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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第四十話 人族到着

「来ました!人族の集団です!西です!」

 木の上に上っていた村で一番目の良いエルフの戦士が叫んだ。

 エルフ達は、村に最低限の戦士を残して、それ以外の全員がフィフォリアの森の外延部まで来ていた。人族が来る位置は、行商人から受け取った手紙に書いてあった。

 レゴラス村長は、戦士を先行させ、その場所の周囲に罠が無い事を確認させた。万が一にもし、人間が先行して来ており、罠を仕掛けておいた場合を警戒したのだ。

 罠が無いことを確認したレゴラス村長は、エルフの戦士達を二つの班に分けた。一つはレゴラス村長を直近で護衛する班。もう一つは森の外延部に潜ませて、いざと言う時に人族を攻撃する班だ。サナリエンは森の外延部に潜む班に配置された。

 レゴラス村長は、人族に呼び出されて待つことになるのは屈辱的だとは思ったが、もし遅れて行って人族が森に入ってくるのは、それ以上に我慢がならなかった。


 人族発見の知らせを受けたエルフの戦士達は一斉に、臨戦態勢へと移行した。

 


 森から見える、丘の向こうからゆっくりと人族の集団が姿を現した。人族の数は大体20人ほど、全員が馬に乗り、旅装用の茶色いマントを羽織っていた。顔はマントについているフードによってみえない。その一団の中には、エルフの村まで来ている行商人の姿もあった。

 それを見たレゴラス村長は内心ほくそ笑んだ。例え騎兵だとしても20人ほどの戦力では、森に隠れている人数も合わせて50人になる自分達に叶う戦力ではない。たやすい交渉になりそうだと。

「そこで止まれっ!我々はこの森を管理するエルフだ!用無くば、この森から立ち去れ!」

 レゴラス村長は、話し合いのイニシアチブを取る為に、精霊魔法を使って大声で話しかけた。すると、その大声に驚いた馬達が暴れ始めた。一団は、その暴れる馬達を宥めると、代表者と思われる男が大声で返した。

「我々は、以前行商人に手紙を渡した者だ!獣人達の受け取りに来たっ!」

「そうか!だが、残念ながら獣人達はいないぞ!」

「何故ですか!エルフ達は、我々との盟約を破るのですか!」

「あの様な手紙一つで我々が軽々しく動くか!それに、あの手紙には、不明瞭な点が多々ある!それを明らかにせねば、我々は動かぬ!」

 相手が軽々しく動いてた事を、知らないのをいい事に、いかにも自分達が気付いたと言う風に語る。

「…我々の間で情報の齟齬があるようですね!我々は、貴方たちとの交渉を提案する!」

「ならば、馬を降り、武器を持たず、ここまで来るがいい!代表者一人でだ!」

 その一言に、人族の一団がざわめく。だが、リーダーと思われる男が収めると、馬を降り、従者と思われる男にマントと腰に帯びていたブロードソードを預ける。

 マントの下には優美なエングローブがふんだんにあしらわれたプレートメイルを身に着けていた。それだけ見ても彼がそれなりの財力を持つ貴族の出である事がやすやすと想像できる。

 部下はそれに反対したが、彼が無理やり押し付けた。従者はそれでも反対するが、その男は反論を封じた。

「わかりました。私が、そちらに参ります!なので、我が従者達には危害を加えないで欲しい!」

 そして男は歩き出した。男は黄金色に輝く髪に、水色の瞳を持った見目麗しい男だった。もしここにマロ爺が居たとしたら「白皙の王子様じゃの」と評しただろう。エルフの中でも早々に見ない美男子だった。

 その男は一人、ニコニコと笑いながらレゴラス村長の前まで来ると、跪き恭しく頭を下げながら言った。

「これはこれは、ご機嫌麗しゅう。エルフの長殿。私は、今回の件で全権を任されている。グランエス王国で貴族をしております。アルフォンス・ド・ドヴェルと申します」

「私は、エルフの村で村長をしている。デミレフの息子、レゴラスだ。アルフォンス殿。面を上げられるが良い」

「これはこれはレゴラス閣下にお迎えしていただき恐悦至極にございます」

 そう言うとアルフォンスは立ち上がり、握手をするつもりで手を差し出した。だが、レゴラス村長は差し出された手をちらりと見ただけで、その手をとる事は無かった。

「おべっかはいい。本題に入ろう」

 握手を無視されたアルフォンスは、肩眉をピクリと動かすと手を引いた。

「これはこれは失礼しました。噂に違わぬ質実剛健。このアルフォンス敬服のきわみにございます。…で我々が出した手紙に疑問点が多々ある事ですが…。それには、とてもとても深遠な理由があるのでございます閣下。どうか我々にその理由を説明する猶予を頂きたい。さすれば、我々があの様な手紙を出さざるをおえなかった理由を必ずやエルフ様方に理解してただけると、確信しております」

「ふん。明確な理由をもらえると嬉しいのだがな。では最初に」

「もちろんです。それは…」

 楽な交渉だと、レゴラス村長は思った。現に今回の件の代表だという人族は、うやうやしく挨拶した。彼は、これならばさほど時間が掛からずにこちらに有利な条件で交渉を終えられるだろうと高をくくった。


 だが、そんな事は無かった。


 何せ、アルフォンスは、獣人達の国が落とされ、奴隷になった経緯、それに奴隷となった獣人達の生活、それに対するグランエス王国の対応等を微に入り細を穿つが如く、それプラス重箱の隅を突きながら、レゴラス村長達に説明するのだ。もちろん自分達に都合の良い内容で。


