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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第五十二話 火攻め

正直、この時期にこの話を載せるのは、ちょっと…と思ったりもしましたが、予定通り投稿させていただきます。


大火事にあわれた、糸魚川の一刻も早い復興をお祈りさせていただきます。

 前線基地の建設が始まって数日が過ぎた。

 森の木々から殆ど葉が落ち、森の中に居ても空が見えるほどだ。日々だんだんと気温が低くなり、同時に空気がドンドン乾燥していく。

 毎日毎日、諍いが絶えない中、それでも前線基地の建設は進んでいた。整地が完了し、各種族毎の簡易宿泊施設が作られ、今は、砦を囲む塀と、物見櫓の建設をしている。


一応の責任者として犬神は、主にエルフとその他の種族との諍いの仲裁をしつつ気苦労の多い日常を過ごしていた。

 やれ、場所が悪いだ。エルフ達に宛がわれているスペースが狭いだ。獣人達のスペースをもっと遠くへやれとか、川から水を樋を使って引っ張ってきてを


他の種族のスペースと自分達のスペースの間に壁を作れだとか、上げだしたら切りが無い。

 エルフに関しては、サナリエンもエルフと他の種族との繋ぎ役として毎日がんばっているが、長年染み付いた他の種族がエルフより劣っているという価値観を変えるには至らない。

 

 そんなある寒い朝。犬神は、何かが燃えている匂いで目が覚めた。まだ、外の暗さから言って大体日の出くらい。朝食の準備にはまだ早く。篝火などとは、別の匂い。

「スンスン…これは…」

 犬と同じ頭部を持つ犬神は当然のように鼻が利く。それは普通の犬では嗅ぎ取れないような匂いですら嗅ぎ取れるほどだ。

 すばやく身支度を整えると、建設途中の物見櫓へと走る。

 物見櫓は、まだ四隅の柱が立っているだけなのだが、犬神は、一蹴りで立っている柱の一本へと上がる。視界には、葉を落とした木々の姿ばかり映るが、その奥に異常を見つけた。遠くにうっすらと煙が立ち上っているのが見えたのだ。それも広範囲にだ。ただことでは無い事は明白だった。

「こりゃぁやべぇ」

 そこから大きく息を吸うと、人が発したとは思えないような大声で叫んだ。

「起きろぉぉぉぉぉぉ!!人族が森に火を放ったぞぉぉぉぉぉぉ!」

 ドン!

 その爆音のような大声は、一瞬にして前線基地へと響く。もはやそれは音の爆撃。空気の振動が基地内を蹂躙する。

 寝ていた前線基地に居る者達が、全員飛び起きた。一気に前線基地内が慌しくなり、それぞれの宿営地から飛び出してくる。

「どうした!何があった!」

 逸早く自分のテントから飛び出したゴットスが、柱の上に立っている犬神を見つけて聞いた。

 他の面々も続々と柱の周りに集まり何事かと柱の上に居る犬神を見上げる。

「人族が森に火を放った!取り決めどおり、作戦を実施する!各員自分の仕事は分かってるな!エルフとダークエルフ達は、森の中に居る人族を探して仕留めろ!獣人達は、この前線基地の防衛だ!森に消火は俺ら妖怪が担当する!全員気張れよ!さもねぇと森がなくなるぞ!」

「おう!」

「よっしゃ!」

「カラス天狗!上がれぇぇ!」

「おら準備しろぃ!駕籠を出せ!」

「待て!」一同が火事に対し、準備を始めようとしたその時、エルフの一人が異を唱えた。

「それは本当なのだろうな見たところそれらしき煙はあがっては居ないし、燃える様な匂いも感じないぞ!」

 それを聞きとがめたのは隣に居たゴットスだった。

「てめぇ!犬神さんが嘘ついてるって言ってんじゃねぇだろうな!」

「見間違いという事もある!何処の物とも知れぬ者達を証拠も無しに信じられるか!」

「何を言っているの!こんな状況で嘘を言うはず無いでしょう!」

 慌てて起きて来たサナリエンが、傲慢無礼なエルフに詰め寄る。ちなみに今はエルフの代表としてきているシャーラは今前線基地周辺の警戒の為に外に出ている。異議を唱えたエルフは、シャーラが居ない間のエルフ代表代理だ。

