第三十一話 話し合い
「ククク。異世界の化け物と言ってもちょろい物よ。少し脅してやれば、ひょいひょいと出て来おったわ」
交渉役に出たカサールは快晴の空の下で満足そうに呟いた。
エルフの村長であるレゴラスは、護衛の精霊魔法が得意な戦士達と一緒に、森から歩いて出てくる山ン本と四人の人型妖怪を見て、満足そうに頷いた。
エルフと妖怪達が話し合い場所は、森の中にポッカリと出来た広場だった。ここは、エルフ達がわざわざ精霊魔法を使って、木を別の場所に植えなおして作った場所。広場の中心には、精霊魔法で椅子とテーブルが作られており、そこでカサール達エルフが山ン本達を待ち構えていた。
カサールは、広場を囲む森の中にはエルフの戦士を配置し、いつでも矢を放てる様にしておけとエルフの戦士達に命令した。
その命令に、サイラス戦士長は苦い顔をするが、既に村長によって決定された命令なので、彼は渋々従うしかない。
カサールはこの時、こんな事を考えていた。
まずは、妖怪達の話を聞く。聞いた後に言うのだ。森から出て行くか、さもなくば死かを。出て行くならばよし。化け物どものが出て行った後、穢れた森と里を破壊し、元の美しい森へと戻す。
断れば、即座に精霊魔法によって拘束して、矢を浴びせて殺す。護衛としてつれて来る者達ならそれなりに剛の者であろうが、我ら20人のエルフの力があれば簡単に殺す事が出来るだろう。そして慈悲深い我々はその死体を持って、奴らの里に居る奴らに言うのだ。森から出て行くか、死かを。きっと里の長を殺された事に恐れ戦くだろう。もしかしたら一致団結して襲い掛かってくるかもしれない。それならそれでいい。奴らの森に火を放ち、火責めにしてくれる。どうせ、破壊してしまう穢れた森なのだ。一度位我々の役に立ってもらうとしよう。そして、丸裸になった奴らの里に対して遠距離から矢を射るのだ。篭城するならそれでいい。そのまま干上がるまで待てばいい。出てくるなら我々の森までひきつけて一気に射殺してやる。森の中で、エルフに敵うものなどいないと。
だが、その策略はのっけから、頓挫する事になる。
(どうした?案内役にやった奴の顔が青いぞ。何があったんだ?)
案内役が青い顔をしていた理由は直ぐに分かった。五人の妖怪達の後ろからまだ、何人もの人影がゾロゾロと出てくるのが見えたのだ。
「馬鹿な!」
「アレは、ダークエルフと獣人!?どういう事だ!カサール!話によれば、化け物共は五人のはずじゃなかったのか!」
ダークエルフが10人に、獣人も10人、山ン本達5人と合わせると25人もの人数になっていた。ここまでの数になると、さすがのエルフ達でも無傷で全滅させる事は難しい。特にダークエルフが10人居る事が問題だ。
話が違うと混乱するエルフ陣営。だがそんな事はお構いなしに、山ン本達は作られたテーブルの前まで歩く。
「やぁ。こんにちはエルフの皆さん。お待たせしてしまってすいません」
「これは、どういう事ですかな?山ン本殿。約束では、あなた方は、5名までだったはずでは?」
山ン本の白々しい挨拶にカサールは口元をヒク付かせながら言った。
「ええ、ですから我々は、ちゃんと五名で来ましたよ?ああ!彼らですか!彼らは、あなた方の後にお話しする予定の方々ですよ。別に我々の仲間と言うわけではありません。いやいや、勘違いさせてしまって申し訳ない」
山ン本はわざとらしく言いながら笑った。
「そうだぜ。俺達はお前達の後にこいつらと話があるんだ」
とドトル戦士長が言い、ゴットスも
「俺達も一緒さ。勘違いさせてすまねぇな。こっちも色々と切羽詰っててな時間が無いんだ。悪いが邪魔させてもらうぜ」
と言った。
「それにしても、ひさしぶりじゃねぇかカサール!なんだまた薄くなったのか?それに相変わらず狡い事考えるじゃねぇか。一体何人回りに潜ませてんだ?え~っとひいふうみいっ…。結構居るじゃねぇか。エルフの戦士殆どを連れてきてんのか?」
ドトル戦士長はあたりを見回しながら言った。口調としては、へらへらしている様に聞こえるが、その目は真剣そのものだ。
「くっ!久しぶりだなドトル戦士長。何故貴様らがここにいる?」
カサールは、ドトル戦士長の質問には答えない。変わりに自分達が質問を返した。失礼な行為ではあるが、ドトル戦士長は気にした風もなく返す。
