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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第十八話 危機次ぐ危機

 サナリエンとサイラス戦士長が声のした方を見ると、そこには走りながら棍棒を構えるオーガが見えた。

 オーガは、このフィフォリアの森では上位に君臨するモンスターだ。筋骨隆々とした大きな体を持ち、身につけているのはせいぜい粗末な腰布と手には巨大な棍棒を装備していた。大きな二本の角に憤怒の表情。

 このオーガも、あやかしの里から垂れ流されていた良い匂いに釣られて、霧の森に迷い込んだモンスターのうちの一体だった。森を彷徨っていたところ、偶然エルフの集団と遭遇した。不意の遭遇に、エルフ達は慌てたが、精霊魔法が使えない場所での戦闘は不利とサイラス戦士長は判断した。サイラス戦士長の命令で、戦闘は行わず撤退。この時、エルフ達は霧のせいで森に迷いつつも、なんとかオーガを撒く事に成功。しかし、そこで別のモンスター達との連戦に遭遇したのだ。視界の悪い中での戦闘かと思われたが、幸運にも霧が晴れたおかげで、彼らは、生き残る事が出来ていた。


(良く見れば、よくこんなのとアオキを間違えたものね…)

 アオキは、同じように大きな体躯に二本の角を持っているが、表情は柔らかかったなとサナリエンは思った。

 エルフは、精霊魔法による索敵に頼りすぎていた。そのせいで、精霊魔法以外の目視や聴覚に頼った索敵を疎かにするようになっていた。通常の森では、それで十分だったからだ。だが、精霊魔法が使えない状況では致命的にエルフ達の索敵能力が下がっていのだ。

「何でこんな近くに!」

「どうして誰も気付かなかった!」

 エルフの戦士達が怒鳴りあっているがもう遅い。彼らはもうオーガの暴風圏内だった。



「ウガァアアアアアアアアア!」

 オーガが、若いエルフの前に到着すると、棍棒を無造作に横に振った。それだけで、エルフは小枝のように舞った。

「ギャフ!」

 棍棒によって打ち飛ばされた若いエルフは、勢い良く木に衝突。気を失って地面に転がった。

「チィ!あいつ、追ってきやがったか!全員散開しろ!」

 サイラス戦士長は、近くで死んでいたゴブリンの体から矢を抜くと、そのまま弓につがえる。

「おら!こっちだ!」

「ウガァ?」

 矢が放たれ、オーガの体に命中する。だが、矢は頑強で知られるオーガの体に刺さる事は無い。しかし、オーガの意識をサイラス戦士長のほうへと向ける事には、成功した。

「念のために聞いておくが、あいつは、お前の言っている里の奴じゃないんだよな!」

「違います!あの里のオーガは全員、ちゃんと服を着ていました!」

 オーガの皮膚は、硬く、並大抵の攻撃は通じない。通常は、オーガに対して相手を拘束する精霊魔法、バインドヴァインを使って動きを止めてから、目や口内を射抜いて倒すのがエルフにとって常道だった。精霊魔法が使えれば特段強い敵ではない。だが今は、精霊魔法は使えない。

「全員!囲んで顔を狙え!」

 戦士長は、部下のエルフ達に命令しながら、別の死体から矢を引っこ抜く。他のエルフ達も状況を理解して、回収した矢をつがえる。サナリエンも構えるが異世界の弓では勝手が違う。

「死ね!オーガ如きが!」

 一斉に、オーガの顔に放たれる矢。しかし、それらは顔の前に翳された腕によって、いとも簡単に弾かれる。そして、そのまま近くに居たエルフにそのまま突進して跳ね飛ばす。森に骨が折れる嫌な音とエルフの悲鳴が響く。

「ぐあっ!」

 今のところエルフに死者は出ていないが、状況は最悪だ。エルフ二名が負傷。精霊魔法が使えず、矢は心もとない、何とか、代わる代わる矢を放ち、オーガの標的を一人に集中しないようにしているが、この均衡が保てるのも時間の問題である事は明らかだった。

