第二十九話 酔っ払いダークエルフ
明らかに酒盛りしている様子に一瞬躊躇ったものの、里を治めるものとして山ン本は堂々とその集団に声を掛けた。
その集団は、碌に敷物も引かずに酒を飲んでいる。とはいえ、下草は刈り払われ、ちょっとした緑の絨毯になっていた。その中心には、どこかに落ちていたであろう大きな平べったい石が置かれ、その上には酒のつまみになりそうな干し肉や炒った豆、魚の干物などが、ダークエルフの物と思われる青銅製のナイフと一緒に乗っていた。
テーブルを囲んでいるのは、朱点、青坊主、牛鬼、女郎蜘蛛、にダークエルフと思われる男女二人。
その外周には酒瓶がごろごろと転がっていた。きっと里にひとっ走りしてきて持って来たのだろう。
「何をしてるんです?」
声を掛けるとそこでようやく、酒盛りをしていた一団が山ン本の存在に気がついた。
朱点は、立ち上がると、ふらふらとした足取りで山ン本の隣に立つと、肩を引き寄せた。彼の顔は酒を飲んで、ただでさえ赤い顔を更に赤くし、そして手に持っていた酒の入った椀をかかげ言った。
「ん?おお!喜べ皆のもの!我らがあやかしの里の里長、山ン本五郎左衛門殿の登場だ!」
「「「「いぇえええええええええええええええええ!」」」」
一団も酒飲みによくある、異様に高いテンションで答えた。
「んで、どうした?一緒に飲みに着たのか?げふっ」
酒臭い息を山ン本に吐きかけながら朱点は聞いた。
「違いますよ。こちらにダークエルフの方が見えていると聞いて来たんですよ」
「おお!そうだった!おっちゃん嬢ちゃん!里長が話しがあるってよ!」
そこには、巨大な牛の頭にそれに見合う巨大な蜘蛛の胴体を持つ、牛鬼相手にケタケタと笑いながら話している男のダークエルフと、腕の代わりに三対の蜘蛛の足が着いている女郎蜘蛛と一緒に肩を組んで酒を飲んでいる、まるで子供のように銀髪の長い髪をポニーテールにした小柄なダークエルフの女が居た。はっきり言って両方とも初見では恐ろしくて近づきがたい妖怪だ。だが、そのどちらの顔にも嫌悪は一切浮かんではおらず、ただ純粋に楽しんでいるのが見て取れた。
「ん?おーそうだった。そうだった。俺達ゃ!新しく来た隣人の面を拝みに来たんだった!」
「あははは、忘れたらダメじゃん!戦士長」
(戦士長という事は、ダークエルフは、エルフと似たような統治形態なのか)
山ン本は、戦士長と呼ばれた男の前まで行くと、そこに腰を下ろした。
「改めまして…。お初にお目にかかります。私がこの里の長を勤めさて頂いております、山ン本五郎左衛門と申します」
「おっと、これはこれはご丁寧に、ダークエルフの村で戦士長なんぞしている。ドトルと申します。あそこで飲んだくれているのが、フューリです」
ドトル戦士長は、赤ら顔ながら、居住まいを正して、山ン本に向き合った。ドトルは、筋肉質の体に、ライトグレーの髪を角刈りのように短髪にした、どこが軍人然とした渋い男だった。ただ、現在は酒に酔っているせいで残念感が強い。
「よろしくお願いします。…で、この里には、何の御用でしょうか」
「大した用ではありません。ここの方達がどのような方達か確かめ、良い方々であれば、ご挨拶をと…」
「うわっ!戦士長が敬語使ってる!うける~。アハハハハ!」
その様子がおかしかったのか、フューリがドトル戦士長を指差しながら爆笑する。その時、皮の胸当てに押さえつけられている彼女の大きな胸が波打った。
(確かにエルフとは、色々と逆の様ですね。どこが、とは言いませんが…)
「うるせぇ!黙ってろ!」
「ハハハ、何時もの口調でかまいませんよ。…では、我々はあなた方の御眼鏡に叶ったという事ですか?ですが、それにしても驚きました。我々は、この様に奇異奇妙な姿を持ったものが多くおります。朱点などは貴方達がオーガと呼んでいるモンスターによく似ているそうですね。なのに、あなた方は、気にした風もなく酒を飲んでいます」
