第二十二話 謀(はかりごと)
話は、アオキが山ン本の屋敷から出て行った場面まで戻る。
アオキが、部屋を出て行き、部屋の中はシンとしていた。そんな中山ン本が口を開いた。
「…さて、皆には一つ詫びねばならない事があります」
その言葉を聞いて、部屋の中にいるほとんどの妖怪達は驚いた。驚いていないのは、マロ爺、神主、そして天狗だ。
「詫び…ですと?一体何のことです?」
驚いている妖怪達を代表して、ろくろ首が山ン本に聞いた。
「此度の騒ぎのことですよ」
「それは、結界の管理を怠った神主の責任では?」
「違うのですよ。神主は結界の管理をちゃんとしてました。結界は崩壊などしておらず、実際は私の指示で結界を解除させたのです。神主には泥を被ってもらってすまない」
「いえ、お気になさらずに…。これも里の為でございますゆえ」
山ン本の謝罪に、神主は頭を下げて答えた。
「何故その様なことを?予定では、七日間あのエルフのお嬢さんを、この里で暮らさせ、少なくとも友好的になって帰ってもらうはずだったのでは?」
実は、神主の張った結界は、神主が解こうと思えば簡単に解ける代物だった。嘘をついたのは、妖怪達が意図的に里内に監禁してると思わせない為だ。
「理由は、神主が結界のチェック中にモンスターに襲われているエルフの集団を見つけたからです。これを助ければエルフ陣営に恩を売れ、交渉がやり易くなりますからね」
その話を聞いて、今度は、河童が質問した。
「交渉を有利に進めるためだったら、そのエルフの集団を見捨てるのも手じゃないのか?そうなれば、俺達の手を汚さずにエルフの村の戦力を減らす事が出来るだろ?そうすれば、交渉ごとを簡単に出来るんじゃないのか?」
「その手も一応考えました。ですが、その場合、サナリエンさんが厄介な事になりそうなんで止めました」
「厄介な事?」
「彼女や彼女の村がこちらに敵意を向ける可能性があるんですよ」
「何故です?私達が、そのエルフ達を殺したわけではないでしょう?」
ろくろ首が首を傾げながら言った。
「理論上ではそうでしょうが、感情はまた別でしょう?我々が彼女を捕まえなかったら…。我々が霧惑いの結界を張らなければ…。こんな風に"たら""れば"を考えれば、どうやったって我々を悪者に出来ますよ。まぁ彼女の場合は、生真面目な性格からして、逆にエルフの集団が全滅したのは全部自分のせいだと考える可能性のほうが高いでしょうけどね」
「なら、ほっといても良かったんじゃないか?」
「私が、一番恐れているのは、彼女の知っている我々の情報が、彼女の村まで伝わらない事です。彼女を帰したはいいが、実は村で自分のせいで仲間が死んでいた。何て事が知られて見なさい。塞ぎこんでしまって、まともに話が出来なくなるでしょう」
山ン本は、妖怪達の反応を見ながら落ち着いて続ける。
「この村で生活してもらう事で文化を、弓と霧惑いの結界を見せることで技術を、田植えの光景で投入できる戦力を見せました。これをきっちりと伝えてもらって、エルフ達に、"妖怪達は、力を持った得体の知れない連中だが、話せば分かる相手"だと思わせるのが第一です。その為には、彼女に好印象を持ったまま、エルフ達の村に帰ってもらわなければなりません。なので、結界を解除して一芝居うったというわけです」
「なっなら、すぐに助けに行ったほうがいいんじゃいか?エルフが死んじゃまずいんだろう?」
その答えを聞いて河童が言った。
「それは、サナリエンさんが自分でやってくれるでしょう。犬神に命じて出て行く彼女に武器を渡すように言っておきましたから。それにアオキが行くから必要ないでしょう」
最後に、と言うと、山ン本は立ち上がり、妖怪達を見下ろしながら言った。
