第五十七話 辛すぎる行軍
注意!
今回の話には、かなり汚い描写があります!
お食事中又は、お食事直後に読む事はおススメ出来ません!
読む場合は自己責任でお願いいたします!
アルフォンスの要請により、ダーリアの街から出発した援軍500名は、砦へと向かう草原の道をゆっくりと進んでいた。隊列の真ん中には、荷物を満載した荷馬車あり、それを守るように行軍していた。
その隊列の中には、領軍のほかに、傭兵も混じっていた。
「なぁ。俺達の行く砦ってどうなってんだ?本来ならもう少し後になってから行くんじゃなかったのか?」
小太りの槍を持った傭兵が隣を歩いている相棒に言った。彼は、傭兵団に属していないフリーの傭兵で、隣を歩く傭兵と一緒に幾多の戦場を渡り歩いてきたいわゆる歴戦の傭兵だった。
「そうなるはずだったんだけど、何か砦の若様がヘマしたらしいぜ。それで兵士がやられまくったんだってよ」
相棒ののっぽの傭兵が答えた。
「マジかよ。俺達そんな奴の下で戦うんだろ。大丈夫か?」
「まぁまだ、若様がヘマしたんじゃなく、敵が一枚上手だった可能性があるからなぁまだ分かんねぇぞ」
上官が信頼にたると人物であるかどうかは、傭兵にとって重要な事だ。傭兵だって死にたくは無いのは当然で、上の人間がどういう人間か調べて、何時逃げ時かを計るのも傭兵にとって重要な能力だった。
「でもよ。今回の敵は別嬪さんばかりのエルフって話じゃないか。うまく行きゃぁ。良い目が見られるぜ?」
小太りの傭兵がうひひと下品に笑う。
二人とも戦場での習いとして略奪も強姦も経験している。故に罪の意識など無く、勝者の権利として、当然の行いとして認識していた。その認識は、傭兵達にとって共通の認識だった。
「だといいがな。あまり期待しない方が良いぜ。期待が裏切られた時にガックリ来るぞ」
「はっ。行軍なんざ楽しい事でも考えてねぇとやってられねぇっての。せいぜい楽しい戦場である事を願うぜ!」
傭兵の言う楽しい戦場が、激しい戦いの事を言うのか、敵兵を蹂躙するような楽な戦い言っているのかは分からないが、唯一つだけ確かな事があった。
そんな楽しい戦場など、用意されてはいないという事だ。
その日の行軍を終え、天幕を張り、夕食を作っていた時の事だ。行軍中の兵士や傭兵にとって食事の時間と言うのは、数少ない楽しみの一つだ。
二人の傭兵も、焚き火を囲み配給係から貰った材料をぶち込んだ鍋を、木をロープで結んだ三脚から吊るしてスープを作っていた。
「やーっと今日の行軍が終わった。これが後、三日もあるってんだから、勘弁して欲しいぜ」
小太りの男が鍋に突っ込んだお玉で灰汁を取りながら言う。
「お前それ、毎日言うつもりか?聞いてるこっちが嫌になるぜ」
「いいじゃねぇか。…さて、仕上げにお塩をパラパラリッと」
鍋に入れていた材料が煮上がり、さぁ食べようと二人がスープを自分達の木皿に取り分けた時、ポァと言う音が野営地に響いた。
野営地にいた誰もがその奇妙な音に一瞬立ち止まった。
「ナンダァ?誰か屁でもこきやがったのか?ぐっ」
のっぽの傭兵の鼻に強烈な悪臭が届いた。それは、例えようも無い圧倒的臭さ。その場に居た人間誰しもが嗅いだ事の無い、想像を絶する臭い。
それは、毒ガスの様に人を傷つける事は無い。ただ臭いだけ、目にしみる事すらないただの悪臭。だが、ただ臭いというだけで鼻のある生き物にとって、最悪の空間を作るのには十分だった。
「うっ!臭っ!くせぇ!何だこれ!?」
小太りの傭兵は思わず、持っていたスープの入った木皿を地面へと落とし、自分の鼻を覆った。
「ぐああああああ!クセェ!うっうぇえええええええええ!」
あまりの臭さに野営地は大混乱に陥った。悪臭に耐え切れず一人の兵士が吐いた。
