第二十六話 ヒビキと子供達
「なぁ。暇だから俺出てっていいか?やる事も無いし。詰まんないから」
ヒビキがそう言い出したのは、犬神が、山ン本に渡された質問リストを読んで、延々とゴットス達に質問している時だった。犬神の前には、ICレコーダー(マロ爺の私物)が置かれ、質問の答えをずっと記録している。時々ゴットスにも分からない質問はロッカスが答えていた。
「何言ってるのよ。あんたこれを承知で着いてきたんじゃないの?」
犬神の隣で、質問の答えを筆記で記録していたアザミが呆れたようにヒビキに言った。
「うるせぇなぁ。暇なんだからしょうがないだろ。暇暇暇~!」
ばたばたと足をばたつかせてヒビキは駄々を捏ねる。狭い室内、しかも土がむき出しの床でそれをやられると当然砂煙が上がる。
「コホッ!ちょっと止めなさいよ!。まぁ。あんたがそう言い出すのは時間の問題とはおもってたけどね。…一時間か…結構持ったほうね」
アザミは、右手で砂埃を払いながら、左手首にした、瀟洒な腕時計を確認して言った。
「ははは、まぁ子供には、退屈だろうな」
ゴットス達もヒビキの子供らしいしぐさに、ほほえましさを感じた。
「この子、もう250歳超えてるけどね…」
「えっ?」
アザミがボソッと言った瞬間、ゴットスの目が点になった。獣人の寿命も、人間よりちょっと短い程度なので妖怪達の年齢は想像の埒外だ。しかも見た目が自分たちより若いと成ればなおさらだ。
「う~んそうだな…。なぁ村長さん。今日俺達泊まって行きたいんだが何処か使っていい空き地無いか?」
犬神が、聞いた。
「えっ?空き地でいいのか?よければここを使ってもいいぞ。俺はコイツの家にでも世話になりゃいいしよ」
「ああ、それはお構いなく。こっちも自前でテント…天幕を持ってきてんだ。そいつを使うさ」
犬神は手を上げて、ゴットス達の申し出を断った。
「天幕があるってんなら、こんな家モドキより、よっぽど住み心地はいいか。分かった。ちょっと失礼」
ゴットスはそう言うと立ち上がって、狭い建物内を移動して、入り口まで行くと、入り口から顔を出して外に声を掛けた。
「おい、ちょっと!」
「村長!なんか用ッスか?」
外でボロボロの槍を持って待機していた調子の良さそうな村人が、呼びかけに答え、ゴットスの前まで来た。
「ああ、客人の何人かを、寝泊り出来る広さの空き地に案内してやってくれ。今日は、そこで泊まってもらう予定になった」
「ウッス!わかりました!」
ゴットスは、家の中に顔を戻すと「っと言う訳なんで。コイツについてってくれ」と言った。
「分かった。アオキとヒビキ、後カラス天狗は、今日の寝床を作っておいてくれ。俺とアザミは仕事があるからな」
「え~マジでー」
ヒビキは、ぶーたれるが、即座に犬神にたしなめられた。
「暇だといったのはお前だろうが。仕事を与えてやった分ありがたく思え!」
「なら、アオキと二人きりにしろよな。馬鹿犬」
ヒビキは、不機嫌そうに顔を背けるとボソッと呟いた。その呟きは、犬神にはまる聞こえだったが、武士の情けで無視してあげた。
「何か言いましたかな?ヒビキ殿?」
「言ってねぇよ。馬鹿ガラス!行くぞ!アオキも!」
ヒビキは、カラス天狗に八つ当たりしつつ勢い良く立ち上がると、村長の家から出て行った。
「ここを使って欲しいっす。水場はあっちにあるっす」
「案内ありがとうございます」
カラス天狗がお礼を言うと、その村人は恐縮したように頭を下げた。
「いえいえ、ミューラを助けてくれて本当にありがとうっす」
ヒビキ達が案内されたのは、村はずれにあった空き地だった。何も無い村と言ってもさすがに、見ず知らずの妖怪を村の真ん中に泊まらせるわけには行かないのだろう。
「では自分は戻るッす。何かあったら近くに居る奴に言ってくれっす。出来るだけ善処させてもらうっす」
