第二十七話 妖怪達のジャンクな晩餐
狐火を従えて帰ってきたアザミ達を、ヒビキは折りたたみのテーブルにうつ伏せのまま首だけ動かして迎えた。
「お~疲れ~。いやぁこっちも疲れた疲れた」
「何言ってるのよ。どうせテントの設営はアオキ達に任せきりだったんでしょ。それくらいお見通しよ」
そういいながらアザミは、ヒビキの隣に腰を下ろした。犬神は、カラス天狗の隣に座る。
「いや、マジで大変だったんだって、ガキのお守りでよ」
「ははは。それは、お前が遊んでもらったの間違いじゃないのか?」
「ちげーよ」
「それより、早く晩御飯にしましょ。貴方たちもまだ食べて無いんでしょ」
「ええ、ご飯は大勢で食べるのがおいしいですからね」
アザミの正面に座っていたカラス天狗が言った。
「そういえば、カラス天狗は、いつも集団生活だから、ご飯もいつも皆一緒に食べてるのよね?」
カラス天狗は、山伏の格好をしている通り、常に天狗の指導の元、修行している妖怪だった。里の警備もその一環としており、例え非番の日だったとしても大抵のカラス天狗は自主的に修行に明け暮れている。修行好きな妖怪だった。
「ええ、日々の修行生活の中で唯一心落ち着く時間ですね」
「俺からしたら何でそんなに修行ばっかするのか不思議だねぇ。俺だったらすぐ我慢できなくなって止めちまうよ。酒も飲めねぇんだろ?」
犬神はテーブルに肘を着きながら言った。
「日々成長している自分が楽しいのですよ」
「そんなもんかねぇ~」
「まぁいいじゃない。生の楽しみ方は妖怪それぞれでしょ」
そこへ、晩御飯を抱えたアオキが戻ってきた。アオキが持ってきたのは、五個のカップ麺。それにアウトドア用の小型コンロ、薬缶、水の入った2Lペットボトル二本、おかずになりそうな缶詰2個。
アオキの持ってきた晩御飯に対して、犬神がボソッと言った。
「異世界に来たって気が待ったくしねぇな」
「だって、料理できるのこの中に居ないじゃない。それとも糒と芋茎縄が良かったかしら?」
糒とは、その名の通り、炊いたり蒸かしたりした米を乾燥させた保存食で、現在はアルファ化米とも言われている物。芋茎縄とは、サトイモの茎であるズイキを煮しめて乾燥させ、ロープのようによった携帯保存食の事だ。これは、スープにしてもよし、そのまま齧って食べることの出来る物。両方とも戦国時代から伝わる保存食だ。
「毎度、出てくる物が古いな。歳がばれるぞ!」
ヒビキが、いたずらっぽい顔で言った。
「うるさいわねぇ。あっ!あたし狐のカップ麺ね!」
嫌そうに、ヒビキを睨みつけながらアザミは、カップ麺の山に手を伸ばした。手元に引き寄せると早速蓋を外して、粉末スープとかやくを取り出す
「さすが狐。いつもそれだな。じゃあ俺は、狸な」
犬神が緑のパッケージのカップ麺を手にとって、包装してあるビニールを破いた。
「あっずりーぞ!じゃー俺は一番でかいやつな!」
「自分は、元祖カップラーメンで」
「…」
最後にあまったカップ麺を、アオキが取り、自分の前に持ってきた。
そして、ペットボトルに入った水をどぼどぼと薬缶の中に入れていく。同時に犬神がアウトドア用の小型コンロに火をつける。
アウトドア用の小型コンロ特有の青い炎が立ち上り、コォォ!と特徴的な音をたてて燃える。炎が安定すると、アオキはコンロの上に薬缶を置いた。
「それで、森の外はどんな事になってんだ?」
「外かぁ。聞いた感じ、あんまいい感じじゃねぇな」
そういうと、犬神は獣人達から聞き取った内容を手短に伝えた。
