第三十九話 急変
その日も、エルフの上層部は、頭をつき合わせてあやかしの里とテルポス村がやっているはずだと思っている悪事を暴く方法を延々と話し合っていた。
そもそもやっても居ない悪事を証明する事は不可能であるのに。
今日も会議の内容が踊り始め、無為な時間が過ぎていく。
そんな時、会議室の扉を叩く者が居た。
「村長」
「どうした」
「行商人が来ました」
「それがどうかしたか?いつもどおりだ。あいつが持ってきた物を受け取り、対価を渡して帰ってもらうだけだろう?」
それくらいの事は分かっているだろう?とでも言う風に報告に来たエルフの若者に言うが、どうも様子がおかしい。
「それが…フィフォリアの森に一番近い街の領主から手紙を預かってきたと」
「手紙だと?…ならば行商人をここに呼べ」
「分かりました」
呼ばれた行商人は、会議場に入ると、すぐさまその場に跪き、頭を床にこすり付けるように頭を下げた。もしその様子をあやかしの里の妖怪が見たら、見事な土下座だったと評しただろう。
「いと尊き方々の御前に、卑しき人族である私めを、お呼びいただき、真にありがとうございます。ご機嫌如何でしょうが?」
行商人の態度は度を越してへりくだったものだった。商売相手の対する態度としても、その様な態度は行き過ぎている。だが、会議室に居るエルフ達は、それを当然の態度だと思っていた。
「それで、手紙と言うのは?」
レゴラス村長は、フィフォリアの森を大きな荷物を担いで来たであろう行商人を労う事も無く、早速用件に入った。
「はい、私めがエルフ様方にお譲りさせていただいている商品を購入している街を治める人族の長より、いと尊き方々への手紙をお預かりしております」
そういうと、頭を下げたまま、行商人は懐に手を入れると上質な紙で出来た封筒を取り出し、献上するようにレゴラス村長の方に差し出した。
「おい」
すると、行商人を案内してきたエルフが、行商人から封筒を受け取り、村長へ差し出した。
レゴラス村長は封筒を受け取ると、それをしげしげと観察した。
封筒には赤い封蝋が垂らされ、差出人であるエルバルト家の家紋が押されていた。エルバルト家といえば、グランエス王国の中でも由緒ある貴族であったのだが、そんな事は気にすることなく、レゴラス村長は手紙を無造作に開ける。
そして、手紙を読んでいく。
エルフは、基本的に独自の文字を持っているが、レゴラス村長や長く生きているエルフは、グランエス王国で使われてる文字の読み書きは出来る。
「フハハハハハハハハ!」
レゴラス村長は、その手紙を読み終えるといきなり笑い出した。いきなり笑い出した村長に、何事かと長老達がざわめく。
「どうしたのだ?何が書いてあったのだ?」
内容が気になったひとりがレゴラス村長に聞いた。
「ククク。やはりあの獣人共は、"森に仇為す者"であった」
その言葉の意味が分からなかった長老達は顔を見合わせて首を傾げる。
「さぁ、戦士達を集めろ!獣人共の村へと向かうぞ!」
レゴラス村長は、勢い良く立ち上がりながらそう言った。
「ヒビキ姉ちゃん!それずっこいよっ!」
「何言ってんだ。これも立派なテクニックだぜ!ほれイ~チ。ニーイ!」
ヒビキは、テルポス村へと遊びに来ていた。あやかしの里に居ても、アオキは毎日モンスター狩りに出かけたり、作られた塩田の手伝いに行くなど、忙しくしており、ヒビキの相手をしてくれないので暇だったからだ。本人は、子守のボランティアだと言い張っているが、その姿はどう見ても一緒になって遊んでいるだけだ。思い立ったが吉日と朝一に里を出る暴走牛車朧車に飛び乗って遊びに来たのだ。
「チクショウ絶対抜けてやる!」
