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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第十六話 霧 晴れる

 カンカンカンカン!カンカンカンカン!カンカンカンカン!

 妖怪達も寝静まる朝方、里にある半鐘が、けたたましく鳴り響く。

「っ!」

 アオキは半鐘の音で飛び起きると、即座にナイトキャップを脱ぎ、パジャマからツナギに着替えた。何が起きているか分からないが、半鐘の叩き方から何か大変な事が起きた事を察したのだ。家を出ようとした時、ふと、壁際においてある箪笥の上においておいた物が目に入った。アオキは、それを無造作に懐に突っ込むと家を出た。

 半鐘が鳴らされるという事は、里に非常事態が発生したと言う事だ。非常事態と言っても色々種類がある。例えば火事であれば半鐘を三回叩いた後、一拍おいて、再度三回叩く、というのを繰り返す。事故であれば、二回叩いて一拍おくのを繰り返す。四回叩いて一拍おくそれは…。

(山ン本の屋敷に里の役職持ちの妖怪と指定妖怪は、即集合せよ)

 アオキは、家から出ると、直ぐ隣にあるサナリエンの家の戸を叩いた。

「う~ん。なんなのよぉ。うるさいなぁ」

 しばらくすると、ぼさぼさの頭をかきながらサナリエンが出てきた。肌触りの良いパジャマのおかげか今日は全裸じゃない。

「緊急事態だ。直ぐに準備してくれ。山ン本の屋敷に行く」

 アオキの尋常ではない様子から、ただ事ではない事態が発生したと察したサナリエンは、「…わかったわ。少し待って」と言って引っ込むと、エルフの格好になって出てきた。

「すまない。待たせたわね」

「いやいい。行くぞっ」

「ああ」

 二人があやかしの里を走り抜けている時も、半鐘は鳴らされ続ける。ほかの妖怪達も家から出て不安そうに山ン本の屋敷のある方向を見上げていた。

「一体何があったの?」

「わからん」

 その答えは、二人が山ン本の屋敷に繋がる、田園地帯に入り、見晴らしがよくなった時に気がついた。

「霧が…消えてる?」

「そういう事か!」

 霧の晴れた森を横目に、山ン本の屋敷にたどり着くと、アオキ達は、直ぐにあの八畳の座敷に通された。今回は会議の為、襖を取り外され、広い空間になっている。既に他の妖怪達は集まっており、黙って会議の始まりを待っていた。

 アオキ達が部屋に入ると視線がサナリエンに集中した。どうしてサナリエンが、この場所に居るのか分からなかったからだ。

「俺は、彼女の護衛兼監視役だ。俺が居る場所が彼女の居る場所だ。だから、同行してもらった」

 一応アオキの説明で納得したからか、視線は外れた。


 他の妖怪達も霧惑いの結界が解かれていた事を不安に思っているのか部屋の中の空気は重い。マロ爺も既に上座に座っていた。マロ爺の左側には二つ座布団が空いていた。

 アオキとサナリエンは、座敷の下座に並べられた座布団に適当に座った。サナリエンは、一瞬座るのを躊躇った。最初にこの座敷で座った時に足がしびれたことを思い出したのだろう。だが、意を決して座った。今回は、足がしびれないように胡坐だ。

 サナリエンが、座ると、ちょうど山ン本と神主が、部屋の中に入ってきた。

 一斉に、部屋の妖怪達が頭を下げる。

 一人サナリエンだけが、頭を下げていないが、きょろきょろと当たりを見回して、自分も頭を下げようか悩む。そして頭を下げようとした時、山ン本と神主が座り、全員頭を上げた。

