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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第五十八話 決戦前

 オッケルイペの惨劇の様子は、その翌日の朝にはフィフォリアの森同盟軍の前線基地へと伝えられていた。

「ひょひょ!いいぞいいぞ!」

 砦の混乱する様子は、天狗の隠れ蓑とカメラを装備したカラス天狗からの映像と、内部に入り込んだ脅かし役から送られてきた報告書に事細かに書かれていた。

 それを読んで、マロ爺は満足そうに笑った。マロ爺の背中には、ニホンザルのような姿をしたカクがしがみ付き背後から報告書を覗き込んでいた。


 報告書によると砦の内部は、精神病院の様相を呈していた。昼間だというのに殆どの者がキョロキョロと何かに怯え、些細な事で喧嘩が絶えず、まともに仕事が出来るものすら少ないそうだ。そのせいで、何とか仕事が出来ていた者も、増えた仕事のせいで潰れる。遠からず、砦の機能は破綻するだろう。今もってる方が奇跡だといえる。


 ただ、そんな中、アルフォンスだけは、マロ爺の命令により怪奇現象とは無縁に過ごしていた。彼の信頼していた密偵であったジョッシュでさえ、最近は、アルフォンスの居る前でも妙に暗がりや隙間を警戒するようになり、挙動不審になっている。その変化は、当然アルフォンスにも分かり、それを見てイライラしている様子が報告書に書かれていた。

(ククク周りが壊れていく中、自分だけ正気で居るというのはどんな気分なんじゃろうな?)


 マロ爺は、今居るのは、前線基地に作られた会議室だ。会議室には、各種族の代表が集まっていた。

 獣人を代表してゴットスとロッカスが、ダークエルフを代表して、ドトル戦士長が、エルフを代表してエルフの戦士団の生き残りであるシャーラ。そしてあやかしの里の代表として犬神とアオキ、そしてサナリエンが居た。


 マロ爺は、タブレット端末に映した砦上空から札呈した映像を見せ、報告書の内容を口頭で伝える。

 マロ爺達はこの世界の言葉を何故か理解し、話すことも出来るが、さすがにこちらの文字を書く事はできなかった。だから、日本語で書かれた報告書の内容を代読する必要があった。

「こりゃひでぇ」

 話を聞き終わるとゴットスは、顔を顰めて言った。隣に立っていたロッカスも顔が青ざめている。

「エゲツナイな…」

 ダークエルフ代表であるドトル戦士長が引いた。

「こんな者達を私達は敵に回そうとしていたのか?」

「だから言ったでしょ。彼らを敵に回しちゃいけないって!」

 同様に引いたシャーラにサナリエンが言った。

 シャーラは、心の底から敵対しなくて良かったと思った。そしてもし、この戦いが終わった後に長老達が敵対しようと言い出した時は絶対に止めようと心に誓った。

 そのリアクションを見ていたマロ爺は、満足した様子で頷いていた。畏れられるというのは妖怪にとっては名誉な事でもあるのだ。


「今の人族の砦は不安と恐怖で膨らんだ、割れる寸前の風船じゃ」

 それが、マロ爺が下した人族の砦の評価だった

「これからいかがなさいますか?突いて破裂させますか?」

 そう聞いたのは、砦の食糧事情に大打撃を与えた二口女だ。潜入した時は薄汚い奴隷のような格好をしていたが、今は江戸時代に女の人が来ていた旅装に身を包んでいる。砦の内部から報告書を持って前線基地へと帰還していたのだ。

「それもいいかもしれんのう」

「おお!」

 それを聞いたゴットスは待ってました!と言う風に立ち上がった。

「皆の衆。ころあいじゃやつらは、もはや精神的にも三日後の明朝、夜明けと共に、あの砦を落とすのじゃ!」

 もはや、この中でのマロ爺の意見に異を唱えるような者はこの中には居なかった。

「おお!とうとうか!だが、何で三日後なんだ?今すぐ準備して明日の夜明けに攻め入った方が手っ取り早いじゃねぇか!」

 同じように立ち上がり興奮しながら言った。今まで散々苦しめられた相手である人族に対しての反撃ゆえに血気にはやっていた。

「悪いのう。さすがに、潜入させた者達に連絡するのに一日、その者らが脱出するのに一日欲しいんじゃ」

「むっそれなら致し方なし」

「じゃがその分、おのおの方の準備は万端に頼むぞい。これで此度の戦をしまいにするのじゃ!」

「よっしゃ!」

「おう!人族の糞共に俺達を奴隷にした仮を返してやる!!」

「この森を侵すことなどさせるものか!」

 それぞれ返事をするゴットスと、ドトル戦士長だったが、シャーラは、黙って頷くだけだった。犬神、ゴットス、ロッカス、ドトル戦士長が会議室から意気揚々と出て行く。エルフの代表であるシャーラもシャーラも黙って出て行こうとする。

