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異世界物怪録  作者: 止まり木
32/61

第三十話 エルフの使者

「それでは、そういう事で…」

「ああ、後日正式な交流を始める為に、こっちの代表者を連れてくる」

「良いご縁が結べて何よりです」

「それはこちらの台詞だ」

 話し合いを終えた、山ン本とドトル戦士長は、お互いの手を差し出して力強く握手する。この世界にも握手の文化はあり、何か大事な約束をした時にするものらしい。

「それで、今日はもう一泊していきますか?」

「いや、この事を早く家の村の連中に教えてやりたいから、直ぐに出る」

「え~。もう一泊しようよ~。セントウとかいうめっちゃ疲れが取れる場所があるんだろ~。行きたいよ~」

 それを聞いたフューリは、畳にごろんと寝転んでごろごろと駄々を捏ねながら文句の声を上げた。

「馬鹿野郎!そんなとこ行ってもう一泊したら、帰りたくなくなるだろ!」

「あーそれもそうだな。んじゃ。帰るか。どうせ直ぐ、また来るからね」

 ドトルの台詞にフューリは、あっさりと説得され、立ち上がった。

「またのお越しを。お待ちしてますよ。その時は、もっと歓迎させていただきます」

「本当!来る来る~!早く帰ろう!んですぐまた来ようよ!戦士長」

 山ン本の言葉にフューリは、飛び上がるように喜んだ。その様子を見たドトル戦士長がガキだなぁと苦笑いした。

「分かった分かった。ダカラそんなにはしゃぐな恥ずかしい。では、またお会いしましょう」

「ええ」

 ドトル戦士長はフューリにせかされて立ち上がると、自らの村に帰っていった。

 



 ダークエルフが、帰った件まで話を聞くと、カラス天狗は言った。

「我々に気付かれない隠密能力を持ったエルフですか。敵に回っていたら怖かったですね」

「まったくですよ。これで普通のエルフと同じ価値観だったら、酷い目に合うところでした。…しかし、今回の出会いはかなり実りのあるものでした。特に、この森に居る勢力が私達を含めないで三つある事が知れたのがいいですね」

「…それで、私はどうしますか?」

 これからの予定をカラス天狗は聞いた。今は午後2時と言ったあたりで、今から帰ればギリギリ日のあるうちに獣人の村に戻る事が出来る。

「…そうですね。今日は休んでください。明日は、朝一で獣人の村まで飛んでもらいます。その時は、獣人の村の村長であるゴットスに言付けをお願いします。あと、軽めの援助物資も運んであげてください。思ったより、危機的状況らしいですからね」

「分かりました。では私は、一度御山に戻って天狗様に報告してきます」

「ええ、頼みます」

 部屋から出て行くカラス天狗を見送りながら、呟く。

「…ちょっと面白い事が出来そうですね」

(わっるい顔しとるのう)

 隣でその顔を見たマロ爺が、そう思った。



 翌日、エルフの使者が、転移して来た森にやってきた。

 エルフの使者として、長老の一人…頭の天辺が薄いカサール。護衛としてサイラス戦士長と、他二人…カイラスとコルトが来ていた。本来は、ただ話し合いの場を設けたいと言う伝言を携えたカイラスだけが来る予定だったのだが、長老の一人が、妖怪を実際に見てみたいと言い出したのだ。そのため渋々、長老を護衛する為に、サイラス戦士長が借り出されたのだ。

「ふん。気味の悪い森だ。精霊の気配も無い。こんなもの森といえるか?」

 あやかしの里と一緒に飛ばされてきた森を見て、カサールは言った。

 正確に言えば、この森にも精霊達(正確に言うなら木霊)は今も居る。だが、見知らぬ人であるエルフ達が森に入ってきた事により怯え、隠れてしまっているだけだ。エルフは無条件で森の精霊に好かれていると信じ込んでいるカサールには、それを分かるはずは無い。

「黙っていただきたい。ここは、既に彼らのテリトリーです。何があっても不思議ではありません。それに、下手に騒げば魔物達を引き寄せる事になります」

 サイラス戦士長がたしなめるが、カサールはそれを鼻で笑った。

「そんなもの、私達に掛かれば、どれ程のものか」

「ここは、精霊魔法が使えぬのです!ご自重ください」

 妙に自信満々の長老を横目に、サイラス戦士長は、慎重に森を進む。だがそれも杞憂に終わることになる。バサバサと大きな翼の音がしたと思ったら、カイラス戦士長の前に、カラス天狗が舞い降りたのだ。