「はいどーも。んじゃ。アオキよろしく~」
それだけ言うとヒビキは自分のリュックの中からビニールの敷物を出して、敷くとそのまま寝転がった。そして、リュックの中から漫画本を取り出して読み始めた。
「ヒビキ殿は、手伝わないのですか?」
「えーめんどい!」
ヒビキは、カラス天狗の問いかけに、頭も上げずに答える。
その間にも、アオキは冗談みたいに巨大なリュックを下ろすと、中から畳まれたテントが入った縦長の袋を取り出した。しかし、取り出しただけでまだてんとは建てない。まずは風向きを見ながらテントを張る場所を決める所から始まる。決めたらその場所に転がっている石をどかす。
テントの下に、石があったら、いかにその上にやわらかいマットを敷いても意味は無い。寝心地最悪なテントの出来上がりだ。アオキは、そんなテントで寝たくは無い。なのでアオキは慎重にテントを張る場所を歩き回って丁寧に石を排除していく。ヒビキに文句を言っていたカラス天狗も、手伝って直ぐに終わる。
それが終わってからようやくテントを建て始める。
毎度おなじみのマロ爺がどこぞから貰ってきて、そのまま蔵に入れっぱなしなっていたテントをテキパキ設営していく。
きっちりペグを打ちこみ、張り縄もしっかり張って、テントの中にマットを敷く。
その様子を横目にヒビキは、いつの間にか出していたせんべいをバリボリと食べながら漫画を読んでいた。せんべいの入った袋は、寝転がったヒビキの前に置かれている。
「オーご苦労ご苦労!…ん?」
そうしていた時、不意にヒビキは、誰の視線を感じた。それも複数だ。なんとなく気になって首をめぐらすと、木の影から獣人の子供達が遠巻きに見ているのが見えた。その子供達の中にミューリはいない。今は、自分の母親に付きっ切りなのだろう。
「…」
子供達が見ているのは、ヒビキが持っているせんべいだ。鼻の良い獣人の子供達は、せんべいから香るしょうゆの香りに引き寄せられ、よだれを今にもたらしそうなほど凝視している。
ヒビキの額に冷や汗がでる。
ヒビキは、天邪鬼だ。黒を見れば白といい、助けてと言われれば笑って見捨てるのが彼女だ。とはいえ、目の前でおなかを空かせている子供が居る状況で、せんべいを平気でバリバリ食べ続ける事が出来るほど、屑ではない。
そこへ、助け舟を出したのは、テントを設営していたカラス天狗だ。
「あ~来ちゃいましたねぇ。でも、ヒビキ殿はあげないですよね。ケチな妖怪ですもんね。ひっどいなぁ」
明らかに、棒読みの台詞だ。それでもヒビキはあえて騙される。だが、それでも妖怪としての本能が満足する。「あげないよね」と言われれば「上げる」のが天邪鬼だ。
「なんだと!おら!ガキ共!コイツが欲しければ並べ!」
ヒビキがそう言うと、木の影から見ていた子供達は、顔を見合わせると、ビクビクとした様子で、ゆっくりと出てきた。角の生えているヒビキを恐れているようで、それでも直ぐに逃げ出せるように腰が引けている。
子供は、五人おり、ヒビキの傍まで来ると立ち止まった。傍といっても、ギリギリヒビキの手が届かないあたりで止まっている事から、やはりヒビキが怖いのだろう。
「ん!」
その子供達に向かって、袋から取り出したせんべいを一枚突き出す。
「一人一枚だけだぞ!俺の分がなくなるからな!」
子供達の中から一番年長そうな男の子が、恐る恐る手を伸ばしてせんべいを受け取ると、しばらくせんべいを観察した後、かじりついた。
バリッと小気味好い音、続いてバリボリとせんべいを噛み砕く音がする。その様子をせんべいを受けて取っていない他の子供達が凝視する。しばらく咀嚼する音がし、最後にゴクンと飲み込む。
「ウマイッ!すっげーすっげーウマイ!」
そこらかは、雪崩を打ったように、ヒビキの群がった。
「ちょーだい!ぼくにもちょーだい!」
「あたし!あたしにも!」
「うーにもちょーらい!」
