第二十三話 妖怪調査隊
サナリエンが、帰ってから三日がたった。あれからエルフ達からの連絡はまだ無い。
あやかしの里陣営は、その間にも周囲を探索する着々と調査の準備を進めていた。まず最初に、カラス天狗達による上空からの偵察から始まった。カラス天狗を出来る限り高く飛ばし、里の周囲をマロ爺の持っていたデジタルカメラで撮影する。撮影した映像と、カラス天狗達の話から地図を作ろうというのだ。その結果、里は日本では考えられないくらい広い森の中にぽつんとある事が分かった。
それからあやかしの里は、二つの調査隊を造り、送り出すことにした。一隊は里の北にある里の住人から双子富士と呼ばれている山に。もう一隊は、カラス天狗が里の東のほうにあるのを発見した、みすぼらしい村だ。何とこの村、住人は獣人なのだ。
本当は、エルフ達の村を見つけて、そちらにも使者を出したかったのだが、上空からの捜索では、エルフの村を見つける事は出来なかった。
山に向かうのは5人のカラス天狗達。山に向かう目的は山の向こうに何があるのか調べる為だ。
村に向かうのは、犬神をリーダーとして、アザミ、アオキ、そして連絡役のカラス天狗の編成だ。こちらの方は、獣人達と接触して交流を持つ事が目的だ。その為、獣人に近い外見の犬神がリーダーに選ばれた。
「いやぁ今日はいい天気だな!ピクニック日和だ!なぁアオキ!…ああ、いい森のにおいだ!」
犬神は、鼻をスンスンと鳴らしながら言った。
犬神とは、その名の通り、犬の妖怪…いや祟神だ。だが前に説明した歳経た動物が妖怪化した経立とは、違い。犬神は人工的に作られた祟神であるという事だ。日本の各地にその伝承が残っており、そのどれもが犬に対して惨い仕打ちを行った末に殺し、その無念を持って祟神へと変じたものだ。何故か犬神が、作られると犬神を作り出した人間に取り付き、その人間の望みを叶えるといわれている。ただ、そんな事が何のデメリットも無く叶うわけではない。大抵の望みは周囲から犬神が奪って来た物であり、周囲の者を傷つけた。しかも、犬神は代々その家の者に犬神がとり憑き続ける。その為、犬神が憑いた家の者は、犬神持ちとされ、何処の土地でも忌避されている。
あやかしの里に居る犬神も、そんな祟神の一柱ではあったが、その生まれに反して本人(本神?)は、結構豪快な性格をした優しい男だった。
「ピクニックではない」
アオキが否定するが、赤ジャージに大きなリュックを背負った犬神は聞いちゃ居ない。犬神は先頭に立ってズンズンと森の中を進んでいく。
その後ろをついていく形で、アオキとアザミは歩いていた。アオキは何時ものツナギに、犬神と同じように大きなリュックを背負い、手には金棒を担いでいた。アザミは何時もの巫女服ではなく、森で歩きやすいようにライトグレーのズボンにチェック柄のシャツを着ていた。なお、今日も狐耳装備だ。尻尾は森の中を歩くのに邪魔になるのでなし。アオキ達とは違いリュックは小さめだ。カラス天狗は、何時もの山伏の格好で上空で偵察しながらついてきている。
「いいじゃないの。私達の目的は、この先にある獣人さん達の村に行ってお話する事なんだし」
「それでも、モンスターは出るぞ」
そこに、ここには居ないはずの人物の声がした。
「そんなもん。アオキが倒せばいいだろ。何の為に金棒持ってんだよ」
「ん?」
「!」
「えっ?」
その声に驚いて三人が振り向くとそこには、里に居るはずのヒビキが歩いていた。今日は迷彩柄のパーカーに薄茶色のズボンを履いていた。
「何でここに居るのよヒビキ…」
「へっ。俺が何処に行こうと俺の勝手だろ。暇だったからな。手伝ってやろうと思ってな!」
ヒビキはしてやったりと笑いながら言った。
「つまり、無断で来たと…」
アザミがため息をつきながら俯いた。一方それを見た犬神は笑い出した。
「クハハ!つまり、愛しの旦那と離れるのが嫌でついて来たんだろ」
「ちげーし!絶対ちげーし!」
犬神に図星を指されたヒビキは、顔を真っ赤にしながら否定した。
「ちょっといいの!?無断で里を出ちゃったのよ!この子!」
「いいぜ!いいぜ!ここまで来ちまったんだ。もう一人で帰すわけにゃいかねぇだろ!そのかわり、ちゃんとテメェの足で歩けよ。まぁアオキに情けねぇ格好を見せたいってんなら別だがな!グハハ」
既に一向は、一緒に転移してきた森が終わってから大分歩いている。モンスターにも既に複数回遭遇しており、ヒビキを一人で帰すという選択肢はもう無かった。
「はっ。この程度の森で俺が根を上げるとでも思ってんのか?」
そう言うと、ヒビキはズンズンと前に歩いて行き、先頭を歩いていた犬神を追い抜くいて歩いていく。
残りの三人は顔を見合わせると、やれやれと首を横に振ると、ヒビキを追って歩き出した。
「おい!先に行き過ぎるな!迷子になるぞ!」
犬神が注意を促すが、それでもヒビキはズンズン進む
「その場合は俺が迷子になるんじゃない。お前達が迷子になってるんだ」
「まるで、子供の言い訳ね」
そういうとアオキ達一向は、獣人の村に向かって歩き出した。
獣人の住んでいる村は、あやかしの里から徒歩で約一日ほど歩いた場所にある。とは言え、道は無く、草木を切り開きながら行くので実質二日掛かる。もし普通の人間だったらその三倍の日程が掛かっても不思議ではない。
