第四十三話 サナリエンの覚悟
サナリエン達三人は、無数のモンスター達に追われながら、森の中をひた走る。何とか森の中に入る事が出来たが、森の中にはまだまだ大量のモンスターが蠢いていた。
ゴブリン、オーガ、フォレストウルフ、平時であれば簡単に倒せるであろうモンスター達も、数を持ってすれば森の守護者たるエルフであろうとも屠る事は出来る。そのため、サナリエン達は、自分達の前に現れる必要最低限のモンスターだけを倒していた。一刻も早く、森の外で起きた出来事を自分達の村へと伝えなければならない。
「サナリエン右!」
「クッ!道を開けろ!」
茂みの中から飛び出してきたフォレストウルフに向けて容赦なく矢を放つ。放たれた矢は、フォレストウルフの頭部へと深々と突き刺さり、その命を奪う。フォレストウルフの体から力が抜けバランスを崩し、襲い掛かってきた勢いのまま、サナリエンたちに向かって地面を転がる。
「急げ急げ!私達を脱出させた戦士長達の犠牲を無駄にするな!」
自分達の下へ転がってきたフォレストウルフの死体を飛び越えながら、この場にいる最年長のエルフであるシャーラが激を飛ばす。
サナリエンたちの逃走劇はそれから、数時間続いた。
「はぁはぁ。ここで…一旦…休憩するぞ」
「りょ了解…」
「わかり…ました」
モンスター達からの追撃を逃れたサナリエン達は、木と茂みに囲まれた、小さな広場を見つけた。彼女達は、その広場にたどり着くと崩れ落ちるように腰を下ろした。全員が木に背中をあずけ、はぁはぁと息を吐く。
座り込むと、今まで緊張によって隠されていた疲労感がドッとサナリエン達を襲う。まるで自分から根が生えたかの様に動く事が億劫になっていた。
そして、しばらくその場には荒い息遣いの音しかしなかった。
「これからどうなっちゃうんだろ…」
ようやく息か整ってくるとリーマリエンがポツリと言った。一息ついたことで、一気にこれからの事が不安になったのだ。
三人は、既にボロボロだった。全身のいたるところに、木の枝を避け損なって出来た切り傷や、モンスターの攻撃を避ける為に転がった時の擦り傷が出来ている。エルフにとって森で移動する時にこの様な傷を作るのは本来不名誉なことだ。だが、それすらも気にする事が出来ないほどに追い詰められていたのだ。
「決まっている。村にこの事を報告し、村長達の救出作戦を行う」
逃走している時に体についた木葉や、枝を落としながらシャーラは言う。膝を抱えて座っていたリーマリエンが叫ぶように言った。
「でも、戦士長や先輩達もいないんだよ!」
「それでもやるしかないの!エルフの誇りに掛けて!村にはまだ、長老達やみんながいる。それにあいつらが森には入れば、まだ勝機はあるわ!」
それは、サナリエンにはシャーラが自分自身に言い聞かせているように聞こえた。シャーラも不安なのだ。
「もう息も整ったでしょ。さぁ行くわよ!一刻も早くこの事を村に伝えないと!」
シャーラは、不安に思う気持ちを断ち切るように立ち上がりながら言った。これ以上これからの事を考え不安のループに嵌まるより、体を動かして余計な事を考えないようにした方が良いと判断したのだ。
「わかった」
それに続いてリーマリエンも立ち上がる。だが、サナリエンは何かを考えているように顔を俯いた状態にしたまま立ち上がらなかった。一向に立ち上がらないサナリエンに業を煮やしたシャーラが語彙を強めて言った。
「サナリエン立ちなさい。早く行くわよ」
その声に促されたようにサナリエンは立ち上がった。しかし、立ち上がったサナリエンから予想だにしなかった言葉が放たれた。
「私は村には、行かない」
一瞬何を言っているのか分からないといった顔をしたシャーラとリーマリエンだったが、サナリエンの言った事を理解するとシャーラが怖い顔をした。
