまで閉められないからってギリギリまで戦うような事はすんなよ!」
最前線で戦っている妖怪達から笑い声の返事が返ってきた。
それを聞いた犬神は今度は砦の内部へと向けていった。
「砦に入ったら入った奴は陣を敷け!その次は砦の内部を徹底的に調査しろ!砦自体を罠だと思え!井戸や食料があったとしても絶対に手を出すな!確認が済むまで毒物だと思え!」
砦の大きさは、大きく同盟軍の全員が入るのには十分な余裕があった。戦士達の退避は順調に行われ、全員が砦の中に入ると砦の門を閉じた。その際何十体かのモンスターが一緒に砦の内部へと入り込んだが、それはすぐさま駆逐された。
「これで一安心という所だな」
完全に閉じられた門を見を見ながら犬神が言う。
「ああ、だが、モンスターを嗾けて来たのが人族だとすると、このままという事は無いだろうな。一体奴等は何を考えているのか…」
物見櫓に上がってきていたドトル戦士長が不安げに言った。