「では、御言葉に甘えて。そりゃ俺達だって、あんたらを初めて見た時は警戒したさ。当然な。でも観察しているうちに悪い奴らじゃないって分かったんだ」
山ン本はその一言に、背筋が凍る思いだった。元々妖怪は人の気配には敏感なのだ。だが、現実に妖怪達に気取られることなかったのは事実。
(何時の間に…報告にも誰かに見られているという感覚を訴える者は居なかった。それだけ、ダークエルフの隠形が優れているという事か…)
「んじゃあ、話してみようってなってな。朱点が、魔物狩っているところで声を掛けたんだ」
どうやら、もう朱点と意気投合して名を呼び合う中になったらしい。
「それは凄い。別の鬼でアオキというのがいるのですが、彼はエルフに見つかったとたん襲われましたよ。まぁそのエルフはアオキに返り討ちにあいましたが…」
「なんだって!?そりゃ災難な…あいつら頭かてぇしなぁ」
ドトル戦士長は困ったように頭を掻いた。
「やはり、エルフをご存知なのですね?」
「おう。そりゃそうよ。元々俺らとあいつらは一緒に暮らしてたからな」
「一緒にですか…?それが何故別れて暮らす事に?」
山ン本が聞くとドトル戦士長は、腕を組んで言いづらそうに言った、
「…俺達はな、あいつらエルフと違ってあんまりうまく精霊魔法を使えねぇんだよ。その分、あいつらより、俺達は身体能力は上なんだけどな。けどなぁあいつら精霊魔法を使えることを鼻にかけて、俺達ダークエルフを馬鹿にしやがる様になったんだ。最初は、せいぜい上から目線程度だったんだけどな。だんだん酷くなってきやがって、俺達も我慢の限界がきて、村から出て行ったんだ」
「なるほど、ご苦労されたんですね。それにしても、これ程の隠形を使える方々を馬鹿にするとは…。言っては何ですが馬鹿ですかエルフは?」
山ン本は、エルフの蛮行…いや愚行に信じられない思いだった。それこそ、術と弓のエルフと弓と隠形のダークエルフが組めば、正に森では敵なしは無いか。
「別に苦労って程じゃねぇよ。結局は同じ森に居るだし、時たまあいつらと顔合わせるけどな。本当何考えてるんだろうな奴らは…。俺達もわかんねぇよ」
ドトル戦士長はそう言うと寂しそうに酒をあおった。
「そういや、その返り討ちにしたエルフはどうなった?死んだのか?」
「死んでは居ませんよ。少々お話を聞いて、丁重に御もてなしした後に、お帰りいただきました。今度、そのエルフ達と話し合いの場を作る予定です」
「へぇ、よく石頭達を引っ張り出したな」
ドトル戦士長は、いぶかしげに顎に手を当てた。あの他種族を見下すエルフが、簡単に話し合いに応じるとは思えなかったのだ。
「ええ、偶然、彼らを助けることになりまして…」
「ほう、偶然」
「はい…」
何故か、二人は黒い笑いを交わた。
「何難しい話をしてんだよ!山ン本!ドトル!そんな事より、飲もうぜ!俺達の出会いを祝してな!」
そこへ、朱点が、酒瓶を持って乱入してきた。山ン本としては、もっと色々と話し合いたいのではあるが、ドトル達は既に飲んでしまっている。楽しい宴を邪魔するのは、山ン本には気が引けた。
「おっ!それもそうだな!里長さんも飲もうぜ!」
「すいません。私はまだ職務中ですので…。そうですね祝いの席で、難しい話もなんですので、私はここで失礼します。後、お嫌でなければ、今日は、私の屋敷でお泊まりください」
山ン本は立ち上がり、膝についた枯葉や土を軽く払う。
「おっ!いいのかい。こんだけ酔っちまうと里に帰るのも億劫だったんだ」
「歓迎しますよ。私の屋敷なら、里の者なら誰でも知っているので、聞けば直ぐ分かるでしょう」
「分かったぜ。ありがたく伺わせて頂くよ」
「では、失礼します。お待ちしていますよ」
そう言うと山ン本は、自分の屋敷へと帰っていった。
それを見送ると朱点はドトルの肩組んで宣言した!
