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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第四十八話 妖怪帰る。ついでに宣戦布告

 マロ爺とカクが外に出れば、そこには既に兵士達が取り囲んでいた。全員がマロ爺達に武器を構えている。

 マロ爺とカクは、そんな中を恐れることなく、堂々と歩いていく。そこへ、マロ爺の威圧が解け、優男の仮面を剥ぎ取られ、憤怒の表情を浮かべたアルフォンスが荒々しく天幕の入り口の布を弾き飛ばして出てきた。

「優しくしておけば付け上がりおってこの蛮族が!貴様には、まだまだ聞く事がある!帰れると思うなよ!」

 既にマロ爺の周りには大勢の兵士達が取り囲んでいる。明かりは、篝火程度しかない為、兵士一人ひとりの顔は見えないが、そこかしこから戦意がマロ爺たちに向けて放たれている。

「フン!」

 マロ爺は、軽く見回すと、それがたいした事が無いと鼻で笑った。

「爺!何がおかしい!」

「おうおう。これが笑わずには、おられるかい!たかがこの程度の人数で、このマロ爺様を止められると思ってんじゃあねぇだろうな!」

 啖呵を切ると、どっかと肩に掛けていた箱笈を地面に置き、堂々と仁王立ちした。

「ウキャキャ!」

 カクも、マロ爺の横に立ちながら手をアルフォンスの方に向けてクイクイッと曲げて挑発する。

 サルにまで馬鹿にされた事により、アルフォンスの顔は真っ赤を通り越して青ざめ始める。周囲の兵士達もいきり立ち、マロ爺達に罵声を浴びせる。

「もういい。捕らえる必要は無い。殺せ!」

 兵士達がその命令に従い一斉に動き出そうとした時、マロ爺を囲んでいた兵士達の外からドカンと言う音と共に兵士が一人が平行に飛んできた。

「うぁあああああ!」

 それは、ボーリングのピンの様にマロ爺達を囲んでいる兵士達を薙ぎ倒すとようやく止った。

 兵士が飛んできたほうを見るとそこには右手に愛用の金砕棒を持ち、左肩に布でくるまれたぐったりとした人を抱えたアオキと、何故か、大きな袋を担いでいるアザミが立っていた。そして倒れた人でできた道の真ん中を、堂々と通ってマロ爺と合流する。

「マロ爺!お待たせ」sssss

「何、そう待ってはおらんよ。それに、退屈はせんかったからな。アオキはいいとして…アザミは何を担いでおるんじゃ?」

「これ?酒場で飲んでたら色々貰っちゃったの。捨てるのももったいないでしょ?」

「おぬしも、ようやるのう」

 アザミの手管に呆れたマロ爺は、肩をすくめた。一方中身が気になるのか、カクは、アザミに近づいてパンパンと袋を叩く。

「ウフフ。美しさって罪よね~」

 大きな荷物を背負いながらもアザミは器用に身をくねらせる。

「おぬしの場合、作ってるだけじゃろう」

「何か言ったかしら?」

 笑顔で邪悪な気配を纏い始めたアザミに、兵士に囲まれたとしても怯まず、啖呵を切ったマロ爺が思わず怯む。

「何もありませんですじゃ。それより、アオキの方はっと…」

 顔を背け、逃げるように話題を変えるマロ爺だった。アザミの隣に立っているアオキ見上げると、布に包まれてた人から、うめき声と不快な匂いを感じた。余程ここでの待遇が悪かったのであろう事が伺える。

