第二十一話 サナリエンとの別れ
サイラス戦士長とマロ爺が状況の説明をし合っている時、アオキと河童は暇だった。サナリエンの様子が心配ではあったが、まだ、弓を構えてこちらを睨んでいるエルフがいる以上、下手に近づいて面倒な事になるのは避けたい。なのでアオキは、自分の使っていた金砕棒を回収すると、近くの木の根元にどっかりと腰を下ろした。河童も同様らしく、アオキと同じ木にどっこらしょといいながら、座り込んだ。
ふと、アオキがサナリエンの方を見ると、横になっている彼女か顔だけアオキのほうへと向けていた。
「何できたの?」
「俺は、お前の護衛役兼監視役だ。その役目を解けるのは、里長の山ン本だけだ」
「…な~んだ。私が心配で来てくれたんじゃないんだ」
「もちろん、お前の心配もした。短い間ではあったが、一緒に生活したんだ。しないわけ無いだろう」
「うっ」
「だが、すまなかった。武器を持ってくるのに手間取って助けに来るのが遅れてしまった」
「別にいいわよ。私が勝手に飛び出したんだし…。そういえばオーガは、倒したの?」
「ああ、倒した」
「そう…。その様子なら楽勝だったんでしょ?」
返り血しかついていないツナギの様子を見て、サナリエンは言った。
「さてな」
サナリエンの見える範囲にはオーガの死体は、無かった。オーガの死体は、アオキによっての目に入らない場所まで放り捨てた。
「マロ爺殿~!戻りました!」
その時空から、カラス天狗が降りてきた。カラス天狗の手には錫杖の代わりに丸めて畳まれた担架を持っていた。
「くっ!」
突然の空からの襲来に、警戒をしていたエルフが思わず弓を向けた。それを察知した戦士長は、すぐさまそのエルフに近づいて腕を押さえた。
「よせっ!」
「うお!何ですか!?」
カラス天狗はびっくりした様子でマロ爺の後ろに降りた。
「うわ。あんなのも居るんだなぁ。翼人って奴か?」
カイラスは、鳥の頭を持つ、翼がついた人間としかいえないカラス天狗をまじまじと興味深そうに見る。カラス天狗は、それがちょっと気になるが、自らの本分を果たすべくマロ爺の前に立った。
「おお。持ってきてくれたか」
「はい、里長と報告してきました。担架もこの通り。それと指示も頂いてきました」
「ほお。なんじゃ?」
「サナリエンさん以外のエルフと接触した場合は、後日代表者同士の話し合いを行いたい旨と伝えてくれと…その為、しばらくは霧惑いの結界は張らない様にするそうです」
「なるほどのう。どうじゃサイラス戦士長殿」
「私からはなんとも…。一応、村長には伝えますが、どうなるかは…。それに帰るのに数日、それから対応を考えてとなると、さらに時間が掛かると思います」
「そうか、仕方が無いのう。…何かしら連絡があれば、この森に来てくれ。その時は…そうじゃな。カラス天狗を迎えに出す。くれぐれもカラス天狗を攻撃せんでくれよ」
「分かりました。使者となるものには、よく言って聞かせましょう。まぁ多分その場合は、ここに居るカイラスかコルトが来ると思います」
妖怪を興味深く観察しているカイラスはともかく、いまだに弓を構えてこちらを威嚇しているコルトが来るのは嫌じゃとマロ爺は思ったが、それをおくびにも出さずにいた。
「ああ、それとじゃ、ワシらはこれから、里から出て周囲の調査を行おうと思っておる」
「それは、止めていただきたい。我々の掟では、森に部外者が入るのは禁じられている」
「そう言われてものう…。ワシらとて、おんしらとは、無駄に争い事を起したいとは思わん。じゃがワシらとて周囲に何があって何が無いか知らんと、これからの生活が出来んからのう。それにおんしらが魔物…ワシらがモンスターと呼んでいる連中もなぜか知らんが、ワシらの里に向かってきよる。その討伐もせんといかん」
「…するなと言っても無駄でしょうね。ですが、言っておきますが、この森は長年我々が、守ってきた森です。それを荒らすというのなら我々は一切の慈悲も無く殲滅します」
「かまわんよ。そんなこと、するつもりも無いしのう」
威圧するようにサイラス戦士長が言うが、マロ爺はそんなもの何処吹く風と平然と答えた。あまりにも見事なスルーにサイラス戦士長は苦笑した。
「…それでおんしらは、これからどうする?」
「サナリエンをつれて村に帰ります」
その答えを聞いてマロ爺は渋い顔をした。怪我をしたサナリエンを遠くまで連れて行かせるのは不安だった。
