第二十話 誤解
サナリエンの無事を確認したマロ爺は、カラス天狗にサナリエンの無事を里に伝えるように行って送り出した。
「ふむ、この様子なら、今から左上腕の骨を接いだほうが、後々の痛みが少なく済みそうですね。物凄く痛いので布を噛んでいた方がいいです」
それまで無言でサナリエンの治療をしていた河童が、甲高い声で言った。良く利くと名高い河童の妙薬であったが、残念な事に鎮痛作用はあまり無い。その為、折れた腕の骨を下にあった位置に戻す時に激痛が伴う。その時に誤って自分の舌を噛まない様に布を噛ませておくのだ。
「なら、これを噛んでなさい」
マロ爺が、懐から手ぬぐいを取り出すと、サナリエンの口の前に持ってきた。サナリエンは、無言で手ぬぐいに噛み付く。
「3・2・1。で引っ張りますよ。いいですね?他の人達も、彼女の体を抑えておいてください。痛みで暴れられると骨を接げませんから」
河童の注意に、全員コクンと頷く。
アオキがサナリエンの上半身、マロ爺が足をがっちりと押さえる。河童が両者の顔を見て準備が整ったことを知ると言った。
「行きますよ。3・2・1。フンッ!」
河童は、しっかりと掴んでサナリエンの腕を引っ張る。
河童と言えば、川に住んでいる妖怪で、頭の皿から水がなくなると弱体化する、有名な妖怪だ。相撲好きでも知られ、伝承にもよるが、大人を有に上回る力を持っている。
「ーーーーーーーーーーー!」
声にならない叫びが、上がり、サナリエンの体が苦痛から逃れようと暴れまわる。それをアオキ達が押さえ込む。
「もうチョイ。もーチョイ!」
ドス!
その時、アオキ達の傍に何処からか矢が飛んできた。矢は、サナリエンを押さえているアオキの背後の地面へと突き刺さった。
「貴様たち!サナリエンを離せっ!」
アオキ達が何とか顔だけ、矢が飛んできた方を見ると、そこには、弓を構えた一人のエルフが居た。服はボロボロで血で汚れていた。それでも目はギラギラと光って、何かを決意した者の特有の目をしていた。
矢を放ったのは、エルフの戦士長だった。
サイラス戦士長は、サナリエンがオーガを引き連れて、離れていくと、怪我をしたエルフを同じようにサナリエンの行動を見ていたほかのエルフと協力して救出、その後、精霊魔法が使えるフィフォリアの森まで脱出した。
脱出後、戦士長は、仲間に怪我人を任せ、囮になったサナリエンの救出に一人で戻ってきたのだ。
そして、見つけた。見たことも無い化け物達に押さえつけられ、悲鳴を上げているサナリエンを…。
最悪のタイミングだった。
もう少し早ければ、サナリエンとアオキ達が治療しながら会話している所を見ていただろう。もう少し遅ければ、骨折の治療を終えてアオキ達と会話しているサナリエンを見る事が出来ただろう。だが、よりによって苦痛の伴う、骨折の治療をしているところに遭遇したのだ。
「ちょっと待って!今大事な所!邪魔しないで!」
そんな事は、お構いなしに河童はサナリエンの腕を引っ張る。今手を離したら、またサナリエンに痛い思いをさせてしまう。そう思った河童は思わずそう叫んだ。
化け物達が、一人の女性を押さえつけ、その女性が絶叫している様子。それは誰がどうみても、その女性を捕食しているか、女性の尊厳踏み躙る行為をしている様にしか見えない。
サナリエンも、痛みの中戦士長が来た事が分かったが、あまりの痛みにどうしようもない。
エルフの戦士長は、正しく状況を把握し、誤解した。サナリエンが酷い目に合わされていると…。
それにアオキが咄嗟に叫んだ台詞が更に状況を悪くする。
「動くな!彼女がどうなってもいいのか!?」
それは、サナリエンを純粋に心配した言葉だったが、完全にサイラス戦士長の誤解を助長する台詞だった。
(馬鹿者!そんな言い方じゃ絶対に誤解されるじゃろうが!)
