第三十三話 その頃、彼女は…
山ン本達が、エルフ達に指定された場所で話し合いをしている頃、サナリエンは、エルフの村に居た。
「一体何考えてるのよ!お父様はっ!」
サナリエンは、自分の部屋の真ん中で叫んだ。そして、熊のように部屋の中をぐるぐるぐるぐると歩く。まだ彼女の折れた左腕は、完治しておらず、現在も添え木を当てて固定されている。
現在彼女は、自宅での謹慎を命じられていた。表向きは、大地震が発生した時に里に直ぐ帰還せず、勝手に判断して異界の森に入った事による罰。
だが、真の理由は違う。サナリエンが、あやかしの里の事を擁護したからだ。いや、擁護と言うには語弊があるかもしれない。サナリエンは自身の見てきた事を分析し、エルフの長老達に端的に報告した。
彼らは、異様且つ多種多様な種族が共生している集団である。
彼らは、個別に奇妙な習慣などが有るが、極めて文化的且つ理性的生活を行っている。
彼らは、個人に対する好悪はあるが、派閥的不和は見られない。
彼らは、仲間意識が強く、連帯感を持っている。特にオーガと似た鬼という種族は、オーガ以上の力と知力があり、集団行動すら行う。
彼らの多くは特殊な能力を持っているものが多く、その姿からは、真の力は計り知れない。
七日ほどあの里で過ごしたが、里の全てを見せられたわけでは無く。きっと彼らは、更なる力を持っていると思われる。
もし敵対すると成れば、たとえ優秀なるエルフだとしても、大きな損害を覚悟する必要がある。
よって、彼らと敵対するのは、得策とは言えず、まずは、彼らとの対話してみるべきと。
だが、長老達は、サナリエンの報告を一笑し、すぐさま、あやかしの里を排除する方法を模索し始めた。
それを怪我の痛みをこらえながら、サナリエンは反論するが、長老達は、それを半ば無視して議論を深めていく。中には穏健派のエルフもいるにはいるが、どうしても長老達の中では序列が低い。長老会の流れを変えるには力不足だった。
サナリエンが更に声を張り上げて反論するが、とうとうそれが、長老達に勘気に触れたのだろう。自宅謹慎を命じられ、他のエルフの戦士達の手によって自宅へと強制送還されてしまった。
サナリエンは、エルフの戦士達により、完全に家を包囲され、こっそり出て行く事すら出来なくなっていた。
自分の力では、どうしようもない所まで来てしまっている事に苛立ちを覚えながら、意味もなく部屋の中を歩き回るサナリエン。そんな時、サナリエンの部屋の閉じた窓から、近くに居るエルフの戦士達の会話が聞こえてきた。
「なぁ聞いたか?新しく森に来た連中の話」
「ああ、あの大地震の時に来たっていう連中だろ。オーガとか、鳥っぽい獣人とか、緑色の肌をした奴とかが一緒に暮らしてるって言う。本当かね?特にオーガが他の種族と共存してるってのが信じられねぇよな」
「それなんだけさ。長老達は、そいつらの排除を決定しているみたいだ。だけど一応、猶予期間を設けて、その間に出て行くなら、排除しないそうだぜ」
「何その猶予期間って。今までそんなこと無かったろ」
「一応サナリエンを助けてた恩を返したんだろ。長老達は慈悲深いなぁ。俺だったら問答無用で排除しろって言うよ」
(なんですって!?)
その話を聞いて、サナリエンは青ざめた。
サナリエンにとって最悪の事態だった。もし、争いが始まったらサナリエンはエルフの戦士として全力を尽くして戦うだろう。誇りあるエルフであるサナリエンにとってそれは当然の事だ。それが相手がアオキ達だったとしても…。
だがそれが、したい事かどうかは別だ。
(どうしよう!?このままじゃ戦になっちゃう)
アオキ達は、お互いに尊重しあって生きていた。
実際に、あやかしの里で暮らす事で肌で感じた。妖怪達が自分達の住んでいる里を、愛している事を。もし、その里を奪おうとするものがいたら、彼らは全力で抵抗するだろうと。
(でも、まだ間に合う!何とか長老達を説得しないと!)
サナリエンは自身の部屋のベットのサイドボードに置かれたあの櫛を見ながらそう思った。
数日後、サナリエンの左腕は驚くほど早く治癒し、もう添え木が必要ないほどまで回復した。しかし彼女は、無力感にさいなまれていた。
窓からは、話し合いという名の宣告に向かう村長と一部の長老達が意気揚々と旅立つのが見えた。
ベットに座り、右手に持ったアオキから貰った櫛を見つめていた。
(ダメなの。もう戦うしかないの?)
だが、結局サナリエンは何も出来なかった。謹慎が解かれる事は無く、何度も家から抜け出そうと試みようとしたものの、家の周りをがっちりと固められていた為、挑戦する事すら出来なかった。
食事を届けに来る戦士や、仕事を終えて帰ってきた村長である父親に話そうとしても無しの礫だった。
気がつけば、あやかしの里に使者がたち、あれよあれよと言う間に、話し合いの日になってしまった。
サナリエンが気がつくと、既に日が暮れてきていた。サナリエンは思いもよらず自分が長く呆けていた事に驚いた。
(嘘!もうそんなに経ってたの!)