 端的に彼らの言い分を纏めると、自分達の国は獣人の国に攻められ、致し方なく防衛戦争を行った。その結果勝利する事が出来た自分達は、野蛮な獣人に公正の機会を与える為に奴隷にし、生活すべての面倒を見てきた。だが、獣人達は、彼らの罪を許し、そこまでして尽くした自分達を裏切り、彼らの面倒を見ていた心優しき兵士達を殺し逃げ出したのだそうだ。それを、延々と数時間に渡って朗々と語った。それはまるで独り舞台の様だった。

 最初は、相手の情報収集をかねて、真面目に聞いていたエルフ側陣営だったが、なかなか交渉の本筋に行かない事にだんだんと苛立ちが募る。


 それは、森で交渉の様子を見ているサナリエン達も同様だった。いや、実際に交渉の矢面に立っているレゴラス村長達より、人族の動きに敏感に警戒している彼女達の方がひどい。エルフの戦士の中には集中力が切れ始めた者もいる。

「くっ。一体どれだけ手間取ってるんだ。村長達は!獣人達の人数聞いて、改めて引き渡しの日取りを決めるだけじゃないか!」

 草むらに伏せた状態でずっと警戒しているエルフの戦士がうめいた。サナリエンも木の上で隠れながらも頷く。

「知らん。だが、俺達は交渉が終了するまで気を抜かず見張るしかない。…とはいえ、これだけ長引くとはな…。仕方が無い。トリット、カマリエン、トリエンの班は、一旦下がって少し休憩しろ。残りの者は、監視を継続する。三班の休憩が終わり次第、後退で休憩に入る」

 部下の消耗を感じ取った、サイラス戦士長が休憩を指示する。だが、その願いは叶わなかった。

「背後にゴブリンだ!」

「何だと!こんな時に迎撃しろ!」

 下がって休憩を取ろうとした戦士の一人がモンスターを発見したのだ。戦士長が振り返ってみると、そこには確かにきょろきょろとしながら不用意に歩いているゴブリンが一体居た。

「了解!」

 発見したエルフの戦士は、命令に従い即座に弓を構え、矢を放つ。エルフの戦士の放つ矢は、ゴブリンに悲鳴一つ上げることを許さずに突き刺さり、その命を奪う。トサリとゴブリンの倒れる音がするが、その程度の音では、森の外で話し合っている…いや、一方的に話しているアルフォンスには聞こえないだろう。

「驚かせやがって」

 咄嗟のことに驚いたが、サイラス戦士長は、無事ゴブリンに対処出来た事にホッとした。


 だが、事態はそれ以上に深刻だった。

「ゴブリンの集団を発見!」

「こっちもゴブリンの集団を見つけたぞ!」

「フォレストウルフも居るわ!」

 森に伏せているエルフの戦士達が次々とモンスター発見の報告が上がる。それは、時間と共に増して行った。

「どうなってる!最近は、妖怪の奴らのお陰で森のモンスターの数は減っているはずじゃなかったのか!」

 この時までは、ギリギリ森の縁で耐える事が出来ていた。

 その時、最悪の報告が上がった。

「オーガだ!何だってこんな時に!」

 オーガの咆哮と一緒に。


 ウゴァアアアアアアア!!!!

「何だ?何が起きている?」

 突然のオーガの咆哮に、アルフォンスの説明(?)をイライラしながら聞いていたレゴラス村長達は、思わず森のほうへ振り向いた。

 今まで、朗々と歌っていたアルフォンスも、歌うのを止めた。

「この咆哮…オーガです!」

「こんな森の端でオーガだと!?」

 内心レゴラス村長は少しだけホッとしていた。この様な緊急事態ならば、あの長ったらしい説明を聞かずに済むと。

 レゴラス村長は一旦交渉を中止し、森から出てくるオーガの対処に当たる事を告げようとした時、突然ドスッ!と言う音がすぐ傍から聞こえた。

「なっ!?」

 音のした方を見ると、つれてきたエルフの戦士の胸から短い矢が突き出ているのを目撃した。

「ガハッ!」

 矢が刺さったエルフは、血を吐きながら前のめりになりながら倒れた。

 レゴラス村長は一瞬何が起きたのか分からなかった。

 ビシュンビシュンビシュン!

「ぐっ!」

「ぎゃっ!」

 短い矢が、次々と飛来し、レゴラス村長の護衛をしていた戦士達に突き刺さる。

 そしてとうとうその矢は、レゴラス村長の右太ももを貫いた。

「ふぐっ!?」

 倒れこんだレゴラス村長は何とか顔をあげ、矢が放たれた方を見た。そこには、エルフ達が見たことの無い。弓の付いた機械を構えた人族が居た。

 もし、ここに妖怪達が居たら、その武器を"ボーガン"だとすぐさま分かっただろう。だが、それを知らないレゴラス村長はそれが何を意味するが分からない。分かるのは、それによって放たれた矢で自分達を攻撃したという事だった。

「まったく。ようやくですか。これだから無能は…」

 声をした方を見れば、先ほどまで、朗々と語っていたアルフォンスが酷薄な笑みを浮かべながら立っていた。

「貴様ぁ!」

 腕を使って体を持ち上げようとするレゴラス村長。だがそんな村長に対して、さらにボーガンから矢が放たれる。

「ぐっああああああああああああ!」

 放たれた矢は、レゴラス村長の残った四肢に突き刺さり、彼を地に這わせる。

 そんなレゴラス村長をニヤニヤと笑いながらアルフォンスは呟いた。

「さぁエルフ狩りを始めようか」


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