 つまりエルフの押さえ役はサナリエンしか居ないのだ。

「ふん。どうだか…信頼性の劣る情報で我々エルフを動かせるとは思わないことだ!」

「そうだ!劣等種が!」

 無礼なエルフの横に居た別のエルフも同意する。

 あまりな言葉に、サナリエンの頭に血が上る。思わず殴りかかりそうになるが、その前にアオキがぬっと現れた

「ならば証拠があれば良いんだろう?」

「何だ!お前は!ふっふん!」

 その答えを聞いたアオキが空を指差した。

 それにつられてエルフの男が見上げるとそこには、砲筒のような物を構えたカラス天狗が翼を細かく羽ばたきながらホバリングしていた。

「あいつが持っているのはカメラだ。おーい!」

 飛んでいるカラス天狗は、犬神の消火作戦実施の号令を受けた瞬間に全力で空へと飛び上がり、火事が起こっている場所に対してレンズを向けていた。 そのレンズは、正に"大砲"と形容されるに相応しい長い望遠レンズをつけたデジタル一眼レフカメラ。遠距離からの偵察にうってつけという事で山ン本がマロ爺の部屋から強制的に徴発した物だ。

 アオキが声を掛けると、何枚も写真を撮っていたカラス天狗が地面へと降りてくる。

「何ですか?まだ、作戦に必要な写真を全部撮り終えてないんですが…」

「撮れた写真を見せてくれ。こいつらに見せる」

 カラス天狗はちらりとエルフ達を見るとそこで察したようにため息をつくと、一眼デジカメの再生ボタンを押して、モニターに今さっき撮った写真を表示させる。

 そこには火がフィフォリアの森に赤々と燃え、黒煙をあげながら広がっていく様子が克明に映っていた。

 カメラの力は、初日に説明され、実際に自分達の姿を写真に収めることによってエルフ達のもその力を知っている。

「わかったな?ならお前達のすべき事をしろ」

「ぐっうむ。証拠があればいいのだ!皆準備しろ!」


 その様子を柱の上から見ていた犬神は、大きな騒ぎにならなくてホッとすると燃えている森の先へと視線を向ける。

(妖怪の力!見せてやる!)

 それは、今日まで散々苦労させられたエルフに対するものか、それともこの森を燃やし尽くそうとしている人族に対するものかは、犬神にも分からなかった。

「しゃっ!」

 顔を両手で叩き、気合を入れなおすと、犬神は陣頭指揮を執る為に柱から飛び降りた。



 その頃、見回りに出ていたシャーラ達は、火事を察知し、現場へと来ていた。

「ああ!何て事をっ!」

 森は轟々と燃え上がり、黒々とした煙が広範囲から立ち上っている。森の動物達やモンスターは火から逃れようとわき目も振らずにシャーラの横を我先に通り過ぎていく。

 本来なら、すぐさま前線基地へと報告すべきなのだが、あまりのショックに立ち直るのに時間を要した。


 秋から冬に掛けての森は、空気が乾燥し、地面には、かさかさになった落ち葉が大量に堆積している。一度火が点けば、容易に森林火災を起こる危険な状態だ。

 森林火災になってしまえばその火災を消す事は現代地球でも難しい。消火ヘリや消火用の飛行機などを使って消火活動を行っているがそれでも広い範囲の森が焼け落ちる事もしばしばある。

 異世界の文化レベルでは、森林火災の消火など出来るはずも無く自然消火を待つことのみ。

 人族は、当然それを知っている。だからこそ火を放った。エルフは森でなら無類の強さを発揮するが、平地での戦いには不慣れである事を知っていた。だからこそ、敵のホームグラウンドである森を火で燃やし尽くしてしまおうとしているのだ。