「フム、シャーラちゃんの。ちょっと残ってくれんか、ちょっと話があるんじゃ。最近のエルフの行動には、目に余るのでな。大事な作戦じゃ。始まる前にちと話しておきたい」

「…わかった」

 出て行きかけていたシャーラは、しぶしぶと言った感じで会議室に残った。

 エルフと中の悪いゴットス達が、それを横目に出て行った。





 フィフォリアの森同盟が総攻撃を決めた日の夕方、アルフォンスは、自身の天幕で一人酒を煽っていた。

「クソッ!」

 もはや、砦内部はボロボロだった。食料は、枯渇し始め、中に居る兵士達も士気が低下していた。士気を上げる為に呼んだはずの増援だったが、それらは妖怪達の手に掛かり、士気が低く、一緒に呼び込んでいた傭兵や冒険者達の中には違約金を払ってでも、出て行くという者が居るほどだ。

 逸早くそれに反応したのは商人たちだった。商人達は、よれよれになって砦の中に入ってくる薄汚い兵士達を見るとすぐさま荷物を纏め、砦から出て行った。アルフォンスが、増援の兵士達に事情を聞いている間の早業だった。

 事情を聞いた後、出入りを封鎖しようとしたアルフォンスはその事を聞いて激怒した。さらにその後、砦で異臭事件が発生して大混乱に陥り、兵士達の士気は地に潜らんばかりであった。

 

(この程度の戦力では、森に居るあの蛮族どもを駆逐できん!くそっ!本来であれば、フィフォリアの森を焼き尽くした後、攻め入りエルフ共を生け捕りに出来たものを!あいつだ!あいつらが現れてから全てが狂ったんだ!)

 持っていたゴブレットを、ダン!とテーブルへと叩き付けた。

「アルフォンス様。失礼します。至急のお知らせをお伝えに参りました」

 そこへ、ジョッシュが現れた。ジョッシュは異様に、隙間や暗がりを警戒しつつアルフォンスの前に立った。

「何だ?今度は何が起きた?商人が夜逃げしたか?それとも兵士が脱走したか?」

「違います。先ごろより潜ませた草より情報が来ました」

 そういうとジョッシュは一枚の薄汚れた羊皮紙を差し出した。

 草とはいうなればスパイだ。アルフォンス達は、フィフォリアの森同盟の中には、スパイが紛れ込ませていたのだ。

 アルフォンスは、何の気なしに渡された羊皮紙を見て、文章を見ると目を見開いて立ち上がった。

「クククハッハハハアーッハッハッハ!」

「何がおかしいのです?それに、良い事など書かれてはいないはずですが?」

 いきなり笑い始めたジョッシュにアルフォンスが、驚いた。書かれている内容が、三日後の日の出に、エルフ達がこの砦を全力で攻めてくるという内容だった。中には、砦の落とすための破城鎚まで用意しているという情報まで書かれていた。

 防衛側が有利とは言え、相手には、魔法とは違うわけの分からぬ力を持った妖怪達が居る。党にも笑い飛ばせる状況とは思えないしかし。アルフォンスは狂ったように笑っている。

「何を!」

 ジョッシュは、アルフォンスがとうとう狂ったかと勘ぐった。

 無理も無い。途中から何一つうまく行かない計画、領主たるフランツ公からの突き上げと狂って行く部下、枯渇する資源、逃げ出す人々。いい報告など何も無い。普通の人間であったのなら、とっくに壊れていてもおかしくは無い。だが、アルフォンスは、その状況でもギリギリ砦内の秩序を保ち治めていた。それが酒に溺れながらであっても。

(それも今の報告で完全に壊れてしまったか)

 ジョッシュは、頭を下げたまま思った。

「ジョッシュ!天は我を見捨ててはいなかったぞ!勝てる!我々は勝てるぞ!ジョッシュ!」

 しかし、アルフォンスの口から放たれたのは予想外の言葉だった

「部隊長達を呼べ!」

「一体何をするおつもりなのですか!アルフォンス様!?」

「決まっている。勝ちに行くのだ!」

 アルフォンスは自信満々に言い放った。



「よく集まってくれた!」

 アルフォンスは、集まった部隊長達に向かって言った。だが、部隊長達の顔は暗い。全員の目に隈があり、誰も彼もが不健康そうな顔を押していた。何せ、彼らも妖怪達の被害者達だ。それだけじゃない。地位が上という事もあって部下達の起こした騒動の収める為に出る事もしょっちゅうだ。