「よっしゃ、ドトルの今日の宿も確保できたって事で!それも祝して飲むぞ~!」
「「「「「おおおおおおおおおおいええええええええええ!」」」」」
飲んべぇ共は奇声をあげ、更に酒をあおった。
翌日、ドトル戦士長は見慣れぬ部屋で目を覚ました。草を編んで作られたと思われる絨毯に、信じられないほど寝心地の良い寝具。本来であれば、丸一日でも寝ていられそうな環境ではあったが、それは、彼の体が許さなかった。
「ああ、頭いって~」
二日酔いだ。彼の頭の中では、ガンガンと頭痛がし、二日酔い特有の気持ち悪さが襲う。
「あ~。飲みすぎたねぇ。あれだけ飲んだの。生まれて初めてだよ。痛いよぉ」
隣の布団で寝ていたフューリも起きて、同じように二日酔いにもだえていた。
「しかも、味も飛び切りうまいときてるからなぁ」
前日、ドトル達はアレから日が落ちるまで存分に飲んで歌って騒いだ。途中から、他の妖怪達も酒を持って集まってきて、ドンちゃん騒ぎに発展。文字通りぶっ倒れるまで飲んだのだ。
「ここは…?何処かなぁ」
フューリは、頭に手を当てながら周囲を見回した。周囲には彼女たちにとって見慣れないものがたくさんあった。
部屋の真ん中には木で出来た背の低いテーブルが置かれ、そのテーブルを挟むように二人は寝かされていた。
「んん。多分昨日会った山ン本五郎左衛門とか言う人の屋敷だろうな。誰か親切な奴が運んでくれたんだろう」
「なるほど」
その時、屋敷の女中頭である、ろくろ首が膝をついて引き戸を開いた。
「お目覚めですか?おはようございます」
「あっはい。お世話になったようで、申し訳ない」
「いえ、とんでもありません。私達と気軽に飲んで騒げる大事なお客様ですから、お気遣いなく。それと、喉が渇いているでしょうからお水をお持ちしました」
そういうと、廊下に置いておいたお盆を持ち上げて部屋の中へと入る。お盆の上にはガラスで出来た水差しとコップが二つのっている。
「あどーも。んぐ、ぷはー!」
お盆がテーブルに置かれるとフューリは、いそいそとコップを取って、水を注ぐと一気に飲んだ。更にもう一杯飲もうと水差しを傾ける。
「おい!俺も飲むんだから、全部飲むなよ!あっすいません。騒がしくて」
「いえいえ、この里の連中の方が10倍は騒がしいですよ。この後、直ぐに朝食をお持ちしてよろしいですか?」
「いただけるんですか?」
「はい、山ン本より準備するように言付かっておりますので…」
「何から何まですいません。お願いします」
ドトル戦士長は恐縮しきりに、ろくろ首に頭を下げた。ろくろ首は気にした様子もなく、一礼を返す。
「分かりました。後、朝食の後に山ン本が話をしたいと申しております」
「それは、こちらからもお願いします」
「かしこまりました。ではしばらくお待ちください」
その後、二人はあやかしの里の蜆の味噌汁付き朝食を食べると、ろくろ首に案内され、山ン本の元へと訪れた。
案内されたのは、サナリエンが通された例の座敷だ。
「よく眠れましたか?」
「おかげさんでな。あの布団とか言うのは、俺達の村に持って帰りたいほどだ!」
「ほんとほんと。あ!そうだ何かと交換とかどうかな!」
フューリは布団に包まれていた時のことを思い出したのかうっとりとしていた。
「ばっか。今の俺達と何を交換するんだよ。それにお前アレかついで帰るのか?村に。持って帰る前にボロボロになるぞ」
「うっ!」
自分のと通って着た道を思い出し、フューリはうめいた。
「気に入られたら何より。ちゃんと、あなた方の村とお付き合いが出来るようになれば。いずれ持って帰れるはずですよ」
山ン本は、微笑みながら静かに言った。
その時、二人のダークエルフの目に、炎が宿ったのを山ン本は見たような気がした。