ゴットス達の住んでいた国を滅ぼしたグランエス王国は、亜人と呼ばれるエルフやドワーフ、それに獣人達を差別する人族至上主義の国で、他国のどんどん併呑して拡大路線を突っ走っている。
ゴットスの居た国も、危機感を抱いて、中小の国と同盟を組んで対抗しようとした矢先に攻め込まれて敗れたらしい。獣人は身体能力に優れているが、魔法を扱う素養に欠けている。その為、個々人の武勇を尊ぶ文化だったそうだ。だが、そのせいで、帝国の人間の集団戦法と、魔術師団の遠距離攻撃によって完膚なきまでに叩きのめされた結果、奴隷にまで落ちぶれてしまったそうだ。
「分かりやすい。悪者国家だな。しかも、俺達と絶対敵対するだろ。そいつら」
ヒビキは、沸いたお湯を、カップ麺に注ぎながら言った。同時にふわりとカツオ出汁の香りがあたりに漂う。
「そうだな。ビンビンにフラグが立ってる気がするな。まったく、どうして人間はこうも戦好きかねぇ」
アザミから薬缶を受け取った犬神も自分のカップ麺にお湯を注いでいく。そしてカラス天狗に渡す。カラス天狗が入れると最後はアオキだ。
「あんたも人の事いえないでしょ犬神。話によると、もうこの森の近くに都市の建設の開始してるらしいわ。ゴットスさん達が働いていた鉱山では、そこで使うための石材や鉱石を掘っていたらしいわ」
「うわ。やべぇじゃん。この森…フィフォリアの森だっけ、侵略秒読み状態じゃん。俺でも分かるぜ」
「そうよねぇ」
「ククク。ワクワクするなぁ!」
一人犬神だけは、嬉しそうだった。
「でもそんな話、サナリエンの奴はしてなかったよなぁ?」
「どうも、エルフって排他的過ぎて、外の情報を碌に集めてない様なのよねぇ。しかも、村の若い子達にも外は、危ない蛮族ばかりって教えているみたいね」
アザミは悩ましげに、頬に手をあてて言った。彼女はサナリエンと一緒にピクニックに行った時、さりげなく森の外のことを聞いた事があった。だが帰ってきたのは、"知らない"の一言だったのにアザミは驚いたのを覚えていた。
「そりゃエルフも長くねぇな。いずれその国に侵略されて奴隷落ちになるな」
「そうなる筈だったんでしょうねぇ」
「俺達がいなきゃな。おっ、三分たったな!」
犬神は、早速割り箸を割って、カップ麺の蓋に手を掛けた。ベリッとカップ麺の蓋を最後まで開けると、魅惑的香りが湯気と一緒に立ち上る。スープに浮かんでいる麺を割り箸でほぐすと、つまみ上げ一気に啜った。
「あ~うめぇ!」
「ちっ。俺のはまだ出来てねぇよ!」
ヒビキの選んだカップ麺は待ち時間5分の為まだ食べごろではない。それがもどかしく、恨みがましげな視線をアザミと犬神に向ける。
「それを選んだはあなたでしょ。おとなしく待ってなさい」
「へっ!なら缶詰でも食ってるさ!」
ヒビキは、テーブルの上に転がっていた鯖缶を掴むとプルトップを引っ張り上げてパッカンと開封する。
それを横目に、アザミはカップ麺を取った時に一緒に貰っておいた割り箸を割って、うどんをずぞぞっと一気に啜る。ワザとらしいカツオ出汁の香りが鼻からつきぬけ、いい感じのしょっぱさを味わう。
同じ待ち時間3分でだったアオキ、カラス天狗も同じように蓋を開け、頂きますと呟くと、食べだした。
それを、尻目にヒビキは、開けた鯖缶を突いている。
「ん~。たまにはジャンクな物もいいわよねぇ」
「そうだな。でも、もう買って来れないってのは、残念だなぁ」
犬神も盛大に蕎麦をすすり、スープを一口飲む。一応の備蓄として里の蔵に、大量に保存されているが、これからの数年で食い尽くすことになるのは容易に想像できた。
「この世界特有のおいしい物ってあればいいんですけどね」