マロ爺がそう思ったがもう遅い。
これによって、誤解は補強され、サナリエンは、化け物どもに捕まって人質にされているとサイラス戦士長は、完全にそう思い込んだ。
「くっ!サナリエンから離れろ!この糞オーガ!」
「戦士長!」
そこに、練達のエルフが二人が、サイラス戦士長の後ろから現れた。
「お前たち!?何故来た!?」
「なぁに!戦士長がちょっと心配でね」
「怪我人と若い奴らは置いてきた!後はあんたとサナリエンだけだ!状況は!」
「現在サナリエンがあいつらに捕まっている!しかも奴ら人質にしやがった!」
「何」
「なんだとぅ!」
「違う!おぬし達は誤解しておる!」
サナリエンの足を押さえているマロ爺が慌てて弁解するが、そんなものは聞いちゃいない。更にヒートアップして、弓を引く手に力を込めた。
「うるせぇ!爺ぃ!サナリエンを離せ!そうすれば、殺さないでやる!早く離せ!」
「そうだ!早く離せ!離すんだ!」
「それは、まだ出来んのじゃ!」
河童の治療はまだ続いており、今ようやく、サナリエンの左上腕の骨を元の位置まで戻したところだった。河童は、周囲で何が起きているのかをまるで気にしておらず、腕に添え木を添えて、丁寧に包帯を巻いている。
(コイツも大したもんじゃのう)
この緊迫した状況で、自分の仕事に専念できる河童の集中力に、そんな場合でも無いのにマロ爺は感心した。
「くっこのっ!」
それを、時間稼ぎと取った一人が、背中を向けているアオキに向けて、矢を放った。
分かりやすく矢を射ってやれば、サナリエンから手を離し避けると思ったのだ。アオキは、矢が自分に向かっているがわかったが、避けないことを選択した。もし、万が一でも自分が避けて、前にいるサナリエンに当たれば目も当てられない、それに彼女を治療しているマロ爺と河童も居る。避けるわけには行かなかったからだ。
ガッ!
「コイツ!」
放たれた矢は、アオキの着ているツナギを貫く事は出来るが、アオキの肌を貫く事は出来ない。ツナギからポロリと落ちる矢を見て、一発当てた程度では威嚇にもならないと矢を射ったエルフは判断した。
欲を言えば、射かけられたことによって、怒って意識が自分達のほうへ向き、サナリエンから手を離してこちらに襲い掛かってくると思っていた。そして振り向きざまにオーガ(アオキ)の頭部にある目や口を攻撃。この距離ならば、サイラス戦士長の腕なら絶対に外さない。そう思ったのだ。
だが、アオキは振り向かない。説得を早々に諦め、ただじっと、攻撃に耐えながらサナリエンの体を押さえつけている。
「馬鹿にしやがって!」
意地になったエルフが、つるべ打ちに矢を放つ。アオキの背中に次々と矢が当たっては落ちていく。
「終わったよ!うひゃあ!何これ!」
河童の待望の声が掛かった。サナリエンの左上腕にはしっかりとした添え木が当てられ、包帯でしっかりとグルグル巻きに成っている。
「止めんかっ!これからサナリエンちゃんから離れる!この子に矢が当たったらどうする!」
そこでようやく、攻撃が止んだ。
「分かればいいんだ!両手を挙げてとっと彼女から離れろ!変な事をすれば、即座に射るぞ!」
サイラス戦士長は弓を構えたまま、高圧的に言った。
アオキ達は手を上げてゆっくりと立ち上がると、サナリエンから離れる。
アオキ達が十分に離れると、エルフの一人が弓を下ろして、サナリエンに駆け寄った。
「無事かサナリエン…え?」