「何、森に新たな友が来たのでな。今回、友誼を結ぼうとね」
「何だと!?森の掟を忘れたのか!」
「いいじゃねぇか。別に。掟には、森を荒らしたものを排除しろとは言われているが、新入りを排除しろとは言ってねぇ。それにこいつらの森見たか?すっげー落ち着いてるじゃねぇか。そんな奴らが森を荒らすかよ」
「精霊魔法が使えない穢れた森だぞ!」
カサールは、ドンとテーブルに拳をたたきつけた。だが、ドトル戦士長はそれを気にする事も無く、逆に笑みを浮かべながら言った。
「そーなのか?元々、俺達は大した精霊魔法は使えないからな。気になんなかったぜ。それに森に穢れたも糞も有るかよ。森は森だろうが」
「くっ!なら獣人は何なのだ!あいつらは、森を切り開いているではないか!」
憤慨したカサールは、論破しようと口の端から唾を飛ばしながら言う。
「知らねーよ。獣人達とは、山ン本達と話し合った後で、改めて話し合う予定だからな」
「では、山ン本殿どういう事ですかな!」
口の端から唾を飛ばしながら、カサールは山ン本を睨んだ。それに対し、山ン本は飄々と答えた。
「どうも、こうも。我々がこの森を調査している時に出会いましてね。話を聞いた所、困っていたので支援をしようかと言う話になりましてね。それで、話し合いをしようと思ったわけです」
「では、獣人共は、貴方の手の者では無いか!」
カサールは怒声を上げるが、山ン本は何処吹く風だ。わざとらしく小首をかしげ、答える。
「はて、どこが私の手の者なのでしょうか?彼らは自らの意思でここにいます。一切命令なんてしていませんよ?それに、里の者を連れてくるのに制限は受けましたが、うちの里以外の者と連れて来てはいけないとは、聞いていませんが?」
(糞っ!どうする!?この様な事態は想定していなかった。何時の間にダークエルフ共と獣人共と渡りをつけたのだ!これでは私の計画がおじゃんでは無いか!)
「それじゃあ、話し合いを始めましょうか。ねぇカサール殿?」
山ン本はニヤリと笑いながら言った。
「さて、自己紹介しましょうか。私が、あやかしの里の長をしています。山ン本五郎左衛門と申します。隣にいるのが相談役のマロ爺、その他の随行員としてアオキ、アザミ、そして朱点です」
マロ爺は気軽に「よろしくのう」と挨拶し、アオキは、黙って頭を下げ、アザミはにこやかに微笑んだ。朱点は、そもそも目の前にいるカサール達には興味を見せず、きょろきょろと周りを見回していた。ちなみに山ン本とマロ爺意外は全員それぞれの武器で武装している。アオキは金砕棒、アザミは鉄扇、朱点は専用の大刀だ。それと今回は、ヒビキは獣人の里でお留守番だ。天邪鬼のヒビキが居るとまともに交渉など出来ないと言う山ン本の判断からだ。
エルフ陣営がアオキと、朱点の二人の鬼を見て緊張するのが、山ン本たちにはありありと分かった。
「…では、こちらも紹介しましょう。私の隣いるのがエルフの村の村長であるレゴラス殿。後は私達の護衛だ」
「よろしく頼む」
レゴラスは、頭も下げずに尊大な態度で言った。
「ほう、村長でしたか。…お嬢さんのお怪我は大丈夫ですか?里を出た時に大怪我を負ったと聞きましたが…」
「…治療が良かったのか見る見るうちに回復している。一人の親として御礼申し上げる」
「いえいえ、共に生きるものとして当然の事をしたまでです」
「…。では、我々のこれからについて話し合いを行おう」
そう言うとレゴラス村長と、カサールは席に着いた。それにあわせるように山ン本とマロ爺が椅子に座る。それ以外のアオキ達は、山ン本の後ろに立ち、周囲を警戒する。
「では、率直に申しましょう。私達の要求は一つです。私達が、この森で生きる事を認めてください。対価として、食料や酒を支払います」
「それは出来ぬ。この森はエルフの掟によって、森に仇なす者を排除する決まりだ。君達には、出て行ってもらいたい。もちろん了承するなら、強制排除を猶予する期間を設ける。その間に速やかに出てってもらおう。本来なら即出て行って欲しいが、娘を助けてもらった恩がある。多少は待とう」