「五体満足って感じでは無いのう」

「ええ、応急的な治療はしたけど結構酷いわ。いろいろな意味で…」

「色々な意味…。考えたくも無いのう。人は何処の人だろうとそうは変わらんか…悲しいと思うべきか嬉しいと思うべきか」

 アザミからの報告を聞いて顔をしかめるマロ爺。

「そっちは?」

「予定どおり、交渉決裂じゃ。いやはや、テンプレートな下種でな。面白くなって色々話してしまったわい」

「それにつき合わされたカクさんもお疲れ様ね」

「ウキャ!」

 カクもやれやれだといった感じに両手を持ち上げながら首を振る。

「じゃがそのお陰で有益な情報を得られたじゃろうが!」

 マロ爺達が簡単にお互いの状況を報告しあっている間に、態勢を立て直して、再び包囲を完成させたアルフォンス達が降伏勧告をした。

「それは、私達が捕虜にしたエルフだな!今すぐ地面に下ろして投降しろ!今なら、女は、助けてやるぞ」

 どう聞いても降伏勧告ではないが、一方マロ爺達は、かなり余裕だ。

「あらヤダ。私ったら罪な女ね。世の男達が私を求めて群がってるわ!」

「真実を知ったらドン引きじゃろうて…」

 マロ爺が小さく呟いた。

「何か言ったかしら?」

「おや、幻聴でも聞いたんじゃないかのう?」

 そんな漫才じみた会話をしているのに憤慨したアルフォンスが怒鳴る。

「貴様ら我々を馬鹿にしているのか!」

「そうじゃが?」

 やれやれ何を今更と言った雰囲気でマロ爺がアルフォンスをチラ見しながら言い返すと、アルフォンスの我慢の限界を超えた。プッツーンと何かが切れたような音が

「こいつらを殺せ!絶対に生かして返すな!こいつらを殺した奴には、一人に付き金貨十枚を出すぞ!行け!」

「おおおおおおおおおおおおおお!」

「俺の金だぁ!」

 それにより、一気に士気を高めた兵士達は、我先にとマロ爺たちに向かっていく。

「あら、がっつく男はモテないわよ」

 アザミはそれを見ながら怪しく笑うと、掌から青白い炎を浮かび上がらせる。その腕を軽く横に振ると青白い炎が放たれた。妖弧の得意とする妖術狐火だ。狐火は、空中で円弧状に広がって行き、アザミを中心に円状になる。

「うおう!止れ!止れ!止れ!火だ!火だ!」

 突然燃え上がった地面に驚き、猪突から一転ブレーキをかける。当然、金貨は欲しいが命は惜しい。マロ爺たちに殺到していた兵士達は、突然現われた見慣れない炎に一斉に多々良をを踏む。闇夜に、青白い炎に兵士達の引きつった顔が浮かび上がる。

「それがどうした!これでは貴様らも逃げられまい!弓を持て!射殺してやる!」

 青い炎の範囲内に入れないといっても、マロ爺達が敵兵に囲まれていると言う事実は変わらない。ジョッシュがすぐさま天幕から弓と矢筒を取ってきて

アルフォンスへと手渡す。

 渡された弓を構えると、マロ爺に向かってすぐさま射た。矢は、アザミの作り出した狐火の壁を突き抜けて、マロ爺へと向かう。

 マロ爺は、その向かってくる矢を見ても動じず、にやりと笑ってすらいる。

(当たる!)

 一方矢を放ったアルフォンスは、その矢の軌道からマロ爺の頭へと当たる事を確信する。その軌道に何もなければ、その通りマロ爺の頭に矢が突き立っていた事だろう。

 だが、それはアオキが無造作に振った金砕棒によって防がれた。キンッ!と澄んだ音を立てて矢は、暗闇の空へと高く弾き飛ばされる。

「ッ!」

 20mも離れていない位置から放たれた矢を、いとも簡単に叩き落すなど、アオキには朝飯前だ。それにエルフの使っている弓より、人族使っている弓は弱いらしく、アオキもサナリエンの矢のほうが早いと思っていた。

 顔を真っ赤にしたアルフォンスが何本もの矢を射掛けるが、その尽くを金砕棒で弾き飛ばす。

 そんな時、特にアルフォンスに注目すらしていなかったアオキが、不意にアルフォンスを見ながら言った。

「そこ。危ないぞ」

「何を言っ…!?」

 ザン!