「ワシらとしては、サナリエンちゃんは村で療養するのをお勧めするがのう。サナリエンちゃん一人が不安と言うなら、付き添いも居てもかまわんが?」
「その申し出はありがたいのですが。我々も任務がありますゆえ。辞退させていただきます」
サイラス戦士長の意思は固く、マロ爺達にはどうしようもなかった。
「私は大丈夫よ。マロ爺。これくらいなんて事は無いわ」
「しょうがないのう。ではワシらの担架は使ってくれ」
「担架とは?」
「怪我人を運ぶ為の道具じゃよ。おい!」
マロ爺が合図を出すと、カラス天狗は担いでいた担架をサナリエンの隣に置いて、巻かれていた布を解いた。
「なるほど、これにサナリエンを乗せて、両端にある棒の先端を二人で持って運ぶのですな?」
「そうじゃよ」
「ありがたく使わせていただきます。おい!カイラス!サナリエンをこの担架って奴に乗せる!手伝え」
サイラス戦士長は、周囲の警戒をしているカイラスに手伝わせてサナリエンを乗せる。そして一回実験で担架を持ち上げて使い心地を確認した。
「いいかんじですな。これでかなり楽に運べます」
「それは良かったのう」
それからマロ爺とサイラス戦士長は、エルフの使者が来た時の細かい事を打ち合わせた。
「…ではその様に頼む」
「分かりました」
打ち合わせが終わると、とうとう別れの時となった。
「では我々は、村に帰還します」
カイラスとコルトがサナリエンを乗せた担架を持ち上げる。
「最後のサナリエンちゃんに挨拶してもいいかのう?」
「ええ、かまいません」
返事を聞くと、マロ爺は、持ち上げられた担架に近づいた。そしてサナリエンの顔を覗き込んだ。
「サナリエンちゃん元気でな。怪我は安静にして、ちゃんと治すんじゃぞ」
「はい、里では色々お世話になりました」
「いやいや、サナリエンちゃんには色々教えてもらって、こっちも大助かりじゃ。特に季節に関しては死活問題じゃったからのう」
「フフ、里に住んでいる者達は、余程お米が好きなんですね」
「そうじゃよ。みんな米が無いと生きていけないんじゃ。おいアオキ!お前も挨拶せんか!」
アオキは、ゆっくりと立ち上がるとマロ爺に代わって担架の横に立った。
「じゃあね。アザミさん達によろしく言っておいてね。あと楽しかったって」
「ああ、わかった。これを持って行け」
そういうとアオキは、懐から新聞紙に包まれた何かを取り出すと寝ているサナリエンに差し出した。
「これは?」
「お前の弓を壊してしまった侘びだ」
「いいわよ。あの時、悪かったの私だし。受け取れないわ」
「俺がこれは俺が持っていても使い道が無いんだ」
「これっ」
アオキは新聞紙を外して中身を見せた。アオキが持ってきていたのは、以前サナリエンが雑貨屋で手に取った、ウサギの蒔絵がされた漆塗りの櫛だった。
それを見ると、サナリエンは、思わずそれを右腕を差し出して受け取った。
「気に入っていたようだったからな。受け取ってくれ」
「…ありがとう」
サナリエンは、アオキに向けて微笑んだ。
「さようなら。サナリエン。また会おう」
アオキはそう言って微笑んだ。
「ええ、また会いましょうね」
「何時まで話している!もう行くぞ!」
そのやり取りを見ていたコルトが苛立たしげに言った。
「ああ、すまない。行ってくれ」
担架からアオキが離れると、直ぐにサイラス戦士長達は、自分達の村に向かって足早に歩き出した。
担架に揺られながら、サナリエンは気付いた。
(そういえば。私アオキに、名前呼ばれたの初めてじゃなかった?)
彼女は顔を真っ赤にすると、それをサイラス戦士長達に悟られないように、右手の甲を顔の前に置いた。
「何をボーっとしている。帰ったら報告と罰と説教が待ってるからな。覚悟しておけ」
その様子を見ていた、サイラス戦士長は、からかうように言った。
「そっそんな…戦士長」
「なぁに、しっかりした報告をすれば、少しは温情をもらえるだろうさ。今のうちにしっかりと報告する内容を考えておくんだな。俺は手加減せんがな」
「…分かりました」
「行ってしまったのう」
担架で運ばれていくサナリエンを見送りながら、マロ爺が呟いた。
「また合える」
それに答えるようにアオキが言う。
「交渉のない様によっては、敵同士になる可能性があるんじゃぞ」
「それは、山ン本とマロ爺ががんばってくれ」
「ふん。簡単に言ってくれるわ。若造が。皆の集!帰るぞ!」




