第五十一話 同盟成立
レゴラス村長の告白により、あれだけごねていたエルフ陣営もおとなしくなり、フィフォリアの森で始めての多種族同盟が成立した。
その名もフィフォリアの森同盟。何の捻りも無い名前ではあるが、今は時間すら惜しかった。
同盟の内容はゆるく"攻めてきた人間をこの森から追い出すまで協力しましょう"といった簡単なものだ。
とはいえ、エルフとその他の種族との溝は深い、特にエルフ獣人は協力すら無理だった。それでも何とかお互いの邪魔はしない、干渉しないという約束をするので精一杯であった。
元々そこまでの共闘を期待していなかった山ン本は、それで良しとした。山ン本にとっては、この森の者達が協力して外敵を排除したという前提が欲しかっただけだった。
人族を攻めるに当たり、山ン本は、森の外延部に近いあたりに全種族が共同で使用する前線基地となる砦を建設する事を提案した。現在のそれぞれの集落は、外延部からは遠い。徒歩で行くなら徒歩で数日はかかる。人族の行動に際し前線基地は必須であった。
ここでもエルフ達(主にカサール)が、森の木を切る事に難色を示したが、ここで人族を止めなければ、その森すら失われるとマリリエンに説得されると簡単に了承させる事が出来た。説得できた事に説得したマリリエン自身が驚いた位だ。
それ程、エルフにとってレゴラス村長の告白は衝撃的だったのだろう。話し合いの途中でマリリエンと山ン本、それとゴットスの参謀役であるロッカスが目を合わせると、頷きあった。
「では、前線基地の建設場所ですが…」
まるで浴びせるように前線基地の建設に関する諸々を決めていく。もちろんエルフ達にとって不利益になるような事を決めているわけではないが、正気に戻ってごねられる前に決められるものをとっとと決めてしまおうとしたのだ。
お陰で、前線基地の建設については特に何の問題も無く決まった。
精霊魔法が得意なエルフは、対象の場所の整地や木の伐採を、森に精通し隠形などが得意なダークエルフは、前線基地周辺の警戒を、あやかしの里と獣人は、建設する職人と前線基地に詰める兵兼作業員を出す事になった。やろうと思えば、その全てをあやかしの里で賄う事が出来たが、戦後を考えての事だった。
決めるべき事をさっさと決めると、それぞれの集落へと帰っていった。
山ン本が、里に帰るとすぐに住民達に囲まれた。
気の早い妖怪はもう、甲冑を着込み、戦が始まるのを今か今かと待ち望んでいる物すらいる。
里では戦仕度は済み、出陣を前に盛り上がっていた。
帰ってきた山ン本を見るとすぐに出陣かと問うほどに。
「気が早いですね。さて、同盟を組む事には成功しました。これでようやく人族に対して攻勢に出る事が出来ます」
「ああ、やっとか…長かった。もっと手っ取り早く出来なかったのか?」
「仕方がありません。この里の掟ですから…」
「でも変わりに、皆さんには、これから存分に働いてもらいますよ。早速ですが、予定していた通り、明日先発隊を出発します。何か問題はありますか?」
「無いぜ!号令さえあれば今日にも出れるぜ!」
今回の先発隊を指揮する犬神が勢いよく言った。
「会議に参加したサナリエンさんも一緒に行くんですから 出発は明日ですよ」
「聞いたな!野郎共!今日はゆっくり寝て明日出発だ!興奮して眠れなくなって寝坊なんかすんじゃねぇぞ!」
「「「ウッス!」」」
「あ~っふ。じゃ野郎共!出発するぞ!」
「おお~!!」
翌日、眠そうにあくびをしている犬神を先頭に三十名ほどの先発隊が出発した。先発隊は犬神をリーダーにエルフとの繋ぎにサナリエン、その護衛役としてアオキ。他には作業に必要な妖怪達だ。
先発隊の目的は前線基地の確保と建設の下準備。本当なら建材も持って行きたかったが、目的地までの道は当然無い。
道を作ってしまえと思えるのだが、人(妖怪)の手によって作るには距離が遠すぎ、でいだらぼっちに道を作ってもらうのが一番なのだが、そうするとでいだらぼっちの荒魂を刺激し、傍若無人の荒神になってしまう。
でいだらぼっちは、人間の間では広く妖怪だと思われているが、実際は神に近い存在だ。それゆえに和魂と荒魂と言う二つの顔を持っている。
簡単に言えば、和魂は、穏やかな側面で、荒魂は、荒々しい側面。通常のでいだらぼっちは和魂の状態なのだが、他所から影響を受けやすいでいだらぼっちは悪意や戦意などに晒されるとすぐに荒魂の側面に引っ張られてしまうのだ。
そうなったら最後、海も大地も天すらも割る手の付けられない凶悪無比な荒神になってしまう。だからこそ、でいだらぼっちは、神主によって厳重に封じされているのだ。
友好の為に三つの集落を結ぶ道を作ったように、最前線へ道を作る事は出来ないのだ。
それゆえに先発隊は、道なき森の中を歩かねばならない。荷物を大量に運べる大八車など使えるはずも無い。妖怪達はそれぞれの体にあった背負子を背負い、それに荷物を満載して出発した。
カマイタチと網切が先行し、行軍に邪魔になる下草を刈って簡単な道を作り、そこを犬神達が歩く。
カマイタチは、その名の通り、いたちの様な姿をした妖怪だ。三匹ワンセットで行動する妖怪で、先頭のいたちが人を転ばし、真ん中のいたちが倒れた人を斬り付け、最後のいたちが、斬った傷口に薬を塗るという、はた迷惑な妖怪だ。