一人が吐き出すと、それは兵士達に伝播し、いたる所で兵士達が吐き出す。世にも珍しい吐瀉物にまみれた地獄が出来上がった。
「がんばれ!我慢しろ馬鹿!いずれ、臭いは消える!おいこら!お前何処に吐こうとしてやがる!」
だが、一向に臭いは拡散せずずっと、むしろ吐瀉物の匂いが混ざり、さらに酷くなった。
馬達もその匂いがたまらないのか暴れだし、御者が吐き気を堪えながら必死に宥めている。
兵士達は気付かなかったが、何故か野営地の周りにはゆっくりと回転するように風が吹いており、匂いが拡散しないようになっていたのだ。
野営地を移動させようにも、いずれ風で飛ばされると思いまっている内に日は落ちきってしまい、もう不可能だった。
最悪の悪臭の中兵士達は、一夜を明かす羽目になった。
これは妖怪オッケルイペの仕業であった。
オッケルイペは、アイヌに伝わる妖怪で、アイヌ語で「強烈な屁をする化け物」と言う意味だ。その正体は、黒い狐なのだと言われている。まるでスカンクの様な妖怪だが、たかが屁をする妖怪と侮る無かれ、その屁の匂いが強烈なのは当然で、オッケルイペが人に化け木の船に乗った時、その屁の勢いで船を真っ二つに叩き割るほどの威力あるのだ。正直洒落にならない部類の妖怪だ。
誰しもが、臭いによって眠れる夜をすごし、寝不足になるなか、夜が明けた。
朝になれば、臭いは大分薄れていた。
空が白み始めると兵士達は朝食を食べる事すら後回しにして天幕の片づけを始める。一刻も早くこの場所から離れたかったのだ。
天幕の外に放置されていた昨日の夕食を誰も食べはせず、その場に打ち捨てられてた。
兵士達が、まともに空気が吸えるようになったのは、日が完全に上がった頃だった。
「なぁ俺達、臭くねぇか?」
「言うなよ。あの匂いが染み付いてるんじゃねぇかって思ってんだからよ。それよりなんか食っとこうぜ」
「そうだな」
小太りとのっぽ、二人の傭兵は、歩きながら腰につけた袋の中からビスケットくらいの大きさの硬パンを取り出すと、かじりついた。
「相変わらずかってぇな」
「皮袋に入れておいてよかった。あの匂いが付いてない。この硬パンの匂いがこんなにも良い香りだと感じるとはな」
硬パンとは、保存性を最優先した為に、焼しめたせいで猛烈に硬く、食べようとして歯が欠けたなどの逸話を持つ、パンの名を持つパンでない何かだ。
二人はスティック状に作られたそれをしゃぶる様に口に含み、やわらかくなったところから削るように食べる。そうする事により安全に食べる事が出来るのだ。時折、小さく千切っておいた干し肉を口の中に入れ、塩分の補給も忘れない。
「あーくそ。昨日のスープは自信作だったんだ。食いたかったなぁ。こんな硬パンじゃ無くてよ」
「食べられるだけマシだと思ってねぇとやってらんねぇぞ?ほら、見ろ。領軍の連中は、硬パンすら持ってねぇんだぞ」
小太り傭兵は、のっぽ傭兵が首を振って示した方向を見た。そこにはげっそりとした兵士が、うなだれながら、まるでアンデットのように歩く姿が目に映った。
「あいつらは、すきっ腹を抱えて午後まで歩かされるんだ。だが俺達には硬パンがある。いいじゃねぇか」
「ポジティブだねぇ」
だが、その時、進行方向から、またあの音がした。ポァと言う音が。
「嘘だろおい!今俺食ってんだぞ!?」
「しかもここ風下だぞ!ヤバイ逃げろ!」
二人は、歩いていた列から外れ、猛ダッシュで逃げ出した。
「何処へ行く!列にヴェロロロロロ」
それをとがめようとした上役の兵士が怒鳴ったが、息を吸った時に最悪の悪臭を思いっきり吸い込んだらしい。詳しい描写は避けるが、マーライオンになった。
「馬鹿野郎!あのクッサイ臭いの中を歩けるかよ!」