「失礼、自分はあやかしの里で治安を守りしカラス天狗。貴殿らはエルフの村からの使者とお見受けするが…いかに?」

 突然のカラス天狗の登場に、カサールは、驚き咄嗟に弓を構えた。サイラス戦士長が咄嗟にカサールの弓を無理やり、下げさせる事により、事なきを得たが、もしサイラスが下げさせなければ確実にカサールは矢を放っていただろう。もし放たれていたとしても、カラス天狗の錫杖によって容易に払われただろう。

「そうだ。我々は、エルフの村からの使者だ。里まで案内してくれるか?」

 サイラス戦士長は、カラス天狗を真っ直ぐと見つめながら言った。

「あい分かった。里まで案内いたす。あと、周囲にモンスターの陰は無い。安心して、ご同道召されよ」

 カラス天狗が、頷きエルフ達に背を向けた時、カサールが小声で「化け物め」と言ったのをサイラス戦士長は聞き逃さなかった。

 

 

 カラス天狗に案内された里は、エルフ達にとって想像の埒外の場所であった。エルフ達が見て魔物にしか見えないような化け物が文化、社会を形成して暮らしている。サイラス戦士長は感心しきりで周りを見ていたが、他の三人は、完全アウェーと言う環境に緊張していた。

 山ン本の屋敷に着くと靴を脱いで家に上がるという、ある種のカルチャーショックを受けつつ、サイラス達は一室に通された。

「こちらで、お待ちください」

 ろくろ首に案内された部屋で、エルフ達は緊張した様子で周りを忙しなく見回す。やはり敵地という事で、落ち着く事が出来ないようだった。

「あっ。これうまい」

 そんな中、サイラス戦士長だけが、のんびりと出されたお茶を飲んでいた。

 その様子のサイラス戦士長が気に入らなかったのかカサールが叱りつけた。

「サイラス戦士長!そんな暢気でどうする!ここは敵陣なのだぞ!もし、その飲み物に毒でも入っていたらどうするんだ!」

「使者にそんな意味の事してどうするんですか?」

 しかし、サイラス戦士長は特に気にした様子もなく飄々と返した。

「私達を人質にするかもしれんではないか!」

「それなら、前に世話になっていたサナリエンのほうがよっぽど俺達より価値がありますよ。現村長の娘ですからね。でもここ連中は、そうしなかった。でしょう?」

「ウググ」

「なら連中は、理性的でお人よしな連中だ。少なくとも問答無用で侵略なんてしませんよ。おっ!この食い物も甘くてウマイな!サナリエンが言ってた通りだな!」

 サイラス戦士長に釣られて、カイラスとコルトもテーブルの上に置かれた、お茶と羊羹にそれぞれ手を伸ばした。そして口にした瞬間、思わず二人の顔がほころぶ。

「ふん!どうなっても知らんぞ!」

 カサールは、一人意地になって腕を組んだ。

 そこですらりとその部屋の襖がスッと開かれ、ろくろ首が顔を出した。

「お待たせしました。この里の長である。山ン本五郎左衛門様がいらっしゃいました」

 そしてスーッと襖が開かれ、山ン本が姿を現した。

 エルフ陣営は、山ン本が一見普通の人間に見える姿をしていると聞いていたので驚きは無い。だが、異世界の服装をものめずらしく観察した。

 山ン本は、そのまま部屋に入り、上座にある空いている座布団に座ると、自己紹介を始めた。

「お待たせしてすまない。私が、この里を治めている山ン本五郎左衛門と申します。よろしくお願いします」

「これはご丁寧に。私が、エルフの戦士の長をしておりますサイラスと申します」

 サイラスも礼を失しない様、丁寧に礼を返す。

「サイラス殿ですか。マロ爺から話を聞いております。沈着冷静なよい指揮官だと…」

「いえいえ。私は、同胞の傷の手当をしているそちらの民に弓を向け、あまつさえ、矢を射る事すらさせてしまった。改めてこの場で謝らせていただきます」

「いえいえ、そちらに誤解させる言葉を言った。うちのアオキにも問題はありました」

「いえいえ…」

「いえいえ…」

「おっほん!山ン本様、お話が進みませんので、そこまでで。サイラス様もよろしいですね?」

 山ン本用のお茶を汲みに行ったいたろくろ首が、戻ってくると、いえいえ合戦を始めていた。ろくろ首が呆れて止めに入る。

「そうでしたな。ここはお互い様という事で」

