第二十五話 獣人の村にて
第3回オーバーラップ文庫WEB小説大賞に参加する事にしました。
よろしくお願いします。
「引越しの挨拶?」
犬神を囲んでいる獣人が聞いた。
「ああそうだ。俺達は、ここから大体歩いて一日くらい歩いた場所から来た」
「俺達って事は、あんたみたいなのが沢山いるのか?」
「ああ、居るぜ。俺の仲間も何人か一緒にここに来てる」
「?ならなんで、ここに居ないんだ?」
「あーそれはな。今来てる奴の中にオーガに似た奴がいんだよ。鬼ってんだけどな。突然そんな奴が着たらお前さん達オーガが来たーって戦うか逃げちまうかするだろ。だからちょっと待ってて貰ってんだ」
「そっそいつも妖怪なのか?」
「そうだぜ。妖怪に決まった姿形はねぇ。妖怪=化け物って認識されてたからな!おっそうだ!」
犬神は何か思いついたのか、立ち上がると、椅子代わりにしていた巨大なリュックからごそごそと青いファイルを取り出した。
「コイツだ。コイツに俺達妖怪の写真…えっと絵姿?が入っているから、ちょっと見ておいてくんねぇか」
犬神は、獣人達の方にファイルを差し出した。おっかなびっくりといった感じで一人が近づいてきて、犬神からファイルを受け取ると直ぐに元居た場所に戻った。
ひとしきりファイルのさわり心地に驚いた後、恐る恐るファイルを開く。そして目をまん丸になるまで見開いた
「何だこれ!?まるで景色をそのまま切り取ったみたいな絵じゃないか!」
まず最初に驚いたのは、開いた本に描かれていた絵の緻密さだった。マロ爺の持っていたデジカメを使って、撮影したから当然といえば当然だろう。
同じ妖怪と言っても、その姿は千差万別。自分達の事が説明がしづらいのは、妖怪達も分かっていた。なので、他所の人達に説明しやすいように"あやかしの里妖怪図鑑"を作ったのだ。
次に驚いたは、妖怪と名乗っている者達の姿だ。明らかに、この世界に居る凶暴なモンスターの姿や、奇奇怪怪な生き物の姿が大量にファイルされている。
一応は、見ている者達になるべく恐怖を与えないように、写っている妖怪達も笑っていたり、おどけたりしているのだが、残念な事に逆にそれが怖い。
「こんな生き物が居るのか!?」
見ている獣人も若干震えている。横から覗き込むようにファイルを見ていた獣人達も、冷や汗を流している。
「おう居るぜ。みんな良い奴だ!」
犬神は、リュックに座りなおして二カッと笑った。
「おい、通してくれ!」
その時、犬神を囲んでいる獣人達の背後から、大きな声がした。
囲みが割れ、その先からトラ耳を生やした大男と、垂れ耳を生やした細身の男が現れた。それに付き従うように、武装した獣人達が村人を守るように前に出てきた。ただ、前に出てきただけで、武器を構えてはいなかった。
(武装してるって言っても、どの武器もボロボロじゃねぇか。一体何なんだこの村?)