「あっそれは、いいわねぇ。ドラゴンステーキとか?」
「食べてみたいですねぇ。鳥っぽいのでしょうかねぇ?それともトカゲっぽいんでしょうかねぇ?」
カラス天狗は、今だ食べたことの無い食材の味を想像しながらラーメンを啜る。
「それは食べてからのお楽しみってな」
「まぁね」
「よっしゃ!五分たった」
ヒビキはそう言うや否や、べりっと蓋を剥がして食べ始めた。
ずぞっずぞぞっと、勢い良く食べていく。麺からスープが飛ぶがそんな事は気にしない。
「うっごふっ!」
「あらあら、そんな勢いでたべるから」
アザミが、咽たヒビキを見て、ポケットからウェットティッシュを取り出した。
「ちっちがっアレっ!」
咽ながらも、ヒビキは首を振ると、村の方を指差した。
「どうしたの?何かあるの?」
アオキ達は、ヒビキが指差した方を見た。
「うおっ!」
「きゃっ!」
「うわお!」
「なんと!」
アオキ達が見たのは、村の方から見えるLEDランプの光を受けて光る目、目、目。闇夜に浮かぶ無数の目だった。耳を澄ませば、獣が唸っている声すら聞こえる。
その中から一際、金色に光っていた目が前に出た。前に出たことによって金色に光目を持つ者の姿がランタンに照らされる。
それは、獣人達の村の長ゴットスだった。
「なぁ。お前たち何食ってんだ?」
「何って晩飯だけど…」
きょとんとした表情で犬神が言った。
「んな事は分かってんだよ!だから"何"を食ってるんだって聞いてんだ!」
「ええっと、俺達の里から持ってきた保存食だけど…」
「保存食だと!?保存食なのにこんなに良い匂いをさせてんのか!嫌がらせ、いや、拷問か!」
その時、一斉に獣人達の腹がなった。つまり、彼らはおなかが減っているところに、何処からか良い匂いが漂ってきたので、それにつられてここに集まってきたのだ。正に飢えた獣に囲まれた状態。
アオキ達は、テーブルの上で声を潜めて緊急会議を始めた。
「うっ迂闊だったわね。これなら川で食べた方が面倒が無くてよかったわ」
「おい、どうするよ。このままじゃ引っ込みがつかなそうじゃないか?」
焦った口調で犬神が言う。
「ここで、判断誤ったらまずいですよ。食べ物の恨みは恐ろしいですから…。このままこの人達に襲われても不思議じゃありませんよ!」
最後にカラス天狗がひそひそと言った。それに同意するようにアオキがウンウンと頷く。
「…でもなぁ。カップ麺を全員に振舞うわけにもいかんだろ。そもそも、人数分無いし。うっ!」
犬神がちらりと、村のほうを見れば、テントを取り囲んでいる目が更に増えていた。
そこでアオキが手を上げた。
「米は30キロある、後、味噌も」
「お前、そんなに米を持ってきてたのかよ!?」
ヒビキが呆れた表情で言った。
「…こんな事もあるかもしれないと、山ン本が持って行けと言っていた」
「でも、そんな量のお米を調理出来る大きな鍋とか無いわよ?」
そのこそこそ話が聞こえたのか、ゴットスが叫んだ。
「鍋ならあるっ!おいっ!」
「持って来たっす!」
気がつくと、ゴットスの後ろに大きな寸胴鍋を抱えたロンが立っていた。ゴットスが指示してから一瞬の出来事だった。
「準備早えな…。それになんでそんなでかい寸胴鍋もってんだよ」
「こんな事もあろうかと逃げる時に持ってきたっす!」
ロンは、大きな鍋を抱えながら胸を張って堂々と答えた。
「って事は…」
それから、面々は、真っ暗な夜にも関わらず、獣人の村で炊き出しを行うことになってしまった。
だが、そのお陰でアオキ達は村の人々から受け入れらる事になった。