そのエルフは、サナリエンが酷い状態になっていて、生きていれば上々という覚悟で近寄った。だが、近寄ってみてみれば、確かに彼女は、酷い怪我を負っていたが、上等な敷物の上に寝かされ、明らかに治療されている痕跡があった。
「おい!サナリエンは無事なのか?どうなんだ!」
サナリエンの様子を見ているエルフが何も言わないのに焦れたサイラス戦士長が様子を聞いた。
「サッサナリエンは無事です。あっいや、酷い怪我はしているのですが…」
「ですが何だ!?」
「その怪我を治療されています!折れたと思われる腕も、ちゃんと元通りになるように添え木使って固定されています」
「…え?」
「オーガが治療?嘘だろ?」
サイラス戦士長と残りのエルフがアオキ達に警戒しながらサナリエンに近づいていく。
「ほっ本当だ。治療されてる…」
「うっうん」
その時、サナリエンがうめき声を上げた。
「おい!サナリエン無事か!」
「サイラス戦士長?…ハッ!そうだ。彼らを攻撃しないで!彼らは私を助けてくれたんです!」
サナリエンは痛みに顔をしかめながら、体を起して叫ぶように言った。
「何だと!?それは本当か!だが、お前布をかまされて、叫び声を上げていたじゃないか!しかもオーガに押さえつけられて!」
「あれは、折れた私の腕を、元に戻るように治療してくれていたんです!押さえつけていたのは私が痛みで暴れて、治療が失敗しないようにする為です!」
「えっ!?」
その言葉を聞いてサイラス戦士長達は、青ざめた。何せ彼らは、サナリエンの命の恩人…ひいては自分達の命の恩人を罵倒し、仲間を治療している途中で矢を射かけたのだ。失礼、無礼なんてものではなかった。
「はぁっ!嘘だろ!?オーガだぞ!化け物だぞ!」
「…つまり、我々は…」
「彼は、オーガじゃなくて鬼です!だから弓を下ろしてください!早くっ!」
あまりの事に、呆けているとその様子を見ていたマロ爺が声を掛けた。もちろん両手を挙げたままだ。
「誤解は解けたかの?もう、手を下ろしてええか?この年で、手を上げ続けるのはしんどくてのう」
サイラス戦士長達の肩がビクリと震え、申し訳なさそうに、アオキ達の方を見た。
「もっ申し訳ない!あまりの様子に誤解してしまった!もう下ろしてくれてかまわない」
すぐさま戦士長は弓を下ろした。その様子にやれやれと、アオキ達も腕を下ろした。マロ爺は、わざとらしく肩を回してしんどかったアピールに余念がない。
だが、もう一人は納得できないのか。弓を構えたままだった。それに気付いたサイラス戦士長が下ろすように命令したが聞かなかった。
「弓を下ろせ!彼らは敵ではない!」
「戦士長。申し訳ありませんが、自分はその指示には従えません」
「おい!おろ…」
サイラス戦士長が無理やり、そのエルフの構えている弓を下ろさせようとした時、マロ爺が割って入った。
「いいわい、いいわい。ワシらが怪しいと思うのは当然じゃからのう」
「…っく。申し訳ありません。同胞を救っていただいたのに、この始末…。それで、あなた方はサナリエンの言っていた…異世界の魔物だとか…」
「そうじゃよ。元の世界ではワシらは、妖怪と呼ばれる事が多かったがの…。ワシはぬらりひょんのマロ爺と申す。そこのでかいのが鬼のアオキで、緑色のが河童の川介じゃ」
「妖怪…ですか…。おっと失礼しました。私は、戦士長を勤めている、サイラスと申します。失礼ながらあなた方に弓を向けているのが、コルト。もう一人がカイラスといいます」
「よろしくのう。では情報交換といこうかの」
マロ爺は、自分達の置かれている状況について語りだした。