「こんな時に冗談は止めなさい。私達には時間が無いのよ」
「…私は、このままあやかしの里に行く」
サナリエンの声と瞳には、決意が篭っていた。
「は?」
「そして、彼らに助力を頼んでくる」
「ちょちょちょまってよ。そんな事一回の戦士が決めていいことじゃないわよ!そういうのは長老…」
「長老達は絶対、他の集落の助力を得ようとはしないわ。面子にこだわってね。…でも、はっきり言って今回の件は私達だけじゃ対処できないわ!」
サナリエンは、リーマリエンの言葉を遮って強く言った。
「分かってるの?その独断専行は、下手したら村への反逆と取られ、村から追放されるわよ?」
「いいわ。帰っていた場所がなくなるよりはマシよ」
怖い表情でシャーラがサナリエンを睨んだ。その視線には殺気すら感じさせる。
「…はぁ。なら行くといいわ」
だがシャーラは突如表情を崩し、ため息混じりにそういった
「本当にいいの?シャーラ!サナリエン!行っちゃダメだよ!」
サナリエンのあやかしの里行きを認めたシャーラに驚いてリーマリエンが聞いた。エルフにとって村からの追放とは、死刑に次ぐ罰だ。その罪を犯そうとしているサナリエンを止めるのは当然だ。
「今の私達に、サナリエンを止める為に使う無駄な体力は無いわ。…けど、いい?サナリエン。私は、この事を長老達に包み隠さず報告するわよ」
「覚悟の上よ」
「…そう。なら好きになさい。リーマリエン、行くわよ」
シャーラは、最後にサナリエンをじっと見つめ、その覚悟を確認すると、リーマリエンに声を掛け背を向けた。そして、森の中へと駆けて行った。
リーマリエンは、出発してしまったシャーラと、立ち止まったままのサナリエンをきょろきょろと交互に見ていたが、シャーラの背中が森の木々で見えなくなりそうになると、シャーラを追いかけるために駆け出した。
「あたしには良くわかんないけど、じゃーね!サナリエン!元気で!」
最後に後ろに振り向きながら去っていった。
サナリエンはそれを軽く手を振って見送ると、決意を込めた表情でシャーラ達が駆けて行った方向とは別の方向。あやかしの里のある方へと駆け出した。
あやかしの里では、これからの事を話し合うためにエルフ以外のフィフォリアの森の各集落の代表が集まっていた。
あやかしの里からは、山ン本とマロ爺、テルポス村からはゴットス、ダークエルフの村からは、ダークエルフの村の村長とドトル戦士長だ。
場所は何時もの座敷、今回は六人と言う人数なので大きいちゃぶ台を囲んでいる。議題は、もちろんエルフについてだ。
話し合いは、ダークエルフの村長の自己紹介から始まった。
「改めて自己紹介させていただく。ダークエルフの村、フォレント村の村長をしているマリリエンじゃ」
「お嬢ちゃんみてぇなちびっ子とは…」
ゴットスが、驚いたようにマリリエンを見つめる。それもそのはず、ダークエルフの村長は、どう見ても幼い少女にしか見えなかった。浅黒い肌に、ヒスイ色をした瞳、それに金髪のロングヘアーをアップに纏めている美少女だ。
「わしはこう見えても齢500年を超えておる。口には気おつけるんじゃな坊主」
「おっおう」
幼女らしからぬ鋭い目つきでゴットスを睨みつける。その迫力に思わず返事をしてしまうゴットス。だがそんな中…。
「ええのう。かわええ、お嬢ちゃんじゃのう!お嬢ちゃん!饅頭食うか?」
そんな中で、マリリエンの隣に座っていたマロ爺だけは相変わらずであった。顔をほころばせ、孫をかわいがるお爺ちゃんのように甲斐甲斐しく世話をしたがる。そしてとうとう、マリリエンの頭を撫でようと手を伸ばす。
「だから、わしを子ども扱いしないで欲しいのじゃ!齢500年と言っておろう!」