獣人達が持っている武器を見て、犬神は思った。
「っ!お前が、ミューリを助けて、ここまで連れてきてくれたのか?」。
犬神の姿を見てトラ耳の大男は一瞬、息を飲んだが、直ぐに気を取り直して話しかけた。余程始祖様というものが彼らにとって重要なのだろう。
「おっ。何か偉そうなのが来たな。そうだぜ。ここに来るついでだったんでな」
威圧感丸出しといった感じなのに、犬神は気楽に返した。
「まず最初に礼を言う。仲間を助けてくれてありがとう」
「礼にはおよばねぇよ。困っているガキを助けるのは大人の義務だ。そうだろ?」
犬神がにやりと笑いながら答えると、トラ耳の男も面白そうに笑った。
「クククッ!そうだな。だからって、身内を助けてもらって礼をしねぇってのはねぇだろ。俺の名前はゴットスだ。この村の村長なんぞやらされてる。隣に居るコイツは、副村長のロッカスだ。あんたは?」
副村長のロッカスは、犬神に軽く頭を下げた。
「俺は犬神だ」
「そうか。それで犬神さんよ。何でこの村に来た。何か用があるとか言ってたが、見ての通り、この村にゃ何にもないぜ?」
「ははは、んなことはねぇ。少なくともこの村には、母親思いのいい子がいるじゃねぇか。それにちゃんと子供をしかってやれる大人もな。んで俺がこの村に来た用だが、引越しの挨拶だ」
「どういう事です?」
「どおって言ったままの意味だぜ。一週間ほど前から、俺達が、ここから西に一日ほど歩いた場所に強制的に引っ越してきちまったんだ。んで、今はそのご近所さんに挨拶回りに来てるってわけだ」
「引っ越してきたって…。私達が言うのもなんですが、ここはエルフの治めるフィフォリアの森、おいそれと入ってこれる場所ではありませんよ!?」
「といわれてもなぁ。俺達も来たくてここに来たわけじゃねぇからなぁ」
困ったように頭の裏をかきながら言った。
「何かややこしい話がありそうだな…。ここじゃ何だから、俺の家で話そうぜ。見ての通りこんな村だからな。大した歓迎なんぞ出来んがな!」
「あっ!ちょっと待った!」
「何だ?」
「仲間が四人居るんだが、呼んでいいか?」
「それは、かまわんが、何で最初から一緒に居ないんだ?」
「ああ、俺の一緒に来てる仲間にオーガにそっくりな鬼って奴が二人居るからな。あんたらが怯えない様に隠れてもらってんだ。言っておくが、二人とも悪い奴じゃないぞ」
「…暴れないんだな」
ゴットスは、念を押すよう聞いた。
「そっちが無体な事をしなければな。いい奴だぜ。もう一人は捻くれ者だけどな」
「なら呼んでくれ」
「おーい!出てきていいぞ!」
犬神が声を掛けると、ガサガサと藪を掻き分けて最初にヒビキとアザミの二人だ。
「遅えよ犬神!もっと早く呼べよ!」
「あら良かったじゃない。泣き顔を見られなくて」
「なっ泣いてねーし、退屈であくびが出ただけだし!」
それに続いて、アオキとカラス天狗が出てきた。
現在カラス天狗は、術を使って背中の羽根を隠しているので十分森に隠れる事が出来ていた。
「いや~良かったですね。アオキ殿」
「…」
カラス天狗に話しかけられたアオキは、無言で頷いた。アオキの目は潤んでいたのに、カラス天狗は気付いたのだ。
一方、出てきた一行を見た武装した獣人達は一斉に身構えた。やはり、アオキの大きな体と、頭から生えた角からオーガを連想するのは仕方が無いだろう。そういう扱いを受けるだろう事はアオキも分かっている。
「よせ!彼らは客人だ!」
ゴットスが、手で村人たちを制した。村人達は不安そうな顔をしているが、ゴットスの指示に従った。
「すまないな。あんたの姿は、こいつらにとっては刺激が強すぎるようだ。あと武器を持ってる奴が居るな。それは、ここで預けてくれ」
「いや、いい。まぁ当然だな。おい!」
犬神はアオキ達に命じて持ってきていたナイフや錫杖、金砕棒をを預けさせる。この時、金砕棒を受け取ろうとした獣人が金砕棒の重みに潰されかけるという惨事が起きたが、それは余談だ。
「こちらです。ご案内します」
犬神達一行が案内されたのは、ほかの村人達の家とそう変わらない建物だった。ただ他の建物より少し大きめに作られている。建物とは言っても木と葉っぱで壁と屋根が作られているだけであり、中は地面はほぼむき出し、人が車座になるあたりに、この森で狩ったと思われる動物の毛皮が敷かれていた。
「せめぇし、汚ねぇがこれで我慢してくれ」
「邪魔するぜ」
他の建物より、大きめに作られているとは言え、犬神達一向と、ゴットス、ロッカスが入るだけで建物の中はぎゅうぎゅうになった。その為、荷物を置くスペースは無く、建物の外に置いておく事になった。
建物の中に入るとヒビキとアザミは、家の中を興味深そうに見回した。
「まずは、自己紹介と行こうか。改めて、俺がこの村の村長ゴットスだ」
「私は、副村長をしているロッカスと申します」
二人は、並んで頭を下げた。犬神達一向も、背筋を正して、自己紹介を始めた。
「ご丁寧な挨拶痛み入る。俺は、あやかしの里の犬神だ。里長の命により、この村に引越しの挨拶に来た」
「私は、狐の妖怪である妖狐のアザミよ。よろしくね。後、私も耳生えているけど獣人じゃないから」
「天邪鬼のヒビキだ!」
「鬼のアオキ」
「連絡役のカラス天狗にございます」
犬神達もそれぞれの自己紹介が終わると、一斉に頭を下げる。ヒビキだけは、アオキによって強制的に頭を下げさせられていたが…。
「それで、何故我々の村に?もう一度説明していただけますか?」
「ああ、いいぜ」
犬神は何故自分達がここに来たのか、説明を始めた。
自分達が一週間ほど前に、里事突然この地へと飛ばされてきた異世界の者である事。
現在は戸惑いつつも、この地で生きていく為に色々している事。
ここに来たのも、その一環で、自分達は害ある者では無いという事を、この地の人々に知って貰うためだという事。
「それで引越しの挨拶って事か」
「そうだぜ。だから、引越しの挨拶として、色々持ってきたんだ。酒とかな!