ほかの兵士達も悪臭から逃げようと散り散りに走り出した。
だが、突然操られたかのように風向きが変わり、兵士達の逃げた方へと追いかけるように変わった。
「「「ぐわあああああああああああああああ!」」」
地獄は再臨した。
援軍を纏めていた上級士官は、二度の悪臭の被害を受けた事から、これを敵からの攻撃と判断した。実際、吐瀉物で気道がふさがれた結果死んだ兵士も居たのだ。ただの悪臭とは言え、それは正に毒ガス兵器と比肩する力を発揮した。
状況を重く見た上級士官は、卑怯な敵を見つけるべく、騎兵を先行偵察に出す事を決定した。どうせ、散り散りになった兵士達を再度集めるのに時間が掛かるのだ、だったら、その間に悪臭の原因を突き止めようと考えたのだ。
しかし、オッケルイペの姿はついぞ見つける事は出来なかった。草の生えた草原で黒いとは言え狐一匹を見つけるのは至難の業だ。それに何より彼らは悪臭を放っていたのが黒い狐とは知らないのだ。仮に見つて居たとしてもそれが悪臭の原因だとは気付けなかっただろう。
領軍は、発見を諦めて再び行軍を開始した。
行軍は、過酷を極めた。
ポァと言う音と共に来る悪臭は食事の度にした。兵士達は苦肉の策として、少人数ずつ、食事を取る時間をずらして食べる事にした。だが、無事食事を取れたとしても、いずれ、ポァという音共に襲い掛かる悪臭により吐いてしまった。当然そうなれば、脱水症に兵士達も現れ、脱落する者も現れ始めた。
ある兵士は、自分の着替えの顔に巻きつけて口と鼻を覆い何とか匂いから逃れようとする。しかし、悪臭はまるで意思を持っているかのように彼らの鼻を襲った。
またある兵士は、ポァと言う音した瞬間、道から離れた場所の地面を土まみれになりながら剣で穴を掘り、その中にあらかじめ持っていた藁を入れて、そこへ頭を突っ込み、藁と土の匂いで何とか誤魔化そうとした。だが結局は、吐瀉物を入れる穴を掘っただけだった。
そして三日掛けて砦についた時、彼らは汚れ、疲れきっていた。
「一体何だ!何なのだ!これは!」
アルフォンスは叫んだ。来るべきは勇壮な援軍であり、目の前にいるような敗残兵ではない。
「一体何だ!何なのだ!これは!」
その姿を見たアルフォンスそう叫ぶと、すぐに物見櫓から降りた。援軍を率いていた上級士官に話を聞こうとしたのだ。
「うっ!?何だこの臭いは!」
だが、近寄酔った瞬間に思わず足を止め、手で口を覆った。
兵士達の体からは、汗や吐瀉物の匂い、それ以外の強烈な匂いが入り混じり、近づくのにすら躊躇うほど悪臭を放っていた。
アルフォンスは、鼻をつまみながらも何故その様な状態になったかを疲れきった上級士官聞くと、妖怪達への憎悪を新たに募らせた。
「ヒデェ目にあったぜ」
「ああ、でも、ようやくすっきりした。エルフのクソッタレ共め。この礼はタップリさせてもらうぜ」
小太り傭兵とのっぽ傭兵の二人が、砦の中にあった井戸で水浴びをする事が出来たのは、日が暮れてからだった。傭兵という事で、井戸を使える順番が後回しにされたのだ。季節が秋を通り過ぎ、冬に入っていたので水は身を切るように冷たかったが、そんな事より体に染み付いた臭いから少しでも早く洗い落としたかったので、迷う事無く二人は水を被った。
「それより飯だ。ようやくまともに食える」
「ああ。ここまでくりゃ…と。これ言っちゃ縁起がわりぃな。とっとと食って寝ようぜ」
少しやつれた二人は、パンとスープ、そして強い酒を野外に作られた天幕で受け取ると、適当に空いているテーブルに腰掛ける。既に他の兵士達は食べ始めている。どうやら二人が最後のようだった。
二人が、冷えた体を温める為に強い酒をぐいと煽った時、砦にポァという音が響いた。