網切の姿はたとえるなら、足の無い蠍又は、足の無いザリガニと言った姿をしている。主に蚊帳や干している網を切る、こちらも人間にとってはた迷惑な妖怪だ。
冬に近づき、枯れ草が茂る森をシュバッ!バチバチ!と駆け抜けながらカマイタチと網切が鼻歌交じりで凄い速度で藪を切り開いていく。その速度は、犬神達が歩いているのと変わらないくらいの早い。
カマイタチたちも、里の領域の外に出れるというので嬉しいのだろう。楽しそうに森を駆けている。
この行軍には髪切りという妖怪も参加を要請していたのだが、髪切りは「自分は髪しか斬らん!」と言って今回は不参加だ。
二日後、妖怪達は、太陽が頂点にある時に前線基地の予定地に到着した。
まだ、ほかの集落の人員は着ていなかった。
「おし、俺達が一番乗りだな。じゃあ荷物置いたら出来ることから始めるぞ!」
「「「おう!」」」
そこは、人族の砦から程よくはなれ、尚且つ近くに川が流れている場所だ。しかも足の踏み場の無いほどに鬱蒼と藪が生えている。あまり、前線基地を建設するには、見えない。
だが、そこはカマイタチと網切ががんばった。人族の砦のあるほうの藪は残して、一気に草を刈っていく。カマイタチが藪を駆け抜けると、1メートル程の幅で藪が面白いように倒れていく。さすがに低木や木そのものは切れないが、低木は網切自慢のはさみでバチンバチンと切っていく。後は、
アオキや他の手が空いた物は、既に切り開かれた場所に生えている木を切る為に斧を振るっている。伐採は本来エルフの仕事だが、時間があるなら仕事は速めに始めた方が良い。一応サナリエンに切っていい木を確認してから伐採している。
切った木は、そのまま前線基地の建材に、根っこは、後に来る来るエルフ達の精霊魔法によって取り除く予定だ。
一通り用地を確保して、自分達が使用する部分の
「モンスターだ!殺せ!」
その時、網切達が草刈をしているあたりから、妖怪達には聞き覚えの無い声が上がった。
同時に枯葉の吹き飛ばしながら、しゅるりゅると蛇のように体をくねらせて出てきた。草刈をしていた網切が草を藪から、「ひゃぁ!俺はモンスターじゃねぇよぅ!」と叫びながら慌てて逃げ出してきた。
犬神達が居る方に向かって逃げてくる網切の脇の地面にドスッと矢が突き刺さる。
網切を追うべく、ガサガサと藪を突っ切って出てきたのは、殺気だったエルフ達だった。慌てたのは、サナリエンだ。アオキと一緒に行っていたテントの設営を放り出して、網切の前に出る。
「待って!」」
藪から出てきたのは、サナリエンと一緒に人族の作った包囲網から脱出した先輩戦士のシャーラだった。
「退きなさい!…あっ!?えっサナリエンじゃない!えっ?それっ?モンスターじゃないの?」
「彼らはモンスターじゃないわ!あやかしの里の妖怪よ!
そういう間にも網切は、サナリエンを追って来たアオキの後ろへと隠れる。
「違うわよ!奇妙な姿をしてるけど、れっきとしたあやかしの里の妖怪よ!あやかしの里から渡された図鑑を見てないの!?」
「えっと…あっ」
シャーラは、村に呆然として戻ってきたカサールにより、他の集落と共同で人族に対抗する為に一緒に拠点を作る事は聞いていた。同時に見慣れぬ材質で出来た本を渡されたのだが、その本の内容からてっきりそれはモンスターの図鑑だとシャーラは、思っていたのだ。それが、あやかしの里の住人達である事は、自失していたカサールは伝え忘れていたのだ。
アオキのさらに後方にはその様子を呆然と見ている他の魑魅魍魎。シャーラの後ろからは、また別のエルフが藪を越えてやって来た。エルフの戦士ほどではないが、戦えると判断されたエルフ達だ。
あやかしの里の一同を見て、その奇奇怪怪な姿から思わず弓を引いてしまった。
武器を向けられて平然としているほど妖怪達はお人よしでは無い。戦意が高まっている事もあり、手に持った鎌や斧を構えつつエルフ達を睨みつける。
「だから待って!彼らは敵じゃないって!」
そこへさらにゴットス率いる獣人のグループと、ドトル戦士長率いるダークエルフのグループが現れた。
「何だ!」
「何をしている!エルフ共!」
妖怪とエルフがお互いに武器を向け合っている状況を見た瞬間、ゴットス達は、妖怪達と並んでエルフに向かって武器を構える。
「まって!誤解なの!」
それを見た、サナリエンが真っ青になりながら声を張り上げる。
ドトル戦士長もこれはまずいとエルフと妖怪達の間に入る。
「おいおい、エルフの。これは一体どういうことだ?エルフは早速同盟を反故にするってのか?」
シャーラは、さすがにサナリエンと獣人とドトルが妖怪達を庇った事により、ようやく網切やアオキ達がモンスターでない事を信じた。
「…すまない。新種のモンスターかと思ったんだ」
シャーラ弓を下ろした。だが、他のエルフは、いまだに弓を下ろさない。
「…お前達も弓を下ろせ!彼らは味方だ!」
それに気付いたシャーラが怒鳴りつける事でようやく、他のエルフは、不満そうな顔で弓を下ろした。
(…こいつらと一緒にやんなきゃなんねぇのかよ。はぁ)
その騒ぎを見ていた犬神は内心ため息をついた。