「これを皆に話したのは、この里の役職持ち同士が変にいがみ合わないようにする為です。今回対外的には、神主の責任となりますが、皆さんには各所から上がる不満を抑えてもらいます。こんな事態ですから、里に変な争いが起こるのは、好ましくありません。分かりますね」
そういうと、山ン本は室内を見回した。室内の妖怪達は、一斉に頷いた。
「ならばよし。マロ爺と河童は、アオキを追いかけてください。位置は偵察に出ているカラス天狗が教えてくれるでしょう。河童は妙薬を忘れずに…。更に恩を売ってやりましょう」
「まったく年寄りを、扱き使ってくれるのう」
「わっ。わかっぱ!」
「いいじゃないですか、河童を連れてって怪我人の治療したらサナリエンさんに喜ばれますよ。それにアオキじゃ相手のエルフと交渉できないでしょう?」
「それもそうじゃな。新しいエルフの娘っ子と仲良くなれるかもしれんしのう。ひょひょひょ」
そういうと、マロ爺は立ち上がって、スキップしながら部屋から出て行った。河童も立ち上がってマロ爺の後ろから出て行く。
「さて、そういう事ですので、後は皆さんにお任せします。以上解散!」
ザッと妖怪達が頭を下げると、山ン本は部屋から出て行った。
レゴラスは、今か今かと、そわそわしながら村の入り口で待っていた。ほかにも何人ものエルフが村の入り口に集まっていた。彼らは、サナリエンを捜索しに行った戦士達の家族だ。村には、怪我をしていないエルフの戦士が先に帰ってきており、何時ごろ捜索隊が村に帰ってくるのか知っていたのだ。
村の入り口から、捜索隊の面々が帰ってくると、村人達は捜索隊を迎えるために駆け出した。レゴラスも溜まらず駆け出す。
既に妻を亡くしたレゴラスにとって、サナリエンは目に入れても痛くない唯一の家族であり娘だった。
レゴラスは、担架に寝かせられている痛ましい自分の娘の姿を見て、たまらず駆け寄った。そして、寝ているサナリエンの右手を取った。
「おお!サナリエン無事だったか!酷い怪我をして…。安心しろ、直ぐに薬師を呼ぶからな!おい!」
「大丈夫です!村長。私は、既に治療はされています。それよりほかの者達の治療を先にしてください!」
「くっ!本当に大丈夫なんだな」
「はい。今はもう痛みも引いて、歩けるまで回復しています。けど戦士長が歩かせてくれないのです」
「そうか。ん?」
その時、レゴラスは、自分の握っているサナリエンの手に違和感がある事に気がついた。手を開いてみるとそこには見たことも無い美しい櫛が握られていた。
「これは何だ?」
「これは、あの霧の森の先にあった里の住人から貰ったものです」
「…報告にあった、あの里のことか…」
その事を聞いてレゴラスは苦々しく思った。得たいの知れない連中と一緒に娘が長くすごしたというのは、親にとって心配するしかない。
「はい」
「報告は明日になってから聞こう。今日は家に帰ってゆっくりしなさい。本当に無事でよかった」
「ご心配をお掛けしました」
「おい、娘を家に運んでくれ」
レゴラスは担架を持っていた戦士に命令して、娘を運ばせた。それを見送ると、今度は近くに立っていたサイラス戦士長の前に立った。
「よく、娘を連れて帰ってくれた。感謝する。サイラス戦士長」
「いえ、我々は何も…。情けない事に逆にサナリエンに助けられました」
「簡単な報告は、先触れから既に聞いている。なんとも奇妙な連中だそうだな。…率直に聞こう。戦士長から見て、どんな奴らだった?」
「油断のならない相手です。…ですが、彼らにもきちんと道理があり、話が通じる相手です。この森に災厄を運ぶかどうかは未知数です」
「奴らが来た時点で災厄は運ばれている」
レゴラスは、娘の様子を思い出しながら言った。
「サナリエンの怪我は、オーガによるものです。その里の者とは関係ありません。それ以前に彼女は、その里の者らに助けられています」