「緊急に集まってもらって申し訳ない。だが、皆も見ただろう。霧惑いの結界が解かれている事を…」

 山ン本は妖怪を一瞥した。戦闘能力が低めの妖怪達は、不安そうに。逆に戦闘能力が高い妖怪達はわくわくした顔をしている。

「それは…」

「それは、私が説明しましょう。…端的に言えば、霧惑いの結界が解けてしました。何故ならば、過剰な負荷によって対処しきれなくなったからです」

 山ン本の言葉を遮ったのは神主だ。いつも飄々としているのに、今日は、苦い口調だ。

「過剰な負荷だと?」

 妖怪達の誰かが呟いた。

 そこで察したのがサナリエンだった。

「魔物ね」

「…はい。普通の動物などは、霧惑いに結界に入ると恐れをなして、その場から離れるものなのですが、ここのモンスター達は違い。…ああ、そうでした。ここで発表しますが、里長は、この世界の魔物全般をモンスターと称する事に決定しました。理由は、我々がこの世界の魔物とは、別種の存在である事を示す為です。…話がずれましたね。そのモンスター達は、無駄だというのに延々とそれはもう延々と霧惑いに結界の中をさまよい続けたようなのです。しかも光に集まる虫の如く、次々とモンスターが結界の中に入って彷徨い続けたのです…」

「結果、霧惑いの結界がパンクしたと…」

「そういう事です」

「結界に異常な負荷が掛かっている事に、気付かなかったのか!」

 天狗がたまらず、声を上げた。里の治安を預かるものとして、文句の一つでも言いたくもなるのも当然だろう。

「申し訳ありません。天文観測に掛かりきりになっていたものでしたので…」

 つまり、神主は異世界の天文観測が楽しすぎて、他の事がどうでもよくなっていたと言うのだ。

「失態じゃな」

 いつもニコニコとしていたマロ爺も今回ばかりは、厳しい表情をしている。

「はぁ。以後その様な慢心をしないようにしてください。事態の終息後、罰を与えます。覚悟しておいてください」

「いかようにも…」

 神主は、山ン本に神妙な様子で頭を下げた。

「問題はこれからどうするかです。現在は、カラス天狗達を周囲に偵察に出していますが、既に多数のモンスターが森を徘徊している事を確認しています。そしてそのモンスター達が、里にたどり着くのは時間の問題でしょう」

「…なぁ。そのモンスター達と話す事は出来んのか?化け物って意味じゃ俺達と同じだろう?ソレを問答無用で攻撃しようってのはちょっとなぁ」

 話を聞いていた妖怪の内の河童が腕を組みながら言った。だが、サナリエンは、それを即座に否定した。

「それは、無理よ。今まで、魔物とされるものと、まともなコミュニケーションを取った者はいないわ。魔族なら別でしょうけど…」

「魔族と言うのは気になりますが、今は置いておきましょう。実際、カラス天狗がゴブリンと言うモンスターに接触を試みましたが、意思の疎通は出来ず、更には、投石による攻撃を受けたそうです。何度か他の個体にも試しましたが全て失敗に終わっています」

「当然よ」

「よって我々は、モンスターに対し、接触した場合、積極的排除行動をとる事とします」

「排除行動とは?」

「要するに殺します。このような存在は里にとって害しかないと判断しました」

 あやかしの里とは言っても妖怪達全てに寛容な訳ではない。ルールを守れないもの、浮世で悪さをして、ばれた時の避難所としてあやかしの里を利用しようとする者などに関しては、冷徹に処断している。例えば餓鬼と呼ばれる、ゴブリンに似た妖怪が日本に居るが、この妖怪は、発見した場合、即座に殺す事が里では決められている。理由は、餓鬼は簡単なルールも守れないほど知能が低く、その上凄まじい食欲もっており、いくら食べても満足しない。しかも、不潔で厄介な病気を持っている事が多々あるからだ。