ヒビキは、ガキ大将よろしく子供達を集めると道具を使わない影踏み鬼などの日本の古い遊びを村の子供達に教えた。ただ、天邪鬼であるヒビキは、それぞれの遊びで必須のテクニックや、知識を教えず遊んだ。その為、ヒビキは村の子供達に連勝し続ける。数百年生きた鬼の癖に大人げが無さ過ぎる。一緒に遊んでいる子供達も文句を言いつつも、ヒビキに教えられる遊びが面白くて一緒に遊んでいた。
それに最初に気付いたのは、ブラウンの犬耳を持つ獣人の子供だった。かすかな何かが森の中を進んでくるガサガサと言う音。そして、かぎなれない生き物の匂い。しいて似ている匂いを上げるなら。お祭りの時にチラッと見たエルフの女の人の匂い。
「お姉ちゃん!何か来るよっ!」
それらを感じたその子は、すぐさま声を上げる。この村の子供達は、何かしら異変を感じたらそれが、どんな些細なものでも近くに居る年長者。この場だと、ヒビキ。に報告するように教育されていた。ヒビキはすぐさま指相撲と中断した。
「どっちだ!」
「あっち!」
子供の指差した方を睨みつけると、ヒビキは精神を集中する。すると何かを感じ取ったのか、ヒビキは叫んだ。
「お前ら!村に居る大人呼んでこい!非常事態だ!武器を持ってこさせろ!行けっ!!!」
「お姉ちゃんはっ!?」
「いいから行け!鬼を舐めんじゃねぇ!」
それを聞いた子供達は弾かれたように一斉に村に駆け出した。
一人その場に残ったヒビキは、着ていたパーカーに手を突っ込み、侵入者が来るであろう方向を睨みつける。
にわかに村が騒がしくなり、子供達の報告を聞いた獣人達が武器を持ってヒビキのいる場所へと集まってくる。その中には、偶然テルポス村へ技術指導に来ていたダークエルフのフューリも居た。
テルポス村についた時、エルフの戦士達は、困惑した。
予定としては、テルポス村の村人を一人捕まえて、代表者を呼び出し、その者に住人たちを集めさせ、その後、全員捕縛する予定だった。
だが、最初の取っ掛かりから予想外の事態が起きていた。エルフ達が、テルポス村に到着すると、そこには既に武装した獣人達が武器を構え、待ち構えていたのだ。
「どういう事だい?エルフの旦那方。そんな物騒な物ぶら下げて、テルポス村に何か用かい?」
そして、獣人達の先頭に立っているのは、現在この村に狩りの指導員としてやってきていたフューリだ。村長であるゴットスは、塩田の方へ視察に言っている為不在、その為、フューリの隣には、副村長であるロッカスが立っていた。
ロッカスは、ゴットスの存在が大きいため目立たないが、熱血漢で冷静さに欠けるゴットスを良くフォローしており、村人からも信頼されている人物だ。
逆の隣には、何故かヒビキが、腕を組んで、いかにも重要人物でございといった風情で立っている。一応説明しておくが、ヒビキは、あやかしの里でも、このテルポス村でも特に何の権限も持っていない一般妖怪だ。ロッカスはその事を突っ込みたかったが、エルフが出てきてしまい、其のタイミングを逃してしまった。
エルフの戦士達の先頭を歩いていたレゴラス村長は、忌々しそうにヒビキ達を見て一瞬眉をひそめるが、すぐに気を取り直して口を開けた。
「何の御用でしょうか?エルフの方々」
だが、それに先んじて、一番前に居たロッカスが言った。
機先を制された、一瞬気色ばむがレゴラス村長は、尊大な態度で言った。
「フン、貴様らが、"森に仇なす者"である証拠が"来た"!よって我々は獣人達の排除を開始するっ!」
レゴラス村長から放たれた言葉に、テルポス村の獣人達がざわめきだす。しかし、そんな中、ロッカスが動揺する村人達を一喝した。
「落ち着け!私達は、森に仇なす者と断定される事を絶対にしていない!」
その後、村人達が落ち着くのを確認するとレゴラス村長を真っ直ぐ見つめて聞いた。