「酒だとっ!」
犬神の酒の一言にゴットスは、盛大に反応した。
「おうよ!あやかしの里特製の純米大吟醸よ!うまいぞ!」
「おい!ゴットス!」
さすがにその反応は、まずいとロッカスが肘で突いてたしなめる。
「えっあっすまん」
「現在我々は、物資が不足していますから、ありがたく頂きましょう」
「それでよ。俺達も聞きたいんだが、何であんたらは、ここに居るんだ?ここってエルフが治めてる森って事になってるんだよな?」
「…俺達はな。逃げてきたんだよ。人間共から…」
「よくある話ですよ…。私達は、とある小国で平和に暮らしていたのですが、突然ある国に滅ぼされましてね。民は散りじり、人間達に捕まった獣人は全員奴隷に落とされました。その後は、鉱山での死んだ方がマシと思えるほどの重労働。このままでは全員殺されると思いまして。鉱山にある奴隷収容所から集団脱走したんです。逃げ込んだ先がこのフィフォリアの森って訳です。ここなら人間達は追いかけては、これないですからね」
「そうか」
犬神は"そうか"としか、言わなかったその顔には、同情も憐憫の情も浮いてはいない。ただ淡々と事実を受け止めているだけだ。
「なぁ。ゴットスさん」
「さん付けなんていらねぇよ。ゴットスでいい。…で何だ?」
「じゃあ。ゴットス。俺達の里と取引しないか?」
「取引だと?」
「俺達が出すのは、食料、武器を含めた道具、野菜の種。ああ、あと服とか生活用品全般」
「本当かっ!…でも、俺達に対価として渡せるもんは無いぜ。見ての通り、何にも無い村だからな。あるとすれば…」
そこでゴットスの雰囲気が変わった。何かを察したのか、荒々しく犬神達を威嚇するような雰囲気だ。
「…もしかて、俺達に同胞を売れってんじゃねぇだろうな?」
「おいおい、勘違いするな。俺達は別に、仲間を売れって言ってねぇだろうが」
「じゃあ。俺達は何を差し出せばいいんだよ」
「決まってる。俺達が欲しくてたまらないモノだ」
「それが何だつってんだろうが!」
「情報だよ。情報。森の外のな」
「森の外の情報?そんなもんどうすんだよ」
「はっきり言やぁ。俺達は何も知らん。ここがどんな世界で、どんな連中が生きてるかすらな。だらから知る事の出来る事は全部知りてぇんだ。それが森の外の事だろうと中だろうとな」
「まぁ。知りてぇってんなら。教えるけどよ。本当にそれで取引してくれんのか?」
「もちろんだぜ」
「俺達が嘘付くかもしんねぇぞ」
「それが分かったら、うちの里の連中総出で報復するから心配すんな!」
犬神はガハハと笑った。
「報復かよ…。はぁ。まぁいいぜ。その取引乗った。どの道、このままじゃ俺達はジリ貧だしな」
「契約成立だな。良かったぜ。重い荷物を背負ってきたかいがあるってもんだ。うん!」
パンと膝を叩いて、喜んだ。アオキ達もホッとしたように息をついた。