その反応が気に入らないマリリエンは、手を払いのけながらマロ爺に怒鳴る。だがそれでもマロ爺にとっては、微笑ましいしぐさでしかない。
「何言うとるんじゃ齢500年なんぞ。まだまだ子供よ」
「えっ?」
マリリエンが今まで自分の年齢を告げると大抵の者は恐縮するか、冗談だと笑うかだった。だが、正面からマリリエンの年齢を信じ、尚且つそれでも子ども扱するというのは、経験した事が無かった。
それもそのはず、マロ爺の年齢は当に千年を超えている。それに妖怪には、幼い姿で齢数百年なんて存在はざらだ。なので、たとえ齢500年だろうと、マロ爺にとっては、子供と言う認識にしかならない。というか、マロ爺相手に子供扱いされない存在など殆どいない。里の長である山ン本ですら、口うるさい中学生ぐらいの孫程度の認識なのだ。
「この反応!新鮮でええのう。めんこいのう!マリリンちゃんは!」
思わず固まったマリリエンに感動したマロ爺は、相好を崩してマリリエンの頭をなでる。
「私の名前はマリリエンじゃ!勝手にわしの名前を縮めるな!」
マロ爺の手を払いのけちゃぶ台に手を着き、マリリエン膝立ちになり顔を真っ赤にして抗議するが、マロ爺の表情は変わらない。
「名前を略したりするのはな、ワシらの中ではあだ名と呼ばれておってな、親愛の証なんじゃ。マリリンちゃん。遠慮なく受け取ってくれ」
「マリリンって言うな!」
マリリエンの横では、ドトル戦士長が、腹を抱えた状態で横に倒れ、ビクビクと痙攣していた。
ダークエルフの村では、小さいながらも威厳溢れる姿を何時も目にしていたマリリエン村長が、マロ爺に完全に翻弄されている姿にドトルの腹筋が崩壊しかけているのだ。それでも尊敬している村長なのでせめて笑い声を上げないように必死に耐えているのだが、それのせいで余計に自分を苦しめている。
「いい加減にしてくださいマロ爺。マリリエンさんはダークエルフを代表する方なのですよ。それにそろそろ今日集まっていただいた議題について話し合いをしたいのです」
そこでようやくマロ爺の横でお茶を飲みながら"我関せず"を押し通していた山ン本が救いの手を差し伸べた。これ以上あのやり取りを続けたらドトルが本気で危ないと判断したのだ。
「仕方ないのう」
今までのやり取りで一応満足したのかマロ爺はあっさりと引いた。マリリエン村長は、「フンッ」とマロ爺から顔を背けるがその様子すらマロ爺にとってはご褒美だった。
「さて、そろそろ今日の本題と行きましょう。今後のエルフ族との付き合い方について。誰か意見はございますか?」
開口一番口を開いたのは、難しい顔をして腕を組んでいたゴットスだった。
「あいつらの事はほっといて、俺達だけで仲良くやっとけばいいじゃねぇか?おお、それとももしエルフ達が俺達の集落のどれかにちょっかい掛けて来たら、協力してぶっ倒すって事なら喜んで協力するぞ!」
エルフから直接敵対行動を取られたテルポス村の代表としては全うな意見だった。
それを聞いたドトルが、何とか立ち直りかけていた体を押して、ちゃぶ台に手を突き、這い上がるように体を起こした。
「おい…おい…。いきなり…物騒な…話は勘弁してくれ。この森で…無益な血を流すのは、ご法度だ」
まだ腹筋が痛いので、途切れ途切れではあるが、ゴットスの意見に異をとなえた。
「まぁそういう条約を結ぶのも悪くは無いんですが…。そう言えば、副村長であるロッカスさんはどうしたんです?こういう話なら、彼のほうが適任でしょう?」
「アイツか?あいつは…」
ゴットスが、山ン本の問いに答えようとした時、庭にボロボロの姿になったサナリエンが飛び込んできた。そして開口一番叫んだ。
「お願い!助けて!」