ヒビキが前を歩いているアオキに聞いた。
「なぁ。後どれくらいで着くんだ?」
「もうちょっとだ」
「それ、何回も聞いたぜ?」
人間以上に体力がある妖怪では、あるが、人間と同じような精神構造をしている。最初はものめずらしかった異世界の森ではあるが、一日中ずっと歩き通しと言うのは結構キツイ…と言うか飽きる。
その為、飽きっぽいヒビキが、事あるごとに聞くのだ。もう、自家用車で長距離旅行に出かけた時の親子の会話だった。
「私は、ヒビキの"後どれくらい"を何回も聞いたわ」
「だってさ~。もう持ってきたゲームのバッテリーも切れちまったし、やる事ね~んだもん」
「それなら。あんたも周囲を警戒しなさいよ。あんたモンスターが出ても何もしないじゃない!」
「この辺のモンスターなんてアオキ一人で十分だろ。変に手出しした方が足手まといってもんだ」
「ぐっ」
意外に的確な反論に、アザミの言葉が詰まる。
一方、犬神だけは妙に元気に、藪を手に持った鉈で切り裂きながら歩いている。
突如、森に幼い悲鳴が響いた。
「いやあああああああああああ!」
「悲鳴!近いな。カラス天狗!今の悲鳴の出何処は分かるか!」
犬神が、空を見上げ上空で偵察してくれているカラス天狗を仰ぎ見た。
「はい!何者かがモンスターに追われているようです!あっちに逃げていきます!」
「行くぞ!野郎共!」
そういうや否や、犬神は、飛び出した。アオキも無言でそれに続く。
「え~行きたくない」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!行くわよ」
アザミは、天邪鬼なヒビキの腕を引っ張りながらアオキの後を追った。
フィフォリアの森に住む獣人の娘ミューリは、その日、禁じられて居たにもかかわらず一人で森の中に入った。それは、薬草と食料を探す為だ。もちろん村でも、少ないながら食料の配給はされている。配給される食糧は、村の大人達が協力して危険な森の中を探し回って取ってきた貴重な食料だ。子供で大した仕事も出来ないミューリにとって、それは食べさせてもらっているだけでも、ありがたかった。けれど、それでは、どうしよう無い事態が発生した。ミューリの大好きな母親が、病に倒れてしまったのだ。
幸いにも村に薬師の老婆がおり、ミューリの母親を見てもらえたのだが、容態は芳しくなかった。治すには、この森に生えている薬草が必要なのだが、その薬草は滅多に生えているものではなかった。
食料を取って来ている大人たちも、どうにかしてやりたかったが、薬草探しに出せる程人員に余裕は無かった。何とか狩のついでと言う形で探してもらっていたが、薬草は一向に見つからなかった。
日に日に弱っていく母親を見ていられなくなったミューリは、薬師から、その薬草の特徴を聞き出し、一人森に入り薬草を探すことにした。食料はついでだ。
そして今日、ようやく薬草を見つける事が出来た。取った薬草を大事に持ってきた袋に詰め。大急ぎで村へと走る。しかし、薬草が見つかって彼女も気が緩んでしまったのだろう。今まで、モンスターに遭遇しなかった彼女は、とうとうゴブリンに見つかってしまった。
武器を持っていない子供であるミューリは、ゴブリンにとって鴨がねぎを背負って来た様なものだ。しかも薬草の薬味つきで。
草を掻き分け、転びそうになりながらも必死にミューリは逃げる。
「いやあああああああああああ!」
ゴブリンは、三人組で執拗にミューリを追いかけた。それは、まるで狩を楽しんでいるかのように、ゆっくり着実にミューリを追い詰める。事実ゴブリン達の顔には、いやらしい笑みが浮かんでいた。
「誰か助けてっ!」
助けなんか来ないのは分かってる。ミューリは、狩に出ている大人達と遭遇しないように、大人達が出て行った反対方向に向かって薬草を探しに出たのだ。声なんて届くはずも無い。それに、大人達が心配しないように、ミューリが探しに出ている間、仲の良い子に一緒に遊んでいると誤魔化してもらっていた。
けれども、叫ばずには居られない。
(これを持って帰らないとお母さんが死んじゃう!)
ミューリにとって母親は唯一の家族だった。父親は分からない。一度聞いた事があったが、「貴方は私の大事な娘よ」と言いながら抱きしめ、答えてはくれなかった。それ以降ミューリは一度もその事を聞こうとした事は無い。幼心にもそれは聞いてはいけない事だと察したのだ。
「あっ!」
碌に栄養も取れていない子供が全力で走れる距離なんてたかが知れている。スタミナの切れてしまったミューリは、飛び出していた木の根に躓くと転んでしまった。
その隙をゴブリンは見逃すはずは無い。転んだ痛みから立ち直り、顔を上げるとミューリの前に見せ付けるように棍棒を振り上げたゴブリンが居た。
「いや!誰か!お母さーん!助けて!」
その恐怖にぎゅっと目をつぶってミューリは叫んだ。
バキッ!
その時、いかにも痛そうな音がした。だが、ミューリの体は何処も痛くない。
恐る恐る目を開けると、そこには、見たことの無い獣人が立っていた。
「よし、良くがんばったな。お嬢ちゃん。もう大丈夫だ!」
「始祖…様?」
疲れきっていたミューリはそこで気を失った。