エルフ達は、妖怪達をこの森から絶対に追い出したいらしい。サナリエンを助けた恩と、彼女に持って行かせた情報を聞いても、ここまであからさまに追い出しに掛かるというのは、山ン本達にとっても予想外だった。
「さすがに、それは出来ませんね。それに"森に仇なす者"とおっしゃいましたが、具体的に"森に仇なす者"とはどのような者達ですか?それは、我々に当てはまるものなのですか?」
山ン本は、自分達を追い出す理由の根幹である"森に仇なす者"について聞いた。
「無論、無秩序に木を切り倒し、薬草などの森の恵みを搾取し、森の生き物を蹂躙する者達だ」
「で、あるならば我々は、それに当てはまらないと思いますが?」
確かに妖怪達は、異世界に転移してから、外の世界を調べる調査隊などの例外を除いて殆ど自分達の周囲の森以外の場所に行っていない。ならば、妖怪達は、"森に仇なす者"では無いと言い張れる。だが…。
「貴様らは既にその罪を犯している」
「何時、その罪を私達が犯したのですか?私達は、この世界に飛ばされてから、殆ど自分達の里及び森から出た事はありませんが」
「今、貴様達が居る場所にも森があった。それが消え、貴様達が来た。ならば十分"森に仇なす者"と言える」
暴論だった。あやかしの里が、ここに飛ばされて来た理由は現在でも不明。いわば妖怪達は被害者なのだ。だがエルフ達は妖怪達は加害者だと言っている。
(ふむ、ここまで、あからさまに言ってくるという事は、どうあっても我々を排除するという意思は固いようですね。交流を始めたダークエルフさん達と獣人さん達を見せれば、ここまで敵対するのを思いとどまってもらえると思っていましたが、まだまだ私も甘かったですね。…ならば、戦もやむなし…ですかね?)
山ン本が、エルフとの戦をする覚悟を決めようとした時、それを後ろで聞いていたドトル戦士長が割って入った。
「そいつは、ちょっとおかしくないか?そりゃ、人を矢で射殺した罪は、その矢を放った射手ではなく、矢だって言っているようなもんだぜ?」
「部外者が口を出すなっ!」
カサールが、ドトル戦士長を怒鳴りつけるが、真正面から反論する。
「いーや、出させてもらうね。森に住むダークエルフとしてな。それに掟には"森にはエルフ以外のものが入ってはいけない"なんて項目は無いぜ?森を荒らさなきゃ、別に住もうな何しようが、かまわんだろうが」
「森の精霊によって認められた。我々が森の管理者だ!我々が"森に仇なす者"と決めればそれが"森に仇なす者"なのだ!」
「どうしてそうなってんだよ。元々は、俺達の先祖だって森の外から逃げて来た者じゃねぇか。そんで生かしてくれた森に感謝し、尽くした結果、森の精霊に認められて精霊魔法が使えるようになったんじゃねぇか!」
それは、山ン本達にとっても初耳だった。エルフと森はセットと思っていたが、どうやら後付だったらしい。
「それにな、森の精霊に認められているのは、お前たちだけじゃないって忘れてないか?俺達だって森の精霊に認められてるんだぜ?」
「貴様らは碌に精霊術が使えないではないか!」
「ああそうだ。だがその分、お前達エルフより肌で、森を感じ、森と同化する事が出来る。精霊魔法におんぶに抱っこのお前達にそんな事が出来るか?」
(なるほど、だから里の者達に悟られることなく、我々を観察できたのですね)
隣で聞いていた山ン本は暢気にそんな事を考えていた。
「ああいえばこう、言いおって!貴様らにエルフとしての矜持は無いのか!」
「ある決まっているだろう!だから言っているんだ!」
そこで、ドトルは、ガリガリと乱暴に頭を掻くと声を張り上げて言った。
「ああもう!面倒くせぇ!はっきり言わせて貰うぜ。俺達ダークエルフは、お前達エルフが、理不尽な理由で妖怪及び獣人達を"森に仇なす者"とするならば、俺達ダークエルフは、お前達エルフを"森に仇なす者"として排除対象とするぞ!これは、ダークエルフの長老会及び村長達の総意だ!」
その一言に、エルフ達は凍りついた。
「なっなんだと!?」
「馬鹿なっ!」
ドトル戦士長の衝撃的な発言に凍りつくエルフ一同。
「俺達に、お前達を排除させないでくれっ!どうしてお前達は、そんな風になっちまったんだよ!」
ドトル戦士長の最後の叫びは、悲しみを帯びていた。
ほぼ会話回になってしまった。精進せねば。