「ほう?証拠ですか…。それも"出た"または、"見つけた"でもなく、"来た"と?ご説明いただきたいが、よろしいか?」
「そうだ。これだ」
レゴラスは、懐に手を入れると、行商人から受け取った手紙を取り出した。
「手紙…ですか?」
差し出された手紙を見て、それが何故獣人達を"森に仇なす者"と認定する証拠となるのか、ヒビキやテルポス村の獣人達には分からなかった。
「そうだ!これは、グランエス王国から送られてきた手紙だ!これには、こう書かれている。"我が国より逃亡せし獣人奴隷がフィフォリアの森に入ったと報告があった。フィフォリアの森とは、不可侵の条約が結ばれている。だが、我が国の財産である奴隷を不正に隠匿するのであれば、"お互いに相手の不利益になる行動は取らない"という条約の違反により、我々は懲罰と奴隷の奪還の為、フィフォリアの森へと侵攻する。しかし、逃げ込んだ奴隷を全員引き渡してもらえるのなら、侵攻はしない"と!貴様らが居ると汚らわしい人間共がこの森の来るのだ!これが、森に仇なす事で無ければ何と言う!」
グランエス王国の名前を聞いてテルポス村の村人達は、恐怖に包まれた。グランエス王国に捕まり、酷いことをされ、無理やり働かされてきた記憶がよみがえり恐慌状態に陥る寸前にまで村人達を追い詰める。ロッカスも、危機的状況に歯噛みする。フューリも、グランエス王国の通達に唖然としている。
そんな中、唯一平然としていたのがヒビキだ。ヒビキは一人考え込むと、疑問の声を上げた。
「ふ~ん。で?その全員ってのは何人だ?」
この場所に来ていたエルフ達は、その質問を聞いてヒビキをあざ笑った。そしてレゴラス村長が答えた。
「はっ?これだから、下賎な輩は…。全員とは、この村居る獣人ども全員のことだ。それくらいの事も分からないほどに妖怪とは馬鹿なのか?」
だが今度はその答えを聞いたヒビキが大笑いした。
「プッ!クハハハハハッ!馬鹿なのはどっちだよ!マヌケなエルフ共!アハハハハ!」
「何がおかしいっ!?」
「ほんっ当に馬鹿だな、お前らは。その人間共の言っている"全員"とお前らが言っている"全員"が同じだと思ってるのかよ?」
「何ィ?」
「俺は親切だからな、馬鹿なエルフにも分かるように教えてやるよ。もし、うまくやって、この村の獣人達をとっ捕まえて、その人間共の前に連れてったとするじゃん?で、その人間共が数が足りんとでも言ったらどうすんの?」
「何…だと!?」
そこでようやくレゴラス村長は、ヒビキの言わんとしている事に気が付いた。人間の手紙には、逃げ出した獣人達の人数が書かれていない。仮に獣人達を連れてったとしても、それが本当に全員なのかは、来た人間達の胸三寸なのだ。足りないと言いがかりを付けられても、それを否定する事が出来ない。
「お前らはな。汚らわしいとか言っているくせに。その実その人間どもに良い様に使われてんだよ!どうせ馬鹿だから、獣人達を追い出す理由になりそうだったからその手紙を碌に調べもせずに、張り切って出張ってきたんだろうけど。プクク。高貴なエルフ様は、ただの人間に踊らされた使いっぱしりでしたってか?あひゃひゃひゃ!こりゃ傑作だ!」
ヒビキは、溜まらんとおなかを抱えて地面の上を転がりながら大笑いする。その姿を見たエルフ達が顔を真っ赤にして怒り出す。
「貴様ぁ!!!!!!」
ヒビキの挑発に我慢の限界が来たレゴラス村長は思わず弓を構えた。だが、向けられているヒビキは、逃げもせずに立ち上がると、ニヤニヤと笑いながら、それを正面から見据える。そして、矢が放たれそうになった瞬間、村に大声が響いた。
「そこまでじゃ!」
話のストックが切れたorz