「その者らが来なければ、サナリエンはあんな酷い怪我を負わずに済んだんだ!」
「…」
その答えにサイラス戦士長は無言で返す。もちろんサイラス戦士長はレゴラス村長の言葉を肯定したわけではない。今何を言ったとしても、傷ついた娘を前にした父親には、馬の耳に念仏だ。
「疲れている所悪いが、戦士長には集会場で報告してもらう」
「分かりました。戦士達を解散させたら直ぐに行きます」
「頼む」
そう言うと、集会場に向かってレゴラス村長は歩いていった。
戦士達を解散させた後、サイラス戦士長は一人集会場へと向かった。
集会場とは、エルフの村の中心にある一番大きな建物の事だ。建物と言っても、この建物例に漏れず、木に精霊魔法を施して作られた、生きた建物。一般的な精霊魔法で作られた建物とは違い、集会場の建物は複数の木を融合させ、幹の太さを何倍にもした"合体木"の建物だ。そのおかげで、集会場の中は広く、いざと言う時の避難所にもなっていた。
「お待たせしました」
サイラス戦士長が集会場に入る。集会場の中心には円卓がすえられており、その周りに村の主だったメンバーが座って待っていた。主に歳経たエルフ達が集まっており、この手の集まりは長老会とも言われている。
既に軽く話し合いを開始していたのだろう。話を中断して、軽く挨拶をすると、空いていた席にサイラス戦士長は席に座った。
「全員揃ったな。では報告を聞こう」
集会場の雰囲気から察するに、不穏な空気が流れているのをサイラス戦士長は感じた。
(やっかいな事にならなきゃいいが…)
そう思わずにはいられなかった。
「報告します。まず、サナリエンと接触に至った経緯から報告させていただきます。あれは…」
「私からの報告は以上です」
一通り、報告が終わると集会場が沈黙に支配された。
「ダークエルフ、獣人に続いて、異世界の化け物か…。それでは、諸君我々はどうすべきか話し合おう」
「ふん。決まっている。森の掟に従い排除あるのみ」
エルフには珍しく頭頂部が薄いエルフが事も無げに言った。
「待て待て、相手の戦力も分からんのに、いきなり排除は無いだろう?」
「まずは、話し合いを…」
それを制すように、他のエルフが反対意見を出すが、妖怪の排除を提案したエルフは鼻で笑う。
「話し合いをしたとて、我々がその者たちに要求するのは森から出て行けという事だろう?話によると里事来たそうではないか。なら、交渉の決裂は必定。ならもう先に仕掛けたほうが、時間の無駄が無くて良いではないか?」
「それでは、森の魔物と変わらないではないか!」
「これは、エルフと森の精霊と結ばれた聖なる盟約によるもの!魔物如きの本能と一緒にされては困る!」
「そもそも、我々はその連中がどれ程の戦力を持っているか分かっていないのだぞ!それなのにいきなり戦とは無謀だ。それに奴らが居るのは精霊魔法が使えない森の奥というではないか。それでどうやって戦うのだ。現にエルフの戦士団がオーガ一匹に全滅しかけたのだぞ?」
「その程度の事どうとでもなる。そうだろう。戦士長?」
(好き勝手言ってくれる)
そう思いながらも、サイラス戦士長は、顔におくびにも出さずに答える。
「私からは何とも…。とはいえ、情報が少なすぎると私もそう思います。まずは、その里で暮らしていたサナリエンから詳しい話を聞いてからでも遅くはないと思われます」
「答えを性急に求めすぎてもいかんな。今日はこれまでとする」
さすがに村長もサイラス戦士長の意見は無視できない。あやかしの里についてどうするか。それは明日以降にサナリエンの話を聞いてからという事になった。
(変な事にならなきゃいいが…)
サイラス戦士長は会議の先行きが不穏なのを感じた。