「私の放ったいた草から連絡が入った。三日後の早朝フィフォリアの森に居る蛮族共が我が砦に総攻撃してくる」

「なっ何ですと!そっそれで如何なされるおつもりですか?」

 それを聞いた部隊長の顔に不安や絶望に彩られた。現在の砦の状況で勝てるビジョンが見えなかったのだ。だが、その情報を口にしたアルフォンスの表情は明るい。

「これを私好機と捉える」

「好機…ですか?」

 部隊長の顔に不信が宿る。ジョッシュと同じように狂ったかと思ったからだ。

 食料少なく、兵士の士気は低く、砦から逃げ出す者も出てきている今、隊長達にはとてもではないが好機とは思えず、逆にピンチでしかない。このままでは、戦うどころか冬を越える事すら難しい。だが、アルフォンスからの口から放たれたのはさらに突拍子もなかった事だった。

「私は、この砦を捨て、全軍を持ってエルフの村を制圧するつもりだ」

「馬鹿な!今の我々では、蛮族共とまともに戦える戦力はありません!」

「最後まで聞け。私とて、総攻撃してくる敵とまともに戦って勝てるとは私も思っては居ない」

 アルフォンスの提案した作戦はこうだ。

 まず、今日と明日の夜にこの砦にある全戦力を小数に分け、砦から出撃させる。少数に分けるのは、例えその様子が敵に見つかっても脱走兵が出たように思わせるためだ。砦を出た兵士達は、西側を大回りしながらエルフの村から一番近い森の外付近で合流。そこで三日目の朝を待つ。

 そして、三日目の朝に敵が攻めてきたところで、砦内部で魔寄せの香を焚き、砦を襲おうとしている敵を魔物に背後から攻撃させる。

「…であるならば、砦の中からと、森からの魔物で挟撃すればよろしいのでは無いですか?さすれば簡単に蛮族を殲滅する事が出来るのでは?」

 作戦を聞いた部隊長の一人が聞いた。

「その場合、敵が砦を落とすのを諦め、魔物を突っ切り森へと戻る可能性がある。そうなった場合、そいつらがエルフの村まで来る可能性があるのだ。そうなっては困る。だから砦を開けておき、背後から襲われた蛮族共が、砦に逃げ込めるようにするのだ」

「なるほど!そうやって奴らを檻へと閉じ込めるのですな!」

「アルフォンス様の慧眼。このダニエル・ローカン感服いたします!」

 披露された作戦の内容に部隊長全員が感心した。

「そして、敵の主戦力が砦に閉じ込めている間に我々がエルフの村を落とす。エルフの主戦力である戦士団は既に全滅している。それに、今回の戦いで残りの戦力も殆どをエルフ達は出しているだろう。つまり、エルフの村は、がら空きだという事だ。それにもうすぐ冬だ。食料の備蓄もしているはず。それを奪えば、我々が飢える心配は無い。足りなければエルフ達から他の集落の場所を聞き出し襲撃する。ダークエルフとあの妖怪と名乗った連中も状況は同じはずだ」

 先ほどまでは陰鬱は表情をしていた部隊長達の顔は、今では満面の笑みへと変わっていた。

「一方、砦に攻め入ったやつらは、篭城しようと入ったはいいが、砦には食料は無い。我々が全部食べるかダメにするからだ。さらには集まって来た魔獣の相手もしなければならない。寝る暇も無いはずだ。そうだ。それなら壁の根元に穴を開けたりして耐久力を下げておくのもいいな。そうすれば篭城出来たと思ったら、思わぬところから魔物共が侵入してきて面白い事になるだろう」

 アルフォンスは嬉々として語る。

「やれる!アルフォンス様勝てますよ!」

 盛り上がる部隊長達の様子を見て、満足げに見るとアルフォンスは指示を下した。

「よし、急いで準備を開始しろ!だが、兵達には、砦から出すまで何も伝えるな。まだ奴らの手の者が砦内に居るかもしれないからな。だが出る時に伝えて置け。エルフの村を落とせば食い物は食い放題!女は犯し放題だとな!そうすれば士気は上がる!」

「「「はっ!」」」

 人族の砦が静かに動き出した。


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