 

「無理だ…これを消すなんて」

 前線基地から、現場へと出てきたダークエルフの男は、業火を目の前にして呆然と立ち尽くして呟いた。

 この森で長く生きてから分かるという話ではない。ただひとたび前に立てば誰でもわかる。猛然と木々に燃え上がる炎。粘菌がその版図を延ばすようにじりじりと木葉の絨毯を燃やしていく様。目にした者達は、こんなもの人の手でどうこう出来るものでは無いと本能的に悟る。

 この場に来ていた、他のダークエルフやエルフ達も同様の思いを抱く。


 抱いていないのは、異様な姿をした一団だけだ。

「っかー!盛大に燃えてやがるな!こっち燃えてきたぜ!」

 そう言ったのは、法被にふんどし一丁の一人の鬼だった。手には、大きな青竹のはしごと、鳶口を持っていた。その姿は江戸時代の火消しの姿そのものだ。

「おうよっ!で?首尾はどうよ?」

 その鬼は地面にはしごと鳶口を突き刺すと、炎の前に腕を組んで仁王立ちして、後ろで待機している同じ格好をした鬼に聞いた。

「今、牛鬼やらシュテンやらには連絡した。後は俺達で時間稼ぎをすればいいだけだ」

 巻き上がる炎を目の前にして妖怪達は、より一層やる気をみなぎらせながらこれからの作戦の打ち合わせを始める妖怪達。その様子を信じなれない様子で他の集落の面々が見ている

「おっお前ら。これをどうにか出来ると思っているのか!どう考えても不可能だろう!というかその格好は何だ!」

「こんな物。地獄の炎に比べれば何ぼのもんじゃい!それにこの格好は火事場の正装よ!文句あるかっ!」

 その問いに対し、法被にふんどし一丁の鬼は、怒鳴るように答えた。

「それよりお前ら!何ボケッと突っ立ってやがる!やる事は山ほどあるんだ!絶望してる暇なんぞない!仕事だ仕事!」

 法被を着た鬼は、呆然としている者達に発破を掛けた。



「「えっほ!えっほ!えっほ!」」

 その頃、火事の現場へ向かう為に、砦から二丁の駕籠と一人の鬼が出発した。

「…何であたしがこんなことしなくちゃならないの…シクシク。あたしは不幸だわ…」

 駕籠と入っても黒塗りの豪華なものではなく竹と木を組み合わせて作られた山駕籠と呼ばれる駕籠だ。この駕籠には竹で編んだ屋根はあるが、座席を囲む壁は無い簡素な駕籠の事だ。

 二つある山駕籠の一つに白装束の何かジメッとした女が座っていた。女は駕籠の天井から吊り下げられている縄に捕まりながらめそめそと泣いている。

 そこへ後ろの駕籠に乗っていた番傘の傘の部分を頭に被った小僧が前の駕籠に乗る女に聞こえるように大声で言う。

「雨姐さん!僕達が大活躍するチャンスなんですよ!そんな事言っちゃだめです!活躍すれば、男前な方がきっと見初めてくれますよ!」

「本当?」

「へっ!誰がお前みたいなしみったれた女を嫁にしたいと思うさね」

 そこへ駕籠の後ろを走っていた鬼が持つボロ番傘から声がした。

骨傘(ほねからかさ)さん!そんな事いっちゃダメですよ!」

「なら雨振り小僧お前は、こいつと結婚したいと思うのかよ?」

「あっ!それは無いです。無いです」

 雨降り小僧にとって大事なことだったのだろう。彼は二度繰り返した。

「うぁああああああああああああん!」

 雨降り小僧の見も蓋も無い返しに、とうとう女が泣き出した。同時に土砂降りの雨が降り始めた。

「おいおい。雨女。雨降らすにゃちーっとばかし早ぇぞ」

 会話から分かるとおり三体の妖怪は雨を操る事の出来る妖怪だ。

「だって~!」

 これから森林火災をどうにかしようと言うには、どうも気の抜けた一行だった。

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