慌てて窓の外を覗き込むと、ちょうど長老達が帰って来た所だった。
だが、様子がおかしい。行きはあれほど、意気揚々と出て行ったのに対して、今はイラついている様だった。カサールなど話し合いの結果を聞きに来たエルフの戦士達に怒鳴り散らしている。
(どういう事?話し合いの結果は?)
カサールの様子から、話し合いが長老達の望んだ結果にはならなかったのは容易に想像できた。
(…でも何故?)
だが、その理由については、考えてもサナリエンには分からなかった。とはいえ、何かしらしそうな妖怪には心当たりがあった。
(きっとあの腹黒がどうにかしたのね。お父様が帰ってきたら話を聞かなくちゃ)
サナリエンは持っていた櫛を、サイドボードに置くと、気合を入れた。
「話し合いはどうだったの?」
「仕事から帰ってきた父親に最初にかける言葉がそれか?我が娘よ」
マントを脱いで、壁から突き出る枝にかけ、苦笑しながらレゴラスは文句を言った。
やはり、村長という立場にあっても自分の家の中では娘に甘くなるのか、集会場で見せた威厳ある姿は無く、一人の父親に戻っていた。
「あら、ごめんなさい。お帰りなさいませ。お父様。…カサール様が、イライラして当り散らしていたから、話し合いは失敗したと思うんだけど…」
レゴラスは、リビングにある椅子に疲れたようにどっかりと座る。サナリエンは水がめに入っている水をひしゃくでコップに注ぐと、父親に差し出した。
「ありがとう。んっく。ああ、やられた。あいつらは、ダークエルフと獣人と手を結んでいたのだ」
「獣人はともかくダークエルフともですか?」
個人的にサナリエンは、ダークエルフ達を苦手としていた。基本的に彼らは自由奔放で気分屋のところがあり、生真面目な性格をしているサナリエンとは馬が合わないのだ。
とは言え、あやかしの里の妖怪達との衝突が回避されて、内心ホッとしていた。
「ああ、あの劣等種共め…」
レゴラスは、コップの水を飲み干すと、忌々しそうに言った。
「劣等種って、彼らもこの森のエルフです。ただちょっと精霊魔法が苦手な人達だけど、悪い人達じゃないわ」
「あのちゃらんぽらん共が、我々が奴らを"森に仇なす者"と断じたのに反対しおったんだ。馬鹿者共め!しかも、もし、我々が一方的に異郷の者と獣人に排除行動ととった場合、我々エルフを"森に仇なす者"とまで言いおった」
「私達が"森に仇なす者"!?」
その言葉は、サナリエンにとって衝撃的だった。森の掟を遵守し、守護してきた自分達にとって何たる侮辱か!とサナリエンは憤慨した。だが、話し合いの内容を詳しく聞くと、そんな怒りは霧散した。
エルフが行ったのは、話し合いですら無い、ただの退去勧告。しかも拒否した場合は、その場に来ていた代表者を殺す為に罠すら張っていた。
逆に、山ン本とダークエルフに対して感謝の念すら浮かんできた。もし、山ン本が約定どおり5人だけで来ていたら、ダークエルフが、止めてくれなければ、あの場に居たエルフの戦士達の殆どが帰ってこれなかったではないだろうか。
エルフの村に帰ってきた時から燻っていた自分の村に対して感じた不信感が、少しずつ燃え始める。
(変だわ。昔からお父様はダークエルフを苦手としていたけれど、劣等種なんて言ってなかった。どうしてこうなってしまったの?)
「…そうですか。では、エルフとしては、これからどうするのですか?」
「決まっている!奴らの行動を監視し、"森に仇なす者"だという決定的な証拠を掴み、あのダークエルフどもに叩きつけてやるのだ!その後、あの忌々しい妖怪と獣人共をこの森から排除するのだ!そして、元の森を取り戻すのだ!」
「…分かりました。では、私が監視役としてかの里に参りましょう」
「何を言っている。堂々と監視役と名乗る者が近くに居るのに、"森に仇なす者"の証拠など出さぬだろう」
「それが狙いなのです。もし私が監視役と名乗り、近くにいれば、彼らは私を警戒して尻尾を出さないでしょう。では、私が近くにいなければ?」
そこで、レゴラスも娘の言わんとしている事が分かった。
「…そうか、奴らの目をサナリエンに集め、それ以外の所で油断してボロを出した所を押さえるのだな」
ニヤリと笑うレゴラス。
「はい」
(まぁ。あの男がその程度で尻尾を出すとは思えないし。そもそも掟を犯すような事をするようにも思えないけれど…)
サナリエンは、山ン本のあくどそうな笑顔を思い浮かべながら思った。
(何とか、お父様達にアオキ達が危険な存在…というか、下手に敵に回してはいけない相手だって理解させないと…それには時間が掛かるとは思うけど。今度こそ私が何とかする!)
サナリエンは一人、決意を胸に気合を入れた。