「くだ…さい」
「おら!いきなり群がってくるんじゃねぇ!並べっつってんだろうが!」
寝っころがっていたヒビキは、咄嗟に立ち上がり、持っていたせんべいの袋を高く持ち上げ、子供達の手の届かない様にする。
「でねぇとやらねぇぞ!」
ヒビキがそういった瞬間、せんべいの入った袋に手を伸ばしていた子供達は、バビュンとすばやく一列に並んだ。
「ったく。最初からそうしろってんだ。ほれ」
呆れた、ヒビキが、並んだ全員にせんべいを渡す。子供達は受け取ると、直ぐにせんべいにかじりつく。そして息つく暇もなく食い尽くす。しまいには、せんべいを持っていた指を舐めている。全員が食べ終わると、子供達は、横一列に並んでお礼を言った。
「ありがとう。お姉ちゃん!」
「ありがとう!」
「ありがとう!」
「うひゃーありかとう!」
「あり…とう」
「ありがとうっす」
そのお礼の中に、ちょっと可笑しなのも混じってはいたが…。
「おいちょっと待て…。何でテメェが食ってんだよ。お前さっきどっか行ったろ!?」
ヒビキはその混じってたのに突っ込んだ。子供と一緒に並んでいたのは、アオキ達をここまで案内してきたあの調子のよさそうな獣人だ。
「いやね。何か良い匂いするなぁーって、その匂いの元をたどったら、ここに着いたっす。んで並んだらくれるって言ってたから、俺も並んでもらったっす。めっちゃうまかったっす。お客人の所だとこんなうまいもん食えるんすね。あっ自分ロンって言うっす!よろしくっす。んじゃ仕事があるから失礼するっす」
ロンは、自己紹介すると、さっさとまた村の方に戻っていった。
「あれ、またお菓子子供にあげようとしたら、来ますね…。絶対」
そのやり取りを見ていた。カラス天狗は一緒に作業していたアオキに言った。アオキも無言で頷いた。
それから、ヒビキは、せんべいをあげたことにより懐かれた子供達と日暮れまで一緒に遊んだ。じゃんけん、ドロケー、影ふみ鬼。もう日本では見向きもされないような遊びでも、この村の子供達にとっては新鮮で、大うけだった。
その間にアオキ達は、一通り、キャンプ設備を設営を完了した。
「本当にファンタジーっぽくねぇな」
出来上がったのは、某有名ブランドのドームテント、そして同じブランドのタープ。タープの下には折りたたみのテーブルと椅子が並べられている。
テーブルの上には、近くの川から汲んで来た水の入ったウォーターサーバー乗っている。
ヒビキの言うとおりだ。その光景はどっかのオートキャンプ場のような光景だった。
「便利だからいいじゃないですか?それとも、野宿がお好みですか?」
カラス天狗がそういいながら、LEDランタンにをつける。カラス天狗は妖怪と言っても鳥目で、暗い中だと殆ど見えないのだ。基本懐古主義的な妖怪達ではあるが、やっぱり生活は便利な方が良い。
「冗談」
完全に日が落ちると、獣人達の村は闇に包まれた。だが、村で唯一LEDランタンが点されたアオキ達のテントの周りだけは昼間のような明るさだった。
LEDランタンのあまりの明るさに、村人達が何事かを様子を見に来るほどだ。
ふと、アオキが村の方を見ると、ゆらゆらと頼りない火の玉が二つ浮いているのが見えた。その炎は、不気味にあたりを照らしながら、アオキ達のほうへと向かってくる。獣人達はその炎に驚いて自分達の建物へと逃げ帰っていった。
「どうだった?」
アオキはそれを、気にした風もなく話しかけた。すると火の玉が二つだったのが四つに、四つだったのが八つにと倍倍に増えていく。すると徐々に火の玉の後ろに立っていた人物達が見えてくる。
「問題ない。一通りは聞いた」
「あーおなか減った~」
現れたのはアザミと犬神だった。火の玉は実は狐火で、アザミが自分の力で出していたものだ。
「じゃあ晩飯にしよう」
アオキは立ち上がると、荷物を置いたテントの中へと向かった。