 そこでサイラス戦士長は非情の決断を下した。

「俺が囮になる!全員バラバラに逃げろ!今なら、一人でも森から出る事は容易なはずだ!合流場所は外のキャンプだ!」

「それはっ!」

 思わず、サナリエンは抗議の声を上げた。今一人が囮となり、ほかの仲間が一斉にバラバラの方向に逃げ出せば、殆どの仲間が生き残れるだろう。だが、現状では囮となったエルフが生還できる可能性は低い。

 オーガを取り囲んでいる他のエルフも苦い顔をしている。囮役が生き残る可能性が殆ど無い事が分かっているのだ。

「ここでむざむざ、皆殺しにされる訳にはいかんのだ!」

 サイラス戦士長は血を吐くように言うと、サナリエンを突き放し、オーガに向けて矢を放った。その矢は別のエルフを追っていたオーガに命中、標的をサイラス戦士長に変更するのに成功した。同時に戦士長は叫んだ。

「今だ!逃げろっ!」

 その声に合わせて、エルフ達が散り散りに逃げ出す。戦士長は部下のエルフが逃げたの逆方向へと駆け出す。オーガは、もちろん戦士長を追いかけていく。

(サイラス戦士長!私の捜索に来た戦士長を死なせるわけには行かないわ!そんなのゴメンよ!)

 サナリエンは、サイラス戦士長へ向かっていくオーガの背中に向けて矢を放った。矢は、惜しくもオーガから外れるが、オーガは立ち止まり、ゆっくりとサナリエンのほうを向いた。

 サナリエンはオーガの視線を受けて、背筋が凍りそうになる。だが、それを押し隠し、正面から矢をつがえた弓を引き言った。

「のろまなオーガ!私はここよ!殺して見せなさい!」

 ドシュ!

 言い放つと同時に矢を放つ。矢はオーガの頬を掠め、背後の森の中に消えていった。掠めた頬から血がタラリと垂れる。ある意味、初めてオーガに対して傷をつけた。サナリエンの放った矢は、いつもエルフが使っている錐の先端様な、貫くことを重視した鏃とは違い、刃の部分が広いカイトシールドのような形の鏃が付いており、その刃の部分によって切り裂かれたのだ。

オーガは手を顔にあて、自らの顔に傷が付いたことを確認すると、激昂した。

「ウルルガァアアアアアアア!!!!!!!」

「止めろ馬鹿!サナリエン!何をしている!逃げろ!」

 サイラス戦士長が再度、オーガに射掛けるが、もうオーガの目にはサナリエンしか入っていない。

「今のうちに、けが人を回収して逃げてください!こいつは私が引き付けます!」

 言うと、サナリエンは一縷の望みをかけて、妖怪達の里があるほうへと駆け出した。

(ごめんなさい。これしか手が無いの!)

 謝ったのは、戦士長達に対してだったのか、あやかしの里に対してだったか…。それは彼女しかわからない



 サナリエンは木を右に左に回避しながらオーガの進行方向に木が来るように逃げている。オーガは、巨体に似合わず足が速い。器用に木を避けて、彼女を追う。サナリエンは時おり、振り向いて矢を浴びせかけるが、効果は殆ど無い。そして矢ももう尽きつつあった。

「これが最後の矢ねって!?何この矢!?鏃が付いてない!?」

 サナリエンが、最後に矢筒から取り出したのは、奇妙な矢だった。本来鏃が付いているべき場所に、鏃は無く、代わりに穴の開いた細長い卵のようなモノが付いていた。

(もしかしたら、何か凄い力のある矢かも知れない!)

 その矢を番え、オーガに狙いを定める。走る振動と、慣れない弓を使っていることで、照準が定まらない。それでも、照準がオーガとあった一瞬に矢を放つ。

(当たれ!)

 フォオオオオオオオオオオオオオン!