「そうですね。そうしましょう」

 そこで、山ン本はろくろ首が持ってきたお茶を一口啜り、仕切りなおす。

「それでは、単刀直入にお伺いします。話し合いの件、了承いただけたのでしょうか?」

「申し訳ない。私にそれを答える権限は持ち合わせてはいないのだ。その件に関しては、私の隣にいる我々エルフの長老の一人カサール殿が答える」

 山ン本の視線がカサールに移される。山ン本に見られた瞬間得体の知れない悪寒の様なモノがカサールに走る。だが、カサールは虚勢を張ってその視線を受ける。

「では、カサール殿。我々から提案した話し合いに付いてお答え願えるでしょうか?」

「ふん。寛大なる我々は、その提案に乗ってやっても良いと考えている」

(寛大と来ましたか。ダークエルフの方が傲慢とか言うのも分かります)

 カサールの言を聞いて、噂に違わぬ傲慢ぶりに呆れるというより関心すらした。しかも、カサールの言に顔をしかめて聞いているのは、サイラスのみであり、コルトとカイラスは表情を少しも変えはしなかった。そこから、カサールの様な考え方がエルフの中で主流となっている様子が伺える。

「だが、話し合いをするにしても条件がある」

「伺いましょう」

「正直に言って我々は、あなた方が信用できない。だってそうでしょう?突然我々の森に現れ、仲間を一人拉致したのですから…」

「保護したと言って頂きたいが…」

 山ン本が不満を口にするが、それを無視してカサールは続ける。

「ですが、我々も話し合いで解決出来るなら、それに越したことは無い。ですので我々も考えました。話し合いは七日後、場所は我々の指定する場所。あなた方の参加者は、代表者含めて人型の5名まで、それ以上の人数及び人型以外のそちらの参加者は認めません」

「ふむ…。それで、指定の場所とは何処です?」

「それは、当日、案内の者をこちらに遣す。それに付いて来て貰えばいい」

 場所が当日まで不明となると、思いっきり罠である。会場として選ばれる場所はきっと、見晴らしが良く、それでいて、その周囲を囲むように濃い緑の森が広がるような場所だろうと、山ン本にはありありと予想できた。

「…我々妖怪の参加人数は指定されているが、そちらの参加する人数が提示されていないが?」

「これが、我々の出来る最大限の譲歩です。でなければ我々は、古くから伝わる掟を遵守するしかありませんな。あの森ともいえない森もろとも排除するしか無いでしょう」

「森ともいえない森とは、我々と一緒に転移してきた森のことでしょうか?」

 少々聞き捨てなら無い単語が出てきたので確認の為に聞いてみた。

「そうですが、精霊術が使えない森などという、穢れた森は、早く排除したいのですよ」

(穢れた森と来ましたか…つまり転移してきた森をエルフ達は自分達の守るべきものとして認識していないという事ですか…なかなか厄介ですね)

 つまり、こちらは大勢で行くけど、お前達は少人数な。だってお前ら怖いもん。でも条件飲むよね?話し合いの提案してきたのそっちでしょ?断ったら戦争な!森ごと燃やしてやんぜ!という事だ。

 はっきり言って脅迫だった。しかし、ここで断って戦争状態になるのは困る。せっかくエルフ以外のダークエルフと獣人達と友好的な関係が結べそうな時に、戦などすれば、ダークエルフと獣人達の態度が硬化までは行かなくても、警戒位はされるだろう。山ン本は額にしわを寄せてしばらく考える。

「しょうがありませんね」

 山ン本はため息をつきながら言った。

「分かりました。では確認しますが、話し合いが行われるのは、場所は当日、道案内が案内する場所。参加人数は当方は代表含め人型妖怪5名でよろしいか?」

「ククク。はい。それでは我々は帰ります。この様な穢れた場所には居たく無いので」

「ご随意に」

 そう言うとサイラス戦士長以外のエルフ達は上機嫌で立ち上がった。

 山ン本は、片手を頭に当て、いかにもこれからどうしようと言った演技をしながら思った。

(内心ちょろいとでも、思ってるんでしょうね。ありがたい事です。さて忙しくなりますね)

 人を化かすのは、妖怪の十八番だ。



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