「なるほど…そうですな」

 これには一切反論は出ず、天狗は、深く頷いた。

「これからですが、討伐隊をいくつか作り、里の周りのモンスターを駆逐したいと思います。事態は急を要しますので、この会議後直ぐに行動を開始してください」

「よっしゃあ!そうなれば、今から参加者を募ってくるぜ!」

 この会議をわくわくとした表情で聞いていた犬神は、勢い良く立ち上がると、部屋から出て行った。

「まったくあやつも、せっかちじゃのう」

 マロ爺は犬神が開けた襖を見ながらため息をついた。

 その時、座敷から見える庭にカラス天狗が下りてきた。

「報告します!」

「何事ですか?」

「里の南方で、正体不明の集団を発見しました!容姿から多分エルフだと思われます!なお、その集団は現在モンスターの集団と交戦中です!」

「何ですって!」

 その報告を聞いたサナリエンは、叫び声に近い声を上げた。

「サナリエンさん。この集団に心当たりはありますか?」

「多分私の村の戦士達だと思う。きっと帰ってこない私を探しているんだわ…」

「ふむ、で戦況はどうでしたか?」

「はい!私の見たところ、エルフ側は良く戦っていましたが、モンスターの集団の方が数が多く苦戦している様に見えました!」

「悪いけど、私は行くわ」

 サナリエンは立ち上り、そのまま部屋の外へと向かう。

「行くとは?」

「決まってるわ。私の仲間を助けに行くのよ。結界が解けたのなら、私がここに居る理由はないしね。今まで世話になったわね。さよなら」

 そう言うと、ぴしゃりと戸を閉めた。

 アオキは、サナリエンに手を伸ばした格好で止まっていた。サナリエンのあまりの即断即決についていけなかったのだ。

「まったく。後先考えない人ですね。我々に救援を求めるといった方法もあるのに…」

「ワシらに借りを作るのが嫌なんじゃろ」

「はっはっは。いやいや。なかなか気骨のある女子じゃ。気に入ったぞ!」

 笑っていたのは、この里の警備長をしている天狗だ。顔を上げて笑い、左手に持った天狗の団扇で仰いでいる。

 アオキは、手を下ろすと無言で立ち上がった。

「何処に行くんです」

「俺は、彼女の護衛兼監視役だ」

「待ちなさい。行くのであれば、"蔵"に寄っていきなさい。万が一の用心です」

 アオキは、山ン本の言葉に頷くと部屋から出て行った。


 部屋から出るとサナリエンは、偶然通りかかった一つ目小僧に声を掛けた。もう一つ目の妖怪にもなれたものだ。

「ねぇ。私の荷物は何処にあるか知ってる?」

「サナリエンさんの荷物ですか?玄関の脇にある物置に仕舞ってありますが?」

「そう。ありがと」

 サナリエンが言われた場所に行くと、ちゃんと自分の荷物があった。彼女は自分の荷物から、胸当てや脛当を取り出すと、すばやく装備し、ナイフと鉈を身につける。山ン本が言っていた通り、この程度の装備では、森のモンスター達と戦い抜くのは難しいだろう。だからといって、仲間が危機に陥っている時に安全な場所で安穏としているのは嫌だった。それも自分を探し出す為に危険に陥っているとなるとなおさら。

 防具と武器以外の装備は、置いていく。碌な攻撃手段が無いなら少しでも身軽にして機動力を少しでも確保しておきたかったからだ。

 玄関でしっかりとブーツを履くと外へでる。低かった太陽の高度が上がっており、サナリエンは目を細めた。

 サナリエンが玄関から出ると、そこには先に部屋から出て行った犬神が、たくさんの武器が入った箱を方に担いで歩いていた。

 犬神はモンスター討伐隊が使う武器を用意していた。あやかしの里では武器の携帯は御法度だ。平時は厳重に封印をされた蔵の中に保管されている。なので犬神は、その蔵の封印を解除して、討伐隊に志願した妖怪達に配る為に持ち出してきたのだ。

「おう!エルフの嬢ちゃんも出るのか?おっしゃ、なら持ってけ!」

「えっ!?いや、私は…」

 犬神はサナリエンを見つけると、持っていた武器の入った箱を一旦地面に置き、その中から弓を取り出してサナリエンへと放り投げた。

 サナリエンに投げられた弓は、半弓と呼ばれる弓だった。以前山ン本が弓道場で使っていた大弓より、長さが短く、取り回しやすい弓だ。

「使い方はお嬢ちゃんの使っていた弓とは、使い方はちょっと違うが、まぁ大丈夫だろ。エルフだし」

(この弓も、あいつが使っていた弓と同じ形だ。ただアレより短いけど)

 思わず受け取った弓を引いてみる。サナリエンの腕に引きはちょっと重い。だがその分、この弓には攻撃力があるという事だ。引いた手を離すと、ビュンと心強い音を出しながら、弦が元に戻る。

「大丈夫よ。ありがとう」

「おう!気をつけてな。あとこれ矢筒な。二つ持ってけ。矢は多い方がいいだろ」

 最後に、矢筒を二つ受け取ると、サナリエンは、犬神に一礼して里の外に向けて走り去っていった。

(お達しの通り、武器を渡しましたぜ。里長)

 走り去っていくサナリエンの背中を見ながら犬神は、そう思った。

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