 甲高い音を出しながら飛んだ矢は、オーガの胸板に当たると、粉々に砕け散った。オーガには、一切ダメージは無い。

「えっ!?きゃっ!」

 それに一瞬あっけに取られてしまい、サナリエンは、バランスを崩してしまった。そして生えていた木の根に足を取られ、倒れこんだ。

「ううっ」

 その隙をオーガは見逃さなかった。その手前で全力で前に飛び込み、勢いそのままに掬い上げるように棍棒を振った。

「ウガァアアアアアアアア!」

「きゃああああああああ!きゃふっ!」

 サナリエンは、ゴム鞠のように吹っ飛ばされ、地面に二回バウンドするとようやくそこで止まった。

「逃げな…きゃ」

 何とか、意識をつなぎとめる事は成功したが、したたかに打ちつけた全身が痛む。痛む体に鞭打ちながら、仰向けになっていた体をうつ伏せにし、腕を地面について立ち上がろうとする。だが、上半身を持ち上げた所で力尽き、無様に地面に倒れこんだ。持っていた弓は、吹っ飛ばされた拍子に何処かへ飛んでいってしまった。

 それでも、残った最後の武器であるナイフを抜く。

 状況は絶望的だった。精霊魔法は使えず、弓矢を失った。残った攻撃手段は頼りない小さなナイフのみ。

 ざっざっざっ。

 オーガは、サナリエンがもう動けない事を知ると、ニヤニヤと笑いながらゆっくりと彼女に近づいてく。

 サナリエンも必死に距離を取ろうと体を引きずりながら後退する。オーガはその様子すら楽しみながらサナリエンを追い詰める。

 ドッ!と彼女の背中に木の幹が当たった。

 一瞬それに気を取られ、振り向いた瞬間、オーガが一気に距離をつめた。

 サナリエンがそれに気づいた時、オーガはサナリエンに向かって手を伸ばしていた。

「触るなっ!」

 咄嗟にナイフを振る。そのナイフは、オーガが伸ばしていた指の皮膚を浅く切り裂いた。その痛に、オーガは手を引っ込めて、その傷を眺めた。

「グッフッフッフッ」

 オーガは、不気味に笑うと、もう片方の手に持っていた棍棒でサナリエンを寄りかかった木ごと薙ぎ払った。

 木はもろくもへし折られる。同時にサナリエンも吹っ飛ばされた。

「ぐっ!カハッ!」

 もし、棍棒が振られた時、背後に木が無ければ、サナリエンはグチャグチャになっていただろう。それでも内臓を傷つけたのか、サナリエンは血を吐いた。

 オーガは、今度こそ動けなくなってしまったサナリエンの前まで来ると、ニヤニヤと笑いながら、片足を持ち上げた。サナリエンは、意地で何とかオーガを睨みつけるが、それを見たオーガは笑みを深くするだけだった。

 そして、起き上がろうとしているサナリエンの背中へと、その足を容赦なく下ろす。

「あっああああああああああああ!」

 ミシミシと肋骨が軋みを上げる痛みにサナリエンは絶叫した。

 オーガは、全力で踏み潰しはしなかった。ようやく捕まえたエルフなのだ。直ぐ殺してしまうのはもったいない。オーガの表情からそれが、ありありと見て取れた。

 一度オーガは足を上げると、今度はサッカーボールでも蹴るかのようサナリエンを蹴飛ばした。

 もはや、サナリエンには、受身を取ることも出来ない。ただ無様に地面を転がるしかなかった。

 オーガは、ぐったりとしたサナリエンの前にしゃがみこみ、プラチナブロンドの髪を鷲づかみすると、そのまま上に引っ張り上げる。

「うっあっ」

 サナリエンは、もううめき声を上げることしか出来ない。

 オーガは満足そうに笑う。さぁ楽しませてもうぞ。これからの楽しい時間を思い、オーガは興奮した。

「その手を離せ」

 その時、サナリエンを掴んでいる腕を、アオキが掴んだ。


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