 アルフォンスの目の前に真上から矢が落ちてきた。それは、最初にマロ爺に向けて放った矢だった。

「ひっ!」

 自分の目の前に落ちてきたものが矢であった事に怯えたアルフォンスは、思わずその場に尻餅をついた

「アルフォンス様!」

 すぐさまジョッシュがアルフォンスを支える。が、そのアルフォンスの情けない姿は、殆どの兵士達に見られてしまった。彼の顔色が、憤怒の赤から屈辱の赤へと変わった。

 それを見たマロ爺は、満足そうに顔をゆがめると周りをゆるりと一瞥しながら宣言する。

「覚悟せよ人間達よ!貴様らは、ワシらフィフォリアの森に住む妖怪と敵対した!」

 しゃがれてはいるが、不思議とよく響く声で、マロ爺は布告する。一見人族にしか見えないマロ爺が何を言っているかと目を丸くする。

 だがその時ドロンとアザミとアオキの姿が煙に一瞬消える。そして出てきたのは、頭に角の生えたアオキ。そして立派な九本の尻尾と狐の耳を出し、着崩した和服姿の妖女の姿へと変わったアザミが姿を現す。

「オーガに獣人だと!?」

 アザミが前に出て腕を振った。すると、マロ爺たちを囲んでいた狐火が一気にその範囲を広げる。

「うぁあああああああああ!」

 炎に巻かれると思った兵士達は、逃げ出そうとし、ソレが無理な者は顔を手で覆った。同時に強風が吹き荒れ、篝火が消される。炎による頼りない明かりだったとは言え、明るいところから一気に真っ暗になった兵士達は簡単にマロ爺たちを見失う。

 周囲が闇に染まる中、マロ爺の不気味な声が木霊する。

「しかと心得よ!我ら妖怪!物の怪よ!おるぞ!おるぞ!闇に!影に!その心に!ワシら妖怪がっ!貴様らに恐怖を教えてやろう!眠れる夜をくれてやろうぞ!ヌフハハハハハハハハ!」

「明かりを!火をつけろ!早く!」

 アルフォンスが慌てて指示をだし、消えた篝火やたいまつに兵士達が火をつける。

 だが、兵士達の中心に居るはずのマロ爺たちもその姿を消していた。しかも、アザミが放った青い炎の痕跡すらない。

「えっ?」

 その時兵士達の表情は、正に狐に摘まれた様な表情だった。

 それはアルフォンスも同様で、自分をコケにした者達が、囲いを意図も簡単に抜け出した事を理解すると、見る見るうちに顔を引きつらせる。

「なっ!あの下等生物共は何処へ逃げた!門を閉じろ!絶対に逃がすな!探せぇええええええええ!」

 混乱している兵士達に向かって怒声と飛ばした。


 慌しくなった砦の中をアオキとアザミが悠々と走る。あの程度の囲みなど、アオキにとっては低い生垣のようなモノだ。ひょいと足に力を込めれば容易に飛び越せる。暗くなった時に荷物とマロ爺、そしてカクさんを担ぐと悠々と兵士達の上を飛び越えて包囲を突破し、砦の出口へと走っていた。アザミも同様に飛び越え、アオキに併走している。

「この世界でも人間は相変わらずじゃのう」

「うーきー」

 マロ爺は、アオキに抱えられながら楽しそうに言った。まるで変わっていない事を何故か喜んでいるようだった。同意するようにアオキにしがみ付いているカクも頷いている。

「そうねぇ。酒場でもみんな私の美しさにほだされちゃって、かわいいものだわ」

 酒場での出来事を思い出しながらアザミも頷く。

「早く帰ろう。…楽観できる状態ではない」

 一方、今まで殆ど無言だったアオキが言う。アオキにとって人が前の世界と同じだろうが、変わっていようが関係ない。

「あらあら、はやくサナちゃんにお父さんを届けてあげたいのね。妬けちゃうわ」

「違う」

「うふふ。分かっているわよ。アオキは、ただ友達が悲しんでいるのが嫌なだけよね」

「さて、ここの包囲も解かれたからさっさと帰るとしよう。皆首を長くして待っているからのう」

「ええそうね」

 特に苦もなく砦を脱出すると、アオキ達は、あやかしの里へと帰還した。




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