第三十二話 ことなかれ
ダークエルフ達がエルフに対し、「理不尽な理由で妖怪及び獣人達を"森に仇なす者"とするならば、俺達ダークエルフは、お前達エルフを"森に仇なす者"として排除対象とする」と言うのは、少なからず山ン本達にも衝撃を与えた。
ここにダークエルフ達を連れてきた理由は、幾つか意図があったが、その中に第三者に見られた状態で理不尽な事を言う、又はすれば、その第三者からの評判が地に落ちる。その様な事はエルフも避けたいだろうという思惑があった。
仮に、エルフ達との戦の状態になったとしても、エルフの理不尽な言動を知れば、最悪エルフとダークエルフが手を組んであやかしの里に襲ってくるという状況を避けられると思っていた。だが、山ン本の予想を超えて良い方へと転がっていた。
「貴様ら正気か!我らエルフに盾突こうというのか!」
「何時からてめぇらエルフが俺達ダークエルフより上になったんだよ!ふざけんなっ!」
いつの間にか、妖怪とエルフの話し合いが、ダークエルフの戦士達とエルフの戦士達の罵り合いへと変わっていた。
双方ともだんだんと殺気立って行き、これはまずいと山ン本が感じた時、ドゴン!と言う音が広場に鳴り響いた。
全員が音の発生源を見れば、アオキが、テーブルに手をめり込ませていた。
アオキの意図を感じ取った山ン本は、静かになった所でゆっくりと、それでいて大きな声で言った。
「今は私達妖怪とエルフとの話し合い場です。ダークエルフの皆様の宣言はありがたいと思います。しかし、まだ私達と彼らの話は終わっておりません。ダークエルフの皆様には、言いたい事もあろうと思いますが、今しばらく待っていただけませんか?」
「っ!そうだったな。出すぎたまねをした。すまない」
はっと我に返ったドトル戦士長は、山ン本に頭を下げた。
「いえ、我々を思って言って下さった事。感謝はすれど、不快になど思いません」
そこで、山ン本は、正面に座っているレゴラスに向きな直った。
「では、レゴラス殿、話の続きをしましょうか」
「…ああ、そうだな」
「改めて、言いましょう。私達の要求は一つです。私達が、この森で生きる事を認めてください。対価として、食料や酒を支払います」
「それは出来…」
「認められない場合、我々とダークエルフ、そして獣人と敵に回して戦をするという事でよろしいか?」
その瞬間、山ン本からブワリと覇気の様な物が噴出した。この場に居た者達全員が、その覇気に当てられ硬直した。
今まで、傲慢に振舞っていたカサールも、その覇気に顔を真っ青にし、冷や汗を流した。
長い、長い沈黙の後、苦りきった表情でレゴラス村長は発言した。
「…分かった。認めよう」
「レゴラス殿!?」
その発言に驚いたカサールが声を上げるがレゴラス村長は無視した。
「だが、我々は、貴様らが"森に仇なす者"だと思っている。それにドトル戦士長!」
「何だ?」
「こいつらが、"森に仇なす者"だという証拠があるのなら、排除してもかまわないのだろう!」
「ああ、その場合は我々ダークエルフも排除に喜んで協力しよう」
ドトルは、頷きながら言った。
「…では、次に対価として私どもから出す酒や食料の量や、輸送について…」
山ン本は、この森で生きる事を認められた対価の話に移ろうとした。だが、レゴラス村長の返事は一言だった。
「いらぬ」
「は?」
「そんなものはいらん!毒でも盛られたら溜まらんからなっ!」
カサールは、レゴラス村長の言わんとしている事を吐き捨てるように代弁した。
「そうですか。こちらとしては、ありがたいですがね」
しかしそれは、むしろ妖怪側にとっては好都合だった。その分の物資を、ダークエルフとの交易や、獣人などの援助に回せるからだ。
「だが、心しておくが良い。貴様らが僅かでも、森に仇を為したのならば我らエルフは全力を持って貴様らを排除する。」
そういうと、レゴラス村長は立ち上がりながら山ン本を指差した。だが、その程度では山ン本には痛くもかゆくも無い。ただ飄々と返すのみ。
「ご自由に。では、私達の話し合いは終わりましたね。お疲れ様でした」
「いやぁ退屈な話し合いじゃったなぁ」
そう言うと、山ン本とマロ爺はちゃっちゃと立ち上がり、今までのやり取りで完全に蚊帳の外に置かれていた獣人達のほうへと歩いていった。
そしてあっけに取られていたゴットスの前に立って言った。
「では、今度は、あなた方との話し合いを始めましょうか」
「おっおう。そうしよう。とは言ってもよ。何を話し合うんだ?食料を援助してくれるって話なら、もう済んだだろう?」
「確かにそうですか、これから話し合う事は、あなた方と私達のこれからの事です」
「これから…」
「それについて…ドトルさんちょっと!」
山ン本は、少し離れていた場所で仲間と話していた居たドトル戦士長を呼んだ。
「あいよ。何だ?」
「いえ、ちょっと私達の話し合いに参加して欲しいのですよ」
「そりゃかまわねぇよ」
「こちらダークエルフの戦士長ドトルさん、こちらは、獣人族の村のゴットスさんです。一応ここに来る前に挨拶していると思いますが一応紹介させていただきました」
「ああ、一応挨拶はしたな。なぁ」
「そうだ。とは言え本当に顔見せ程度だったけどな」
「それで、俺達のこれからについてだったよな」
この時、帰ろうとしていたエルフ達の足が止まった。ダークエルフ、妖怪、獣人、フィフォリアの森に住む四つの種族の内の三つの種族が話し合うのだ気にならないはずが無い。
「あんたの所の里から獣人の村に食糧支援をするって話だったな」
「はい。ですが問題は、その後です。ゴットスさん我々が食糧支援をした後どうするおつもりですか?」
「その後か?どうするかなぁ。このまま森に住めるなら、狩とか農業とかする事になると思う…」
ゴットスは自信なさげに答えた。彼にとって小難しい事は大体副村長であるロッカスに丸投げしていたのが仇になった。ロッカスは今、獣人の村の指揮を執っているので、ここには居ない。
「ですよね。でここで問題になってくるのが森の掟です。ここでゴットスさん達が、変な狩り方や、狩っちゃいけない生き物を狩って、エルフ達に"森に仇なす者"と判定されては目も当てられません。下手をしたら、"森に仇なす者"の獣人を支援した事で、我々も"森に仇なす者"と判断されたりする可能性もあります」
「…」
「それを防ぐ為に、ドトルさん一つ貴方達ダークエルフに依頼があります」
「なんだい?」
「私達とゴットスさん達に、この森での生き方を教えて欲しいのです」
「教えるって言うが、俺達だって暇じゃないぜ?」
「もちろん。対価はお支払いします。まずは、我々の作ったお酒を樽で5本でどうでしょうか?」
「あの酒を樽で5本もくれるのか!」
酒と聞いて、ドトルのテンションが一気に上がった。
「それ本当!あのお酒貰えるの!?」
横で聞いていたフューリも興奮した様子で割り込んできた。
「ええ、仕事を引き受けてくれるなら…ですがね」
「受けましょうよ!ドトル戦士長!私もまたあのお酒呑みたい!」
フューリがドトルの袖を引っ張って、仕事を請けようと猛烈にアピールする。
「バッカ野郎。俺だって呑みたいに決まってんだろ!…だがよう。それには、長老連中を説得しなきゃならねぇんだよ。けどなぁ、長老達は、あの酒の味を知らねぇんだよなぁ。もし長老達に飲ませたら一発で説得出来るんだがなぁ」
ドトルは、途中から山ン本をチラチラと見ながら言った。分かりやすいお酒の催促に、山ン本は半分呆れたように言った。
「しょうがありませんねぇ。試供品として瓶二本を用意しましょう」
「うっしゃあ。んじゃ長老連中を説得出来た同然だな。あの爺どもも酒好きだからな!」
そこで、ゴットスが恐縮したように山ン本に聞いた。
「…なぁ、山ン本さんよぉ。何であんたらは俺達にこんなに良くしてくれるんだ?確かにあんたらに外の情報を売ったが、これは俺達が貰いすぎじゃないのか?」
「別にタダで上げるつもりはありません。貸し一つです。いつかちゃんと返してもらいます。それにね。あなた方が今いなくなられても私達としても結構困るんですよ」
「何故だ?」
「だって、仲間は多い方がいいじゃないですか。余所者同士で、ある程度結束しておけば、あそこで睨んでいるエルフさん達も手を出しにくいでしょ」
クイッと、首を振って後ろで立ち聞きしているエルフの村長達を示す。そこには、忌々しそうにエルフ達がこちらを睨みつけていた。
「なるほどな」
「ハハハ、獣人達も大変だな。えらい連中に貸しを作っちまったもんだ」
「あ~確かに帰ったらロッカスにどやされるかもなぁ~」
ゴットスは、しゃがみこんで頭を抱えた。それだけで、獣人の村の力関係が透けて見える。
「そういえば、私達の里から、獣人の村に道を作りたいんですが良いですか?ドトル殿。今のままだと食料の輸送が大変なので」
「道かぁ。微妙だな。道を作るとなると大量に木を切るだろ。それがなぁ」
ドトル戦士長は腕を組んで渋い顔をして言った。道が出来るという事は森が分断されるという事だ。それがまだ、獣道程度であれば問題ないが、道幅が広くなればなるほど、道が森に与える影響は大きくなる。小動物などの草むらや木の影を伝って動く動物が道のせいで動きづらくなるという事があるのだ。
「聞いたぞ!もし、その道を作る為に木を切ってみろ!"森に仇なす者"として貴様らを排除してやる!」
それを聞き耳を立てて聞いていたカサールが突然喚いた。山ン本達は、ちらりとカサールを見るだけで、直ぐに話し合いに戻る
「木を切るか切らないかの前に道を作る事、事態は問題ないのですね?」
「ん。無い。広すぎる道はさすがに勘弁して欲しいが、荷車を一台通せる位だったら問題は無い」
それを聞くと山ン本は満足そうに頷いた。
「そうですか…なら問題ありませんね。うちには、道作りとか土地をならしたりするのが得意な者がおりますので。もちろん木を切る必要はありません」
「本当かよ。信じらんねぇな。どんな奴なんだ?」
「ええ、彼の名は妖怪"でいだらぼっち"というです」
「"でいだらぼっち"?変な名前だな…」
「私達の元いた国では、有名な妖怪なんですけどね。一言でいえば巨人です。それも、山より大きな巨人です」
「山よりデカイだって!?馬鹿言ってんじゃねぇよ。そんな奴がいたら、この森の何処にいたって見えるじゃねぇか。それに、お前さん達の里に言った時だって背の高い奴は居たけど、そんな山みたいにでかい奴なんて居なかったぜ」
「当たり前ですよ。何時もは、封印してますから」
「封印って…そういうのって普通悪い奴にするもんじゃないのか?」
封印と言う言葉に不安を覚えたゴットスが聞く。
「"でいだらぼっち"って良い妖怪なんですが…その体が大きすぎるのが災いして何処行っても大騒ぎになってしまうんですよ。ですのでご本人の了解を得て、御山…我々の里の中心にある山ですね…の一角で眠っていてもらっているんです。基本的に起きてもらうのは、お仕事をお願いする時とか、お祭りの時ですね。そういう約束になっています」
「は~とんでもねぇ奴が寝てんだな。あんたんとこ」
ドトル戦士長は呆れてため息を出した。ゴットスのほうも目を丸くしている。
「色々いますよ。ククク色々とね…」
「それでどうやって、その巨人が木を切らずに道を作るんだ?木を素手で引っこ抜くから切ってねぇとか。そんな屁理屈じゃねぇんだろう?」
「おい!」
再びカサールが声を掛けるが、今度はちらりと見ることもせずに続ける。
「"でいだらぼっち"の力は簡単に言えば地形を動かしたり出来るんです」
「地形を動かす?」
「分かりやすく言えば山を手で押して移動させる事ができます。それも一切土地を傷つけることなく」
「本当かよ…」
それを信じられないドトルが呟いた。山を手で押して移動させるなんて、もはや神話に語られる神の御技だ。信じられないといった面持ちの二人に、山ン本は、気軽に言った。
「それなら見に来ますか?別にかまいませんよ」
それを聞くと、二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。
「行くに決まってるだろ!」
「おう俺も行くぜ!」
険悪だったエルフ達との話し合いとは違い、ダークエルフ達と獣人達との話し合いは終始和やかに